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愛の存在証明
愛の存在証明
NIWA
文芸・その他純文学
2025年06月06日
公開日
6,804字
連載中
妻の不倫を知った僕は、なぜか何も感じなかった。愛しているはずなのに。不倫を告白した妻に対し、怒りも悲しみも湧かない「僕」。しかし妻への愛は本物で、その矛盾が妻を苦しめる。僕は妻のために「普通の愛」を持とうと、自分の心に嫉妬や怒りが生まれるのを待ちながら観察を続ける。

妻と僕

 ◆


 妻が不倫をしていることを知った日、僕は驚くほど平静だった。


 怒りも悲しみも、裏切られたという感覚さえ湧いてこない。


 ただ、事実として認識しただけだった。


 妻の携帯電話に届いたメッセージを偶然目にしてしまったのだ。


 画面に浮かんだ文字列は、明らかに親密な関係を示していた。


「昨夜は楽しかった」


「また会いたい」


 そんな言葉が並んでいた。


 僕は携帯電話をそっと元の場所に戻した。


 妻はキッチンで夕食の準備をしている。


 包丁がまな板を叩く規則的な音が聞こえてくる。


 僕は自分の心の中を覗き込んだ。


 怒りはあるか。


 ない。


 悲しみは。


 それもない。


 妻を愛しているか。


 愛している。


 この矛盾が、僕には理解できなかった。


 夕食の席で、妻はいつもより口数が少なかった。


 箸を持つ手がかすかに震えている。


 僕は黙々と味噌汁を啜った。


 豆腐が舌の上で崩れていく感触を確かめながら、自分の無感動さを分析していた。


 人間の感情というものは、どこから生まれるのだろう。


 脳内の化学物質の働きによるものなのか。


 それとも、もっと別の何かがあるのか。


「昨日は遅かったね」


 僕は何気ない調子で言った。


 妻の箸が止まった。


「会社の飲み会があって」


 声が少し上ずっている。


 嘘をついているときの妻の癖だ。


 結婚して七年、僕は妻のすべてを知っている。


 少なくともそう思っていた。


「そう」


 僕はただそれだけ答えた。


 妻の顔に困惑の色が浮かぶ。


 もっと追及してくるものと思っていたのだろう。


 しかし僕には、そんな気持ちは微塵も起きなかった。


 その夜、妻は寝室で泣いていた。


 声を殺して、布団に顔を埋めて。


 僕は隣で天井を見つめていた。


 暗闇の中で、妻の震える背中が見える。


 手を伸ばせば届く距離。


 でも僕は動かなかった。


 妻の苦しみを、まるで実験室のガラス越しに観察するように眺めていた。


 これは正常な反応なのだろうか。


 愛する人が苦しんでいるのに、何も感じない。


 いや、正確には感じているのかもしれない。


 ただ、その感情に名前がつけられないだけで。


 翌朝、妻の目は腫れていた。


「大丈夫?」


 僕は朝食の準備をしながら聞いた。


「う、うん」


 妻は慌てて顔を洗いに行った。


 僕はトーストにバターを塗りながら考えた。


 なぜ僕は、妻の不倫に対して何も感じないのか。


 愛が冷めたわけではない。


 今でも妻の仕草の一つ一つが愛おしい。


 朝の光に透ける髪も、コーヒーを飲むときの唇の形も。


 すべてが僕の一部のように感じられる。


 それなのに。


 数日が過ぎた。


 妻はますます苦しそうだった。


 僕が何も言わないことが、逆に彼女を追い詰めているようだった。


 ある夜、僕は決めた。


 確認しよう。


 誤解だったら申し訳ないから。


 そして何より、妻が望んでいるから。


「ねえ」


 リビングのソファで、僕は切り出した。


「最近、誰かと会ったりしてる?」


 妻の体が硬直した。


 手に持っていたマグカップが、かたかたと音を立てる。


「どうして……」


「いや、ただ聞いてみただけ」


 僕の声は驚くほど平坦だった。


「不倫とかしてたりする?」


 妻の顔から血の気が引いた。


 マグカップを置く手が震えている。


 長い沈黙。


 時計の秒針が、規則正しく時を刻む。


