目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
花踏み舞い
花踏み舞い
白崎ぼたん
BL歴史創作BL
2025年06月05日
公開日
1万字
連載中
愛していました。きっとずっと――。 宦官のトウハは、若き皇太子サユグに仕えている。サユグは明朗な皇子であったが、幼き日のある事件から心に傷を負い、暴君となってしまっていた。トウハはサユグを一心に支えていた。 転機が訪れたのは、トウハが十八のころであった―― 挫かれた心は、どう咲くのだろう。 切なくも一途な中華BLです。

第1話.. 幼き日のサユグは、美しく明朗な皇子であった。

「このようなもの!」


 飛んできた器を、トウハはその顔でもって受け止めた。よけられぬほど、愚鈍な性質ではない。それを主が望んでいるためだ。適温の茶が、頬を伝い、トウハの衣服をぬらすのもかまわず、トウハは頭を垂れる。


「申し訳ありません、サユグ殿下」

「殿下、殿下など、煩わしい! 遠くに控えておれ!」


 主の怒気が雷撃となり走る。それをまた、トウハは顔で受け止める。余波を食らった調度品が、無惨に砕け散った。トウハの額も割れ、鮮血が滴る。今度はトウハは去ることを躊躇わなかった。主に、血を見せたくはなかったからだ。失礼しますとはあえて言わない。この主は去られることを、かたく嫌っているからだ。


「ご用がございましたら、お呼びくださいませ」


 室をでると、女官のニルが、手ぬぐいを持って、トウハを泣きそうな顔で迎えた。トウハは礼をいい受け取ると、額をそれで押さえた。


「トウハ様、申し訳ございません。私のお茶のために」

「案ずることはない。そなたに任せたのは私。そしてそなたはよく働いてくれた」


 笑って仕事に戻るように促すと、ニルは一礼し持ち場へ戻った。あれはよく仕事ができるが、線が細いのが難点だな。主の怒りに、一喜一憂していてはつとまらぬ。トウハは血を止めると、布を洗濯番に渡した。

 そうしていつも通り、膳や湯殿の差配へと向かう。

 主であるサユグは、御年十四、年若の皇太子であるが、気性の不安定な少年であった。兄たちが立て続けに亡くなり、本来回ってくるお鉢ではなかった故、彼は皇帝の証たる雷神の力をうまく扱えないのだと、彼が激情をほとばしらせ、雷撃を放つたび口さがない者はいう。

 しかし、トウハは知っていた。物事はそう単純なことではないのだと。

 サユグが自らの激情を持て余し、雷神の力を使いこなすことができないのは、ひとえに、彼の幼少の頃に負った深い傷によるものだと、知っているからだ。



 幼き日のサユグは、美しく明朗な皇子であった。彼の上には八人の兄皇子、三人の姉皇女がいた。おおよそ皇位継承に遠い身分と、その気質のよさで、彼の周りのものは彼の為に身を粉にして働いたし、兄皇子からも好かれていた。


「サユグ、剣を教えてやろう」

「ありがとうございます、兄上」


 自らの稽古の息抜きに、彼に手ほどきをしにくる兄皇子がどれほどいたか、おそらく全員であろう。彼が目を輝かせ、兄のことをほめるたびに、彼らは自らの才を信じることができたのだ。

 特に、第三皇子たるアルグにおいては、目に入れても痛くないほどのかわいがりようであった。いつのときだったか、サユグがアルグの宝剣の石をほしがったとき、何のためらいもなく、花のような手に握らせてやったのだ。それは、彼の母君の形見であった。

 そんなアルグであるから、一介の従者であるトウハにもたいそうよく扱ってくれた。他の兄皇子というものは、弟の従者は自分の従者のように扱う節があったが、アルグはあくまで、サユグの従者として、トウハを扱ってくれたのであった。


「トウハ、お前は筋がいい。サユグを護るために、私が剣を教えてやろう」

「もったいのうございます。私のような宦官が剣を持つなど」

「トウハ、兄上に習うとよい! 僕はお前が舞うところをみたい」


 トウハはそれなりの位の貴族の息子であったが、母の身分が高くなく、嫡男とはなれなかった。そこをサユグの母に気に入られ、いずれ生まれ来る我が子のために、と宦官として迎えられたのだ。

 お仕えするために、男の証を赤子の時に落とされた。忠誠心は、疑うべくもない。しかし、このスユルの国において、宦官という身分はトウハの人生に影を落とし続けた。

 宦官は剣も握ることができず、文官として出世も望めない。ただ一介の側仕えとして生涯を終える。残るのは忠誠心のみである。

 だが、主はそんな自分より二つ年上の従者をたてた。何かあれば、剣を握らせたがったし、勉学を与えようとした。


「いずれお前に、僕は大きく報いてやるからな」


 それが、サユグの口癖であった。トウハは、ありがたかった。しかしそのような大それたことを、決してよそでは言ってはならぬと言い含めた。するといつも怒るので、トウハは機嫌をとるのに、いつも膝を貸し歌ってやらねばならなかった。

 純粋で美しいサユグは、どれほど多くの幸福をもたらしたろう。このままの日々がずっとよい、そうトウハが思うほどに。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?