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第34話:赤ん坊

 町田 玲美(まちだ れいみ:仮名)さんという女性から聞いた話。


 約10年前、町田さんが大学生の時のエピソード。


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 両親の帰宅が遅くなるとのことで、この日、自分で夕食を用意する必要があった町田さん。近所のスーパーでカレーの材料を買い、レジ前にできた列に並んだ。混雑する時間帯で、町田さんの前には10人ほどが会計を待っていた。


 レジは4つあったのだが、町田さんの並んでいるレジだけいつまで経っても先に進まない。あまりに遅いため列を抜け、別のレジで会計をする人もちらほらいる。並んでいる人が減っていき、レジに近づいたことで町田さんは遅延の原因に気づいた。


『また並び直せっていうの!? 何で!? おかしいでしょ!?』

『私の財布が盗まれたらどうすんのよ!? 責任取れるの!?』


 30代前半くらいの女性がレジで店員に怒鳴りつけているのだ。身長が高く、腰まで伸びた茶色のストレートヘアの、一見すると美人な女性。背中にはおんぶ紐で赤ちゃんを背負っている。怒鳴られているのは町田さんと同い年くらいのアルバイトの女の子。


 女性が何に激怒しているのかはわからない。最初から見ていたわけではないのも理由の一つだが、それ以上に女性の言葉に一貫性がないのだ。支離滅裂。ストレスをそのままぶつけているかのよう。


 店員も何に対して謝ったらいいのかよくわかっていない様子で、とにかく「すみません、すみません」と繰り返していた。


 このまま並んでいても埒があかない。そう思った町田さんは隣のレジを利用することにした。会計中も背後から女性の甲高い怒鳴り声が聞こえてくる。


『何で私がこんなに怒ってるのかわかってんの!? 理解力なくて困るわ!? ほんと腹立つ!』

『この店の程度が知れるわ!? アンタみたいなの雇ってる時点でもうこの店は終わってんのよ!』


 聞くに耐えない罵詈雑言。割って入り、店員を助けてあげたいが、関わると厄介な目に遭うのは確実。赤ちゃんも連れているのにこんなに怒鳴るなんて、どんな母親なんだ。町田さんの中で女性に対する呆れや怒りに近い感情が込み上げてきた。せめてできることとして、後ろを振り返り、女性を睨みつけてやることにした。


 怒鳴る女性の右肩から赤ちゃんの顔が見えた。遠目で見てもわかるプラスチック製の赤ちゃん。人形だった。確かメ●ちゃんという名前。テレビのCMで見たことがある。もちろん瞬きひとつせず、女性の体が動くのに従ってグラングランと揺れている。


 町田さんは、感情に任せてこの女性に関わるべきではないと判断し、寒気を感じながらスーパーを後にした、と語ってくれた。

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