段々、腹が立ってきた。
自分はただ薫の友人というだけなのに、何でこんなことで悩まなければいけないのか。望むのは普通の女子高校生としての生活を送りたいというだけだ。周りにそれなりに常識的なふるまいをしてほしいだけだ。でもって、できれば薫にも平穏に過ごしてほしい、それだけなのに。
「……柚希ちゃん」
やがて私は呻くように言った。
「思ったんだけどさあ。柚希ちゃんは〝普通にチョコを渡せれば〟満足なんだよね?やばいモノ入れた手作りチョコとか薫に渡すつもりないよね?」
「え、僕はそんなことしないよ。普通のメリーのチョコとか渡すつもり。嫌われたら困るし、メリーのチョコなら薫も好きだって言ってたし」
「……なら」
多分今、私はとっても据わった目をしているだろう。
「協力してくれない?柚希ちゃん結構情報通みたいだし?……邪魔者どもをバレンタインデーまでにまとめて排除すればさあ……私も薫も平穏に暮らせるし、柚希ちゃんも普通にチョコ渡せるよね。ていうかさ、チョコ渡すのが柚希ちゃんだけになったら、多分薫も美味しく食べてくれるし目立てると思うんだよねー……」
「ほうほうほう、それは確かに」
にやり、と笑う柚希。そう、この提案は柚希にとっても充分すぎるほど魅力的であるはずだ。もちろんこの柚希だってどっかしらヤバイ人間である可能性はあるだろうが、それでもロケラン持って人を追いかけまわす連中よりはマシだろう。
そしてそのあかんストーカー予備軍は――場合によっては、それなりに使える、と思うのだ。
「……明日までにさ、去年薫に嫌がらせをしたヤバイ人達のリストとか、作れる?」
ごき、ごき、と拳を鳴らしながら私は言う。
はっきり言おう。めっちゃ怒っている。非常識な人達はこの手でまとめてぶちのめしてやりたいと思うくらいには、怒っている。
と、いうわけで。
「……まとめてブッコロ。ええ、ブッコロですとも」
目指せ、平穏無事なスクールライフ。
多少死人が出ようが知ったことか!
***
翌日、廊下にて。
「正直マジ、うざったいっていうかー?」
私は謎のギャル少女たちにインネンをつけられていた。学校なので、みんな名札を付けている。平成ガングロギャルっぽいメイクの真正面の少女は、隣のクラスの人間だという。名前は、
「あたしらの薫様にさー、あんたべたべたしすぎい。そりゃ、薫様も友達選ぶ権利はあるしぃ、見逃してたけどさあ。なんかトイレで薫様にエロいことしようとしたってそれほんとなわけー?」
「そんなことしてないよ。あのトイレに人が来ないから、薫に呼び出されて相談受けてただけだもん」
「えー、信じらんなーい。あたしらさあ、薫様のこと大好きだからさあ、あの人にエロいことしようとする女とか絶対許せないっていうかさー」
昨日あれだけ派手に親衛隊と追いかけっこしていたのだ、まあ噂が流れても仕方ないだろう。とはいえ、女同士なのにそういう疑いがかかるのが甚だ疑問である。確かに薫はイケメン少女だし、人気者かもしれないが。
「私は薫の親友だけど、そういう趣味はないんだよね。男の子にしか興味ないから」
私は怒りを押し殺して、にっこりと微笑む。
「それよりもさ。一緒にトイレにいただけでエロいことをしたって思うんだ?それってつまり、貴女たちの方が薫にそういうことしたいって思ってるってことじゃないの?」
「はあああああ?」
「何言ってんのコイツ?」
「むかつくう!」
「ムカツク?……それはこっちの台詞なんだよねえ。私はただ普通に学園生活送りたいだけだってのにさあ。薫の近くにいるってだけでねちねちねちねち……余計な面倒かけさせやがってさあ」
だから、と私は真凛に向けて中指を立ててみせた
「消えてくんない?」
次の瞬間。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
轟音と共に、突然廊下が崩れ落ちた。そう、もろに、少女三人の真下の廊下だけが。
「ぎゃあああああああああああああああああ!?」
「きえええええええええええええええええええええ!?」
「嘘おおおおおおおおおおおおお!?」
三者三様の悲鳴を上げて、真凛たちは落下していく。ざまあみろーと私は声を上げて笑ってやった。気分はあれだ、ざまあ系に出てくる性格悪い系主人公だ。やり方が汚いと言い長ければ言え、のこのこ出てくる方が悪い。
「おーっほっほっほっほっほ!やりましたわあ!」
そしてその直後悪役さながらの高笑いをしながら登場したのは、ロケランを装備した絢乃お嬢様である。
「なるほど、いい作戦ですわね、梨華さん!」
彼女は親指を立ててグッドポーズだ。そう、この廊下崩落は彼女が仕掛けたことなのである。
「これで、お邪魔虫は排除できましたわ。……なるほど、厄介な人間ほどバレンタインデーの前にあなたに絡んでくるはずですものね。貴女に近づく輩をこうやって排除していけば、いずれ薫様をお守りするのはわたくし達だけになるということですのね!」
「うん、その通りです、先輩」
そう。
昨日の頼み事を、柚希は完璧にこなしてくれた。そして、彼女は薫に近づく厄介な女リスト(ただし親衛隊除く)をしっかり作って翌日持ってきてくれたのである。
そう、柚希さんが一日でやってくれました(ジョバンニのノリで)。
そのリストを持って、私は自ら絢乃の元を訪れたのである。そして、こう言ったのだ。
『松林先輩、昨日は大変失礼なことを言って申し訳ありませんでした、しかし私はけしてやましいことなんかしておりません、何も知らずに薫から相談を受けていただけなのでございますむしろ強くて麗しい松林様こそ薫のパートナーに相応しいと思っているのでぜひとも応援したく本日参上いたしました。でもってそこで一つ相談なのでございますが松林様、薫を閉じ込めて守るというのも手間がかかりますし万が一警察に知れて騒ぎになっては事ですから逆の発想をするというのはいかがでございましょう?たとえばバレンタインデー当日薫に近づく者がお嬢様たち親衛隊だけになれば薫の安全は守られると思うんです、そこで積極的に不埒な輩を排除していくことを提案したいと思います。幸いというべきか私は今後そういった輩に勘違いされて絡まれる可能性が高いので私の傍を見張っていてくださればきっと効率的に輩を排除していくことができると思うんですがいかがでございましょうハイ!』
まあこんなかんじ。よくもまあ、これだけ嘘八百を並べられたものだ。まあ、面倒な輩を排除してほしいというのは本音だけども。
ようするに。
まず、絢乃たち親衛隊に〝彼女たち以外の〟ストーカー予備軍を全て処分させてしまえばいい、と考えたのだ。私の安全も確保されるし一石二鳥である。
まあ、やり方はその、犯罪スレスレというかどう見てもアウトだが。
――でも私は提案しただけだもんねー。私が犯罪してるわけじゃないもんねー。
私は笑顔で、松林絢乃に手を振る。
「ありがとうございます、先輩!この調子で、薫に近づく輩をぶちのめしていきましょう!」
「ええ、そうしましょう、貴女のこと誤解していてごめんなさいね!これからもよろしくね!」
「ええ本当に!」
そんなやり取りをしながら思う。
――まあ、最後はあんたらも排除されるんですけどね!
