目の前に置かれたトレー。そして可愛いトッピングのドーナツ。
その向こうには、笑顔の王子様。
「どうぞ、召し上がれ」
これでハートを撃ち抜かれない女子はいない。
「いただきまーす」
夢のようなシチュエーション。見つめ合う二人はまるで恋人同士のように微笑む。
「おいしーい!」
「うん。美味しいね。あ、夢乃ちゃん。口元にクリームついてるよ」
「えっ⁉︎」
戸惑う私の口元をすぐにナプキンで拭いてくれた先輩がクスッと笑う。
「子どもみたいで可愛いね」
いやあ……本当にここは天国ですか。
口の中も目の中も甘い、甘い、甘すぎる。
だけど……。
私の目は、時々窓ガラスの外にお出かけしてしまう。
街を歩く人々の中に彼岸花のような赤い髪が紛れ込んでいるんじゃないかとつい探してしまう……。
たっくんとデート、まだしてない。
それなのにこんなことをしていていいのかな……。
「聞いてもいいかな」
ドーナツを一個食べ終えたところで、先輩が切り出した。
「はい」
私はドキッとして姿勢を正す。
「彼のどこが好き?」
「たっくんのことですか……? ええと……」
頭の中にたっくんをいっぱい並べてみる。なかなか怖い、地獄絵図。眉間に皺をいっぱい寄せて集団で睨まれたらそりゃあもう。
「正直、分からないんだ。君みたいな普通の──いや、見た目のことじゃないよ。正常……と言った方がいいかな。そう、君みたいに正常な感覚を持っている女の子が、彼のような常識はずれの男子に惹かれる理由が分からない」
うん。私も分かりません。
うまく言葉にできなくて黙っていると、先輩は真面目な顔をして尋ねた。
「ヤンキーがかっこいいと思ってる?」
「い、いえ……」
「そういうタイプの人が好きだというなら、否定はしないよ。だけど、僕としては積極的に勧めることができない」
先輩のお皿の上には私が勧めたイチゴクリームのドーナツが乗っていた。
「彼らは他人を威圧することで自分が上位に立てると思い込んでいる愚か者だ。他人を思いやるという心がなく、自分が強いということに自尊心を持つ、傲慢で、単純で、ただ迷惑な人間だ。彼らが僕らの高校からいなくなったらどんなに平和になるか……君はそう思わないか」
「先輩……?」
私は驚いて固まってしまった。先輩の目から爽やかな光が消えて、濃厚すぎるエスプレッソのような黒くて苦い塊が見えたような気がしたから。
「あ、ごめん」
先輩は自分の強すぎる言葉に気がついて、打ち消すようにぎこちない笑みを浮かべた。
どうしちゃったんだろう。いつもの優しい木更先輩らしくない。
不良たちと何かあったのかな……。
気になるけど、先輩の核心に迫りすぎているようでこれ以上聞けない。
気まずさで沈黙していると、暗い表情を浮かべた先輩がため息の後にこう続けた。
「……僕の部活の後輩だった女子が、一ヶ月ほど前から不登校になったんだ」
「え……? それって……」
私の頭に、ちーちゃんたちの言っていた噂が蘇る。
不良の集団に性的ないじめを受けた一年の女子がいるっていう──。
「先輩の後輩さんが……?」
「うん。明るくてよく笑う可愛い後輩だったよ。妹みたいに僕を慕ってくれていたんだけど……ある日、ひどい事件が起きて、身も心も傷つけられてしまって……」
先輩はうつむき、美しい眉の間に皺を寄せた。
「僕がもっと風紀の乱れをしっかり取り締まっていればあんなことにはならなかったのかもしれないと思うと無念で──自分の不甲斐なさに腹が立ったよ。でも、それ以上に許せないのは加害者たちだ。彼らは彼女の尊厳を踏みにじった挙句、彼女にとって屈辱的な動画を撮って自分たちのことは口外するなと彼女を脅し、今も罪から逃れている」
先輩はテーブルの上に置いた両手を握りしめた。
「彼らのことが、僕はどうしても許せないんだ」