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第35話:老老介護

 寺本 博和(てらもと ひろかず:仮名)さんという30代前半の男性から聞いた話。


 寺本さんは深夜徘徊を趣味としていた。土日など、仕事がない日の深夜3時から1時間ほど近所を散歩する。しかし今はもうやっていない。


 深夜は、いわゆる「変な人」に遭遇しやすい。寺本さんは、そういう人を見るのが好きで、後日、同僚や友人に話すことを楽しんでいた。


 色々な人を見てきたが、思い出したくないほど恐ろしかった人物もいるという。


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 ある夜、いつも通り午前3時に家を出た寺本さん。近所を一通り歩き回り、帰路についた。


 歩道を進んでいると、車いすに座ったおじいさんと、後ろから押すおばあさんが数メートル前を歩いていた。カタツムリのようなスピードでゆっくり進んでいる。寺本さんは2人を横目で見つつ、後ろから追い抜いた。


 おじいさんは髪の毛がほとんどなく、入院患者のような服を着ていた。目を閉じてぐったりしており、見るからに体調が悪そうだ。


 おばあさんは花柄のワンピースを着ており、白髪混じりのロングヘアをポニーテールのように結んでいた。


 年齢は70〜80代といったところ。2人ともかなり痩せ細っていた。


 散歩しているのだろうが、深夜3時という時刻は遅すぎるというか早すぎるというか。自分が言えたことではないが、とにかく奇妙な時間帯である。


 とはいえ、深夜を散歩してはいけないというルールはない。「老人は早起きだから」という理由で納得することにした。


 寺本さんは2人を追い越し、そのまま家に向かって直進し続けた。しばらくすると、後ろからキッキッキッキッという音と、足音が聞こえてきた。誰かがこちらに向かってきているようだ。


 寺本さんが振り返ると、先ほどの老人2人が猛スピードで追いかけてきていた。後方10mくらいの位置まで迫っている。


 おじいさんは相変わらずぐったりしていた。おばあさんは目を大きく開き、寺本さんの方を見つめながら車いすを押して走ってくる。


 寺本さんは背筋に冷たいものを感じ、前を向き思い切りダッシュした。家まではそう遠くない。運動不足気味だが、老人に追いつかれることはないだろう。


 寺本さんは自宅マンションに着くと、階段を駆け上がり、5階にある自室に入ってドアの鍵を閉めた。


 息を切らし、玄関に倒れ込んだ。額から汗が流れ落ちる。恐ろしい思いをした。


 しかし冷静になって考えてみると、あの老人たちが自分を追いかけてきていたという確証はない。深夜という時間帯と、老婆の表情から恐怖心が膨れ上がり、追いかけられていると勘違いしただけかもしれない。


 年甲斐もなく驚きすぎてしまった、と思った寺本さん。汗を流すため、シャワーを浴びることにした。


ピンポーン


 インターホンが鳴った。時刻は朝の4時近く。こんな時間に来客なんて、普通はありえない。


 ドアスコープを除くと、先ほどの老婆が目を見開いてドア前に立っていた。視界の右隅に、車いすに乗った老爺も見える。


ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン


 インターホンが連打される。


ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン


 ドアが激しく叩かれる。


ガチャ……ガチャガチャ……ガチャ……ガチャ……ガチャ……ガチャガチャガチャ……


 ドアノブが何度も回される。


 見られていた。マンションのどの部屋に入るか、見られていたんだ。やっぱりあの老人たちは自分を追いかけてきていた。


 異様な状況に恐怖した寺本さんは、ベッドで布団にくるまり、震えることしかできなかった。


 ドアを開けようとする行為は、翌朝の6時まで続いた。


 この日以来、寺本さんは深夜徘徊をやめた。

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