「……してる」


 消え入りそうな声だった。


 僕は頷いた。


「そう」


 それだけだった。


 怒鳴りもしない、泣きもしない、問い詰めもしない。


 妻は僕の顔を見つめた。


 信じられないという表情で。


「怒らないの?」


「怒る理由がわからない」


 本心だった。


「でも、私、あなたを裏切って……」


「うん」


「あなたは私を愛してるって言ってくれてたのに」


「今でも愛してるよ」


 妻の目に涙が溜まった。


「わからない」


 彼女は首を振った。


「あなたが何を考えてるのか、全然わからない」


 僕にもわからなかった。


 だから観察している。


 妻を観察し、自分を観察し、この奇妙な状況を観察している。


「相手は誰?」


 僕は聞いた。


 純粋な好奇心から。


「会社の……上司」


「どうして?」


 妻は俯いた。


「飲み会で、飲みすぎて……気がついたら」


 ありふれた話だった。


 酒に酔い、判断力を失い、流されてしまう。


 人間の弱さの典型的な例。


「それで?」


「それだけ」


「続いてるの?」


「……わからない」


 妻は顔を上げた。


 長い沈黙の後、妻は震える声で聞いた。


「あなた、私のこと、もう愛してないの?」


 意外な質問だった。


「愛してるって言ったよ」


「でも」


 妻は首を振った。


「私が他の男と寝たのに、何も感じてない。それって、もう私に関心がないってことじゃない?」


 興味深い推論だった。


「愛してる」


 僕は繰り返した。


「じゃあ、私のどこが好きなの?」


 妻の目には、絶望的な光があった。


「本当に愛してるなら、言えるはずでしょう?」


 僕は少し考えてから、話し始めた。


「君の髪が好きだ」


 ゆっくりと、一つずつ言葉を紡いでいく。


「特に朝日に透けるとき、茶色が金色に見える瞬間が好きだ」


 妻の表情が変わった。


「君の手が好きだ。料理をするときの手つき、本のページをめくるときの指の動き、眠っているときに僕の服の裾を無意識に握る、その小さな手が好きだ」


 妻の目が潤み始めた。


「君の声が好きだ。朝の寝ぼけた声も、仕事の電話をしているときの凛とした声も、猫を見つけたときの嬉しそうな声も」


 言葉は次々と溢れてきた。


「君の歩き方が好きだ。少し内股で、でも背筋は真っすぐで、自信と遠慮が混ざったような歩き方」


 妻は唇を噛んだ。


「君の笑い方が好きだ。最初は控えめに微笑んで、本当に面白いときは肩を震わせて笑う。そのときに目尻にできる小さな皺も好きだ」


 僕は妻の顔を見つめながら続けた。


「君の泣き方も好きだ。悲しいときは声を殺して泣くけど、感動したときは素直に涙を流す。その違いも全部好きだ」


 妻の頬を涙が伝った。


「君の怒り方も好きだ。本当に怒ったときは黙り込んで、でも三十分もすると自分から話しかけてくる。その優しさが好きだ」


 まだ終わらなかった。


「君の食べ方が好きだ。美味しいものを食べるときの幸せそうな顔、苦手なものを我慢して食べるときの微妙な表情、全部好きだ」


 妻は顔を両手で覆った。


「君の眠り方が好きだ。最初は行儀よく寝てるのに、深く眠ると手足を大きく広げる。その無防備さが好きだ」


 僕の声は変わらず平坦だった。


 しかし、言葉は真実だった。


「君の考え方が好きだ。人に優しくて、でも芯は強くて、正しいと思ったことは曲げない。その真っすぐさが好きだ」


 妻は嗚咽を漏らし始めた。


「君の不器用さも好きだ。裁縫が苦手で、ボタンをつけるのに三十分かかる。でも諦めずに最後までやり遂げる」


 僕は一度息を吸った。


「君のすべてが好きだ。完璧じゃないところも、弱いところも、全部含めて愛してる」


 妻は泣きながら首を振った。


「やめて」


 震える声で懇願した。


「お願いだから、やめて」


「どうして?」


 僕は純粋に疑問だった。


「だって」


 妻は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら言った。


