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第8話

しかし、私の頭の中は、真っ白だった。

結城蓮が求めるどんな反応も、私は返せなかった。

彼がじっと見つめる視線は、次第に冷めていった。


エレベーターの方から誰かが慌てて駆け寄ってきた。

スーツ姿の壮年の男性は結城蓮よりずっと背が高いのに、

彼の前で恭しく腰を折り、

切実な口調で言った。「坊っちゃん、車が下で待っております」

「学校に遅れますよ」


結城蓮はそっと黒い睫毛を伏せた。

失望したように。

そして、きびきびと背を向けて立ち去ろうとした。

しかし、振り返ったその動作が、一瞬止まった。

眉間がまた、かすかにひそんだ。


彼は廊下の向かいのガラス窓を見ながら言った。

「傷の手当てをしたほうがいいよ」


私は彼の視線の先にある鏡面に目を向けた。

自分の腕や右足に巻かれた粗末な包帯が見える。

この世界に入った後、システムは私に何のチートも与えてくれなかった。

持っていたわずかなお金では、食費や住居費さえままならず、

病院での治療費など到底払えなかった。


結城蓮はもう去っていた。

私の視線はガラス窓から滑り落ち、

そこに映った、自分自身のぼやけた顔を見つめた。


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