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第15話 弐・支配への誘惑

家に帰ったのは深夜二時に近かった。

両親は二階の寝室にいる。

中学生の娘が夜中に自殺しに家を抜け出し、またこうして戻ってきたことを彼等は生涯知ることはないだろう。

それに比べたら、郁子は母親をちゃんとしている。

紗南美には郁子と隆の親子関係が羨ましくあった。


真っ暗なリビングの灯をつけて冷蔵庫を開ける。

壁にかかった時計の針が刻む音だけが耳に入ってきた。

カチッ、カチッ、カチッ、カ……。

紗南美が冷えたお茶を飲み干したときに時計の針が止まった。

室内が急激に冷え込んでくる。

「…… 来たの?」

リビングの照明が点滅すると、部屋の隅に黒い影が見えた。

隆の部屋で郁子の契約は済んだ。

しかし、元は隆と自分が作り出した呪いだった。

二人の血を「あれ」に捧げた。

黒い影が紗南美の方へ近づいてきた。

蹄の音がする。

隆の部屋で見たとき、その姿を感じたときは四足で歩いていたが、今は二足歩行だ。

周りからも圧を感じる。

「あれ」の他にも大勢いる。

どんどん増えているという感じた。


「私をこの世に創り出した、おまえたちの呪いを叶えてやろう」

メッセージが体に入り込む感じは未だに慣れない。

他人の思考が自分の中に入ってくる。

紗南美にとってはそんな感じだった。

「あの女の魂と引替えに、恐怖と混乱を憎い奴らに与えてやる」

一瞬、炎が見えた。

「契約した私はほんとうに死ぬ必要がないの?」

白い息を吐きながら言った。

蹄の音が紗南美の横を通り過ぎて止まる。

「支配してみないか?」

「支配?」

「今度は憎い奴らを、奴らよりも強い力で支配するのはどうだ?思うがままに蹂躙させてやろう」

「どうやって?」

「私と同一になることは魂を捧げることと変わらない。より強い呪いになる。その力を使えば、味わったことのない世界を生きたまま堪能できる」

「私の体が欲しいの?」

楓たちを、あのクラスメイトたちを支配する。

恐怖で狂わせて、地獄に引きずり込まれる様を見るのは悪くない。

我が身に邪悪な者を受け入れれば叶うなら、紗南美は一向に構わなかった。


「いいよ」

「溜めた血を解放してみろ」

紗南美は隆の遺体から採取した血と、自分と郁子の血を混ぜた「穢れた血」の入っている容器のふたを開けた。

血液が容器の中でぐるぐると回り始めると、やがて血煙のように容器から上昇してきた。

黒い影は靄のようになり、血煙と混ざり合いながら紗南美の周りを旋回しだした。

足下からだんだんと昇ってきて、やがて鼻、口、耳のほか、毛穴などの体にある穴から中に入ってきた。

「うう……ああ……」

頭部と下腹部に激しい痛みを感じた紗南美は、呻きながらしゃがみ込んだ。

全身が強ばり、背筋に痛みがはしる。

やがて、のたうつ紗南美の呻き声に別の声が混ざり始めた。

体の中が熱い。

今まで経験したことがない熱さで、臓腑ばかりか脳まで焼かれている感覚。

血管の中の血液が沸騰して、体の内から火が噴き出すのではないかと感じた。


しかし、それも一瞬で徐々に熱さが感じなくなり、体の痛みも強ばりもなくなっていく。

床に倒れこんでいた紗南美は肩で息をしながら立ち上がった。

「なに今のは?」

突然のことで混乱している。

とにかく体の中に「あれ」が入ってきたのがわかった。

これが同一になるということか。

自分の両手足を見るが、なんの変化もない。

体の内はどうたろうか?

一寸前に比べて、今はなにも感じない。

自分の中になにか別の者がいるが、違和感のようなものはなかった。

これから郁子が魂を捧げる。

それでようやく呪いが完成する。

郁子が自分の代わりに魂を捧げることで、自分は呪いをこの目で見ることができる。

クラスメイトがどのように呪われ、狂い、死んでいくのかを。


呪いはまだ始まっていない。

どのようなものになるのか、紗南美には予想もつかない。

それだけにワクワクしてきた。

自然と低い笑い声が漏れだす。

なにかに期待して気分が高揚するなんて、紗南美にとっては久しぶりのことだった。

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