「あなたがそんなに私を愛してるのに、私は裏切って……それなのにあなたは何も感じてない」


 声が途切れた。


「この矛盾が、私を壊しそう」


 妻はソファから立ち上がり、よろめきながら寝室に向かった。


 扉が静かに閉まる音が聞こえた。


 僕は一人残されたリビングで、また天井を見上げた。


 妻への愛は本物だ。


 それは疑いようがない。


 しかし、なぜ僕は彼女の裏切りに何も感じないのか。


 僕は考えた。


 もし僕に嫉妬や怒りという感情が生まれれば、妻は少しは楽になるのかもしれない。


 それが彼女の求める「普通の愛」なのだろう。


 僕は妻を愛している。


 だからこそ、彼女が求める形の愛を持ちたいと思う。


 理屈としては、そうあるべきなのだ。


 しかし、感情は理屈では生まれない。


 だから僕は観察を続ける。


 いつか、僕の中に人間らしい感情が芽生えることを期待しながら。


 その夜、妻はまた泣いていた。


 僕は相変わらず天井を見つめていた。


 妻の苦しみを観察しながら、自分の心の動きを探っていた。


 何か、ほんの小さな変化でもいい。


 妻のために、僕は変わりたいと思った。


 翌日から、妻の様子はさらに変わった。


 僕が自分を深く愛していることを知ってしまったことが、彼女の罪悪感をより深いものにしていた。


 食事もろくに喉を通らず、夜も眠れない様子だった。


 それでも僕は変わらなかった。


 変わりたいと思いながらも、変われない自分を観察し続けた。


 ある夜、妻が言った。


「私も、あなたを愛してる」


 唐突な告白だった。


 僕たちはベッドに横たわっていた。


「裏切ったのに。それでもあなたを愛してる」


 妻は震える声で続けた。


「あなたは、それを信じる?」


 興味深い質問だった。


 僕は少し考えてから答えた。


「信じるよ」


「どうして?」


 妻は暗闇の中で僕の方を向いた。


「理由はたくさんある」


 僕は天井を見つめたまま話し始めた。


「まず、君は毎朝僕より先に起きて、コーヒーを淹れてくれる。僕が砂糖を一つ、ミルクを少しだけ入れるのを覚えていて、いつも完璧な温度で出してくれる」


 妻は黙って聞いていた。


「君は僕の誕生日に、いつも手作りのケーキを焼く。去年は失敗して少し焦げたけど、それでも一生懸命作ってくれた」


 記憶を一つずつ紐解いていく。


「僕が残業で遅くなるとき、君は必ず起きて待っている。眠そうな顔をしながら『おかえり』と言ってくれる」


 妻の呼吸が不規則になった。


 泣いているのだろう。


「君は僕の好きな作家の新刊が出ると、黙って買っておいてくれる。僕の本棚の並び順も把握していて、正しい場所に置いてくれる」


 些細なことの積み重ね。


 それが愛の証明だと僕は思う。


「僕が風邪をひいたとき、君は仕事を休んで看病してくれた。三十分ごとに熱を測り、薬の時間を忘れないようにメモを取っていた」


 妻は声を殺して泣いていた。


「それから」


 僕は続けた。


「君は僕の母の命日を覚えていて、毎年一緒に墓参りに行ってくれる。母が好きだった白い菊を必ず持って」


 愛は言葉ではなく、行動に現れる。


「君は僕が落ち込んでいるとき、何も聞かずにただ隣にいてくれる。無理に励まそうとせず、ただ手を握ってくれる」


 妻の手が、暗闇の中で僕の手を探した。


 僕はその手を優しく握った。


「これらすべてが、君が僕を愛している証拠だ」


「でも、私は裏切った」


 妻は嗚咽の間から言葉を絞り出した。


「それでも君は僕を愛している」


 僕は断言した。


「人間は矛盾した生き物だから。愛していても過ちを犯すことがある」


 妻は僕に寄り添ってきた。


 震える体が、僕の温もりを求めている。


 僕は妻を抱きしめながら考えた。


 この腕の中にいる女性を、僕は確かに愛している。


 だからこそ、彼女が求める愛の形に近づきたい。


 怒りや嫉妬を感じることができれば、彼女は少しは安心するだろう。


 でも、どうすればそんな感情が生まれるのか。


 僕にはわからなかった。