彼女らのリストと弱点情報は別に、柚希から貰っているのだから。
――さて、この調子で全部ぶちのめしてまいりますかー。
その後も、私と薫親衛隊の連携で次々と邪魔者が消えていくことになるのだった。
「お願いがあるのよ、
朝のホームルームの時間。担任の木島先生は他の生徒がいるにも関わらず堂々と私に話しかけてきた。
「
次の瞬間、木島尚子の頭上から降ってくるタライ。彼女は目を回して、教卓の前でぶっ倒れた。
「……去年やばい手作りチョコ渡したのあんたかい」
私が白目をむいて突っ込んだのは言うまでもない。
そしてさらには休み時間。靴箱で靴を履き替えてグラウンドに出ようとしたところで、体育会系の女子たちが私のところに押しかけてきたのである。それを率いるのは応援団長の女子、
「オッス!自分らにどうか、薫さんを制圧する方法を教えて欲しいッス!去年は捕獲しようとしたのに、親衛隊の人に先をこされてしまって叶わなかったッス!」
「捕獲って薫はポケモンかい!でもってあんたらもあいつを拉致監禁しようとしてたんかーい!」
次の瞬間、美南たちのの目の前の靴箱が大爆発を起こしていた。ぽんぽんぽーん!と外に吹っ飛ばされていく体育会系女子たち。黒焦げになって目を回している彼女達を見て、遠くてまたしても高笑いしているのが絢乃である。もはや、なんでもありだ。
「おーほっほっほ!新型爆弾の味はいかがなものかしらー!?」
私は思った。
――……よくこの学校、今日まで死人出なかったな。
でもって爆発物や銃器がなんで一切取り締まられていないのだろう。正直深く考えるのは恐ろしすぎるというものである。
***
「……その、ありがとう」
で、最終的に。
バレンタインデー当日、学校の敷地内のベンチにて、薫と二人で座っている私である。薫の手元には、柚希から貰ったチョコが一つだけ置かれていた。
「梨華、本当に俺を助けてくれたのか。心から感謝するよ」
「いやいや、いいんだよ。私もこのままじゃ平穏無事に過ごせないしね」
「ど、どういうやり方したのかは聞かないでおく、うん」
「うんうん薫、それがいいよ!」
今日、学校は欠席者が相次いだのだった。親衛隊の執拗な排除と脅迫に耐えかねて、多くのやばい生徒たちが休まざるをえなくなったからである。なお普通に病院送りになった生徒もいた。何故に今まで絢乃が逮捕されていなかったのか疑問で仕方ない。
で、もちろんこの場合、最終的には一番ヤバイ集団である絢乃達をどう処理するか、だったのだが。
『僕知ってるんだー。松林先輩、親衛隊の子達を連れて放課後お屋敷のテラスでお茶会してるんだよねー』
柚希からの情報をフルに生かした形だった。
『あのお屋敷、でかいわりに警備がザルだからさ。……強力な下剤あるんだけど使う?三日はトイレから出られなくなるやつ!』
と、いうわけである。学校からほど近い場所にあった絢乃の家にこっそり忍び込み、彼女たちの紅茶に貰った下剤を突っ込んだのだった。絢乃たちはお茶会の途中で部屋に本を取りに行くタイミングがあった上、誰も見張りがいなかったので簡単だったのである。
結果、絢乃達は当日誰も登校してこなかった。あの後どんな悲惨なことになったのか、考えるだけで恐ろしい。それから、柚希が一体どうやってそんな強烈すぎる下剤を手に入れたのか、についてはつっこんではいけない。
――ゆ、柚希は大丈夫かな?大丈夫だよね?だって市販のチョコだし。
私はちらちら薫の手元を見ながら思う。
「本当に、ありがとう。梨華がここまで頼りになるなんて思ってなかった」
そんな私に、薫は涙目になって言った。
「お願いだ、来年も……よろしくな!」
「嫌だよ!?」
なんでしれっと来年のお世話もしてもらおうと思ってんだこいつは。私は彼女の脳天にチョップを入れた。
「来年は自分でなんとかして頼むから!」
この滅茶苦茶な学園生活は、まだ一年以上残っている。