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第36話:前世でハトに殺された男

 安川 裕美(やすかわ ひろみ:仮名)さんという女性から聞いた話。


 約12年前、安川さんが小学6年生の頃にさかのぼる。


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 当時、安川さんが住んでいた家から学校までの道のりに、小さな公園があった。住宅街の中にポツンとあり、遊具はブランコが2つとスプリングアニマルが3つ。あとはベンチが置いてあるだけの寂しげな公園。


 たまに小学校低学年くらいの男の子たちがキャッチボールやサッカーをしているのを見かけたが、そもそも小さい公園のため体を思い切り動かすのには向いていない。この公園に人がいることは稀であった。


 人がいない理由はこれだけではなかった。ある日を境に、公園で毎朝ハトに餌を与えているおじさんが出没するようになった。安川さんは「ハトジジイ」と呼んでいた。ハトジジイが地面に餌を撒くことで大量のハトが集まり、公園は抜け落ちた羽やフンで汚れていた。汚い公園に人は集まらない。


 近隣住民は、ハトが増えたことで手を焼いていた。「あのおじさんには近寄らない方がいい」と噂になっており、近所の家庭では我が子を件の公園で遊ばないよう言い聞かせていたそうだ。


 公園が通学路にあたる安川さんは、毎朝のようにハトジジイを目撃していた。服はボロボロで手ぶら。ちゃんと働いている人には見えない。安川さんも関わらないようにしていた。ハトジジイは奇妙な人だが、ハトを集めているだけで人間に直接嫌がらせをしてくることはない。また家から公園までは徒歩で5分くらい離れているため、安川さんの家はハトの被害を受けていない。関わりさえしなければ、ハトジジイは無害な存在だった。


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 ハトジジイが出没するようになって1ヶ月が経った頃、安川さんはある違和感に気づいた。最初の頃に比べて、ジジイの元に集まってくるハトの数が減っているのである。


 もちろん、毎日同じ数のハトが集まるわけではない。ナワバリを変えるハトもいるはず。しかしちょっとだけ不思議に思った。ハトもジジイのことを不審がって近寄らなくなったのだろうか。いや、ハトは飢えている。餌をくれるなら、それが悪魔だとしても近寄っていくはずだ。


 いずれにせよ、自分には関係のないことだから考えても仕方がない、と安川さんは気にしないようにした。


 それから1週間で、ジジイの元に集まるハトは数羽にまで減少。10日も経った頃には公園からハトが消え去った。時を同じくしてハトジジイも姿をくらまし、近所で見かけることはなくなった。


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 当時のことを思い返すと、安川さんはハトジジイについて大きな勘違いをしていたのではないか、と感じるそうだ。


 ハトジジイは餌に群がるハトを見て満足感というか、自分が何者かに頼られているという充足感を味わっているのだと思っていた。


 しかし、こうも考えられないだろうか。ハトジジイは餌に毒を混ぜてハトを少しずつ弱らせ駆除していた。だからハトがどんどん減っていた。ジジイはハトを殺すことで心を満たしていたのではないか。


 真相はわからないし、安川さんが子供の時のことなので記憶が曖昧な部分もあるという。


 「もしかしたらハトジジイは、前世でハトに殺され、その復讐のために毒の入った餌をばら撒き、各地を旅しながらハト駆除をしているのかもしれない」と語ってくれた。

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