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第4話 ホーンテッド・ホームシック

 その白い人影をよく見てみると、白い布をかぶっていてよくわかっていなかったが、神主さんらしい恰好をしている。俺よりも背が高く姿勢もどこか凛とした空気をまとっていた。

 少し安心して、声をかけてみる。


 「あっ、あの、町の方に出たいんですけど、道を教えていただけないでしょうか」

 「あれ、見ない顔だと思ったら。迷子かい」


 布をとると、神主らしからぬ髭を生やした30代前半ぐらいの男の顔が露わになった。悔しいが凛々しい男前な顔をしている。

 大人げなく迷子になった俺が滑稽なのか、にやにやとこちらを見つめてくる。


 「随分珍しいな。越してきたの?」

 「はっ、はい」


 どこが珍しいのだろうか。どこにでもいる一般的な顔立ちだし、服装もTシャツにジャージという井出立ちだ。


 「しょうがないなぁ。その代わりちょっと仕事に付き合ってくんない?」

 「えっ?」


 竹製の箒を渡され、言われるがまま境内の葉を集める。


 「落ち葉は端っこに集めてね」

 「分かりました」


 連日の荷物運びや慣れない生活で疲れた体に鞭を打ち葉をかき集める。境内から落ち葉が消えたころには、葉の山は腰の高さを優に超えていた。


 「これを燃やせば、今月も大丈夫だな」


 何が大丈夫なのかは分からないが、その男はマッチをぐっと握りしめてから、火をつけ、葉の山に炎を移した。

 煙の臭いが身を包み、あたりにうっすらと靄がかかる。


 「ちょっと待っててね」


 男は煙の中で棒立ちし、ふぅと肩を揺らす。息を整えているようだ。そして白い布をひらりと揺らしながら、くるくると回る。よくは聞こえないが、何かを唱えているようだ。祈りの儀式か何かかもしれない。

 幻想的な動きに目を奪われる。


 何度か繰り返すと、再び息を整え、こちらに向かってくる。  

 どうやらやるべきことは終えたようだ。


 「ねぇ、君の周りで最近何かあったでしょ」

 「えっ、なんでわかったんですか」


 男はふふっと笑う。まさか、何か視えているのだろうか。


 「分かっちゃうんだわ。ねぇ、その何か、俺に祓わせてくれない?」

 「祓えるんですか」


 これは安定した生活を手に入れるチャンスかもしれない。だが、なぜか胸のあたりがもやもやとする。


 「ありがたいんですけど、ちょっと最近忙しくて。今日は町の方まで送ってもらえるだけでありがたいですから」


 男は少し残念そうな顔をする。


 「そうか。まあ才能はあるみたいだし、また会えそうだな。これあげるから」


 そう言い、男は名刺を懐から取り出す。そこには「祓い職 宮原零士」と書かれていた。


 「祓い職ってなんですか」


 名刺をまじまじと見つめながらそう聞くが、返事が返ってこない。

 どうしたのかと名刺から目を離すと、宮原の姿はなく、それどころか神社すら消えていた。


 「どうして」


 絶対に小山の中の神社にいたはずなのに、まわりは田園風景である。

 辺りをよく見回してみると、家から徒歩5分ほどの道端らしかった。


 「やっぱり俺、ドッキリにでもかかってるのかな」


 すっかり疲れてしまっていたため、とりあえず家に戻ることにした。浮田さんといい、さっきの神社といい、俺の周りはどうかしてしている。


 家に戻ると、朝出た状態のままで人の気配もない。全て夢の中だと思いたかったが、俺の手の上には宮原零士と書かれた名刺が確かに乗っかっている。

 何気なく名刺を裏返すと、そこにはびっしりと墨で文字が書かれている。達筆すぎるのか解読不可能だ。

 なんだか気持ちが悪くなり、思わず名刺を机に放った。


 テレビをつけ、ご当地感あふれる情報番組を見ながらぼーっとしてみる。越してくる前はこの時間は何となく同じバラエティ番組を観ていたが、こっちではそのチャンネルは映らないらしい。