 日々は奇妙な均衡の中で過ぎていった。


 妻は僕の愛を疑わなくなった。


 同時に、僕の無感動さも受け入れざるを得なかった。


 二つの矛盾した事実の間で、彼女は宙吊りになっていた。


 ある朝、妻が言った。


「あなたは、私が苦しんでいるのを見て、何か感じる?」


 僕たちは朝食を食べていた。


 窓から差し込む光が、テーブルの上に模様を作っている。


「観察している」


 僕は正直に答えた。


「感じるというより、観察している」


「なぜ?」


「自分の中に、何か変化が起きるかもしれないから」


 僕は一度言葉を切った。


「君のために、僕は変わりたいと思っている」


 妻の箸が止まった。


「私のために?」


「そう。君が求める愛の形に近づきたい」


 僕は妻の目を見た。


「嫉妬や怒りを感じることができれば、それは君にとって安心できる愛の証明になるだろう」


 妻の目に複雑な感情が浮かんだ。


「でも、それって本当の感情じゃない」


「今はそうだ」


 僕は認めた。


「でも、いつか本当の感情になるかもしれない。だから観察している」


 妻は小さくため息をついた。


「私は実験動物みたいなもの?」


「違う」


 僕は首を振った。


「君は僕の愛する人だ。君を愛しているからこそ、君が苦しまない愛の形を見つけたい」


 妻は窓の外を見ながら言った。


「あなたの愛は、普通の愛とは違うのよ」


「どう違う?」


「所有欲がない」


 妻は僕の目を見た。


「嫉妬もない。独占欲もない。ただ純粋に、私という存在を愛している」


 なるほど、と僕は思った。


 妻の分析は的確かもしれない。


「それは愛じゃないのかもしれない」


 妻は続けた。


「もっと別の、名前のない感情」


「かもしれない」


 僕は同意した。


「でも僕にとっては、これが愛なんだ。そして君のために、もっと普通の愛に近づきたいと思っている」


 妻は複雑な表情を浮かべた。


 悲しみと、諦めと、そして奇妙な優しさが混ざったような。


 時間が経つにつれて、妻の苦悩は質を変えていった。


 激しい罪悪感から、慢性的な違和感へ。


 彼女は相変わらず苦しんでいたが、その苦しみに慣れ始めていた。


 僕は相変わらず観察を続けた。


 妻の微細な変化を記録し、分析し、理解しようと試みた。


 同時に自分の内面も監視し続けた。


 妻のために変わりたいという願いを抱きながら。


「私、あの人とはもう会ってない」


 ある夜、妻が唐突に言った。


「そう」


 僕は本を読む手を止めずに答えた。


「あなたには関係ないかもしれないけど」


「関係あるよ」


 僕は本を閉じて、妻の方を向いた。


「君に関することはすべて、僕には関係がある」


 妻は苦笑した。


「でも、感情は動かない」


「今のところは」


 僕は言った。


「でも、いつか動くかもしれない。君のために」


 妻の目に涙が浮かんだ。


「あなたは、私のためにそんなことまで」


「君を愛しているから」


 僕は単純に答えた。


「君が苦しんでいるのを見るのは、僕にとっても辛い。感情的な辛さではないけれど、理性的に辛い」


 妻は首を振った。


「変よ、それも」


「そうかもしれない」


 僕は認めた。


「でも、これが僕の愛し方なんだ」


 ある日、妻は決心したように言った。


「私、決めた」


 僕たちは夕食後の皿を洗っていた。


 妻が洗い、僕が拭く。


 いつもの共同作業。


「何を?」


「このまま、あなたと生きていく」


 妻の手は止まらなかった。


 規則正しく皿を洗い続ける。


「苦しいけど、それでもあなたといる」


「どうして?」


 僕は聞いた。


 心からの疑問だった。


「あなたの愛が本物だから」


 妻は振り返った。


「それに、あなたが私のために変わろうとしてくれてることも知ってるから」


 意外な答えだった。


「変われないかもしれない」


 僕は正直に言った。


「それでもいい」


 妻は微笑んだ。


 疲れた、でも優しい