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16

その日も、私は夢の中を彷徨っていた。

あの懐かしい匂いがまた漂ってくる。

男の人が、私のベッドの傍に座っていた。

どうやらお酒を飲んでいるみたい。

話すたびに、ふわりと優しいアルコールの香りがした。彼はいつもよりずっと多くのことを語ってくれた。

「鳴……君はきっと、俺を恨んでるよね?」

「君が俺を好きだった時、僕はそれを避けようとした。」

「君が苦しんでいた時、僕は知らないふりをした。」

「いつも冷たく接して、うざいとか、好きじゃないって……言った。」

「君は言ったよね。俺が君を好きじゃなくても、嫌いじゃなければそれでいいって。」

「その言葉を、涙をこらえて言った君を見て……俺も同じくらい、胸が締めつけられた。」

「でもね、鳴……君は間違ってる。」

「僕は君が好きだ。最初に出会ったあの夜から、ずっと。」

「隅田川の堤防で会った夜、君の目には、生きたいという気力すら薄れていた。」

「それでも君は笑って言った。『これが初めて、自分のために過ごす誕生日なんだ』って。」

「小さなケーキに涙が落ちて、それでも一番綺麗な、真ん中のチェリーの乗ったケーキを僕に差し出してくれた。」

「君の瞳があまりにも澄んでいて、俺は泣きそうになった。」

「母が亡くなってから、そんな風に、何の見返りもなく、いちばん大切なものをくれた人なんていなかった。」

「君を背負って帰る道中、君は好きなドラマの話や、助けた子猫の話を一生懸命してくれた。僕は知らなかった。女の子の心があんなに豊かで、面白くて、眩しいなんて。」

「正直、あの道が永遠に続けばいいと思った。」

「君の言葉を聞いていると、俺の人生に初めて色が差した気がした。」

「でも同時に、俺は自分を激しく嫌悪した。」

「だって、僕はその直前に、鹿野遥の告白を受け入れたばかりだったから。」

「俺はずっと、父を憎んでいた。他の女に手を出して、母を裏切ったから。」

「でも気づけば、俺も同じように、鹿野遥を傷つける側に立っていた。」

「だから俺は、自分の欲望に飲まれないよう、何度も言い聞かせたんだ。」

「君を避けるようになったのも、君が近づくたび苛立ったのも、全部……」

「君には、抗いがたい引力があった。どんどん惹かれて、どんどん求めてしまう自分が、怖かった。」

「だから、俺は人生最大の過ちを犯した。」

「君を、海外に追いやったことだ。」

言葉の最後、時川徹の声はかすれ、痛みに濡れていた。

彼は私の手をそっと両手で包み、唇に触れさせながら静かに続けた。

「鳴……今日、僕は鹿野遥と結納を交わす。」

「でも、君は心配しなくていい。俺は彼女のことなんて、一度も好きになったことがない。」

「僕が見ていたのは、彼女のだった。 彼女と一緒にいることで、時川財閥にどれだけの利益がもたらされるか――それだけを考えていた。」

「彼女を利用した。それは卑劣だった。でも、それで彼女の罪が消えるわけじゃない。」

「今日、僕は彼女がすがっていたを奪う。そして、彼女を二度と立ち上がれないところまで叩き落とす。」


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