 特段好きでもなかったはずなのに、そのバラエティ番組が観たくてたまらなくなってきてしまった。これまでのように、くだらないやりとりを見ながらくすくすと笑いたい。


 こんな気分の時は近所のコンビニで発泡酒と唐揚げを買ってきて一人で晩酌をするのがお決まりだが、あいにく新居からは50分以上は歩かなければコンビニはない。


 いつの間にか、外は日が傾き始めている。

 転がっているビニール袋に手を伸ばし、手繰り寄せる。

 適当にポテトチップスの袋を取り出し、雑に開けた。


 手を休めずにノールックでポテチを口に運び続ける。


 ふと手を伸ばした先を見ると、白い手が一緒に袋の方に伸びてきていた。


 「ひゃあっ」


 思わず小さな悲鳴を上げるが、すぐに気を取り直してその手の主の方を見る。


 「そんな化け物を見るような眼で見るのは止めてもらえますか」


 薄く透けたポテチを持ったその人は俺をにらみつける。


 「あながち間違ってないでしょ」


 浮田さんに聞こえないぐらい小さな声でそうつぶやくと、ムスッとする。どうやら聞こえていたらしい。

 薄く透けたポテチを頬張りながら浮田さんはぐちぐちと俺に文句を言う。


 「だいたいね、なんで引っ越し早々こんな生活しているんですか」

 「いろいろあって疲れたんですよ。一人暮らしだし、別にいいでしょ」


 投げやりに俺が言うと、浮田さんはがさっとポテチをつかんで口に放り込む。


 「いいですけど、なんか見てて侘しいんですよね」

 「そんなこと言われたってねぇ。ってか、浮田さんおれのチップ食べ過ぎじゃないですか」


 そう言うと、浮田さんは空けたチップを一枚俺に見せつける。


 「減るもんじゃないですしいいじゃないですか。ポテチをお供えする人はそうそういないんですよ。食べられるときに食べたいじゃないですか」

 「そういうもんですかね」


 こういうところは真面目なのかよくわからない。久々に他人とポテチを囲んだような気がして悪い気はしなかった。


 食べ終わった俺は浮田さんに促されるがままネット環境や家電の設置を済ませ、適当に買っておいた焼きそば麵と野菜をいためて夕食を作った。一人では諦めていたかもしれないから、口はうるさいがすっかり助けられてしまった。


 野菜しかないのかと文句を言いながら浮田さんも焼きそばを頬張る。野菜の大きさは不ぞろいだが、焼きそば麵についている粉を使っているので味は保証付きだ。


 「ごちそうさまです」

 「いえいえ、減るもんじゃないんで」


 そう言ってにやりとすると、浮田さんはふふと笑う。


 「根に持ってたんですか」

 「いや、言いたくなっただけです」


 パソコンを開きメールのチェックをしていると、二階に行っていた浮田さんが降りてきた。そして、何も言わずに部屋の端をじっと見つめる。つられてそっちの方を見ると、昼間に受け取った名刺が雑に置いてあった。


 「これ、どうしたんですか」


 浮田さんは深刻そうな顔をして問う。丁度文字のびっしり書いてある面が見えているので気持ち悪く思ったのかもしれない。


 「道に迷ってたどり着いた神社でもらったんですよ。多分神主さんの名刺だと思うんですけど」


 浮田さんは名刺を見つめたまま一歩あとずさる。


 「これ、ちぎってごみ箱に捨ててくれませんか」


 そんなに気持ち悪いだろうか。仕事柄もらった名刺をすぐに捨てることに抵抗はあるので迷っていると、浮田さんは「捨てて!」と叫ぶ。

 それと同時に名刺がふわりと浮き上がり、ぶわっと炎を上げて燃え上がった。


 何が起こったのか分からずに立ち尽くす。

 浮田さんははぁはぁと息をあげている。


 「今、何が起こったんですか」

 「三田さんこそ、なんてものをもらってきたんですか」


 浮田さんは起こったような口調でそう言うと、それ以上は何も言わずに消えてしまった。

 残された俺は紙の燃えたにおいに包まれながら、粘着クリーナーでその燃えかすを集めた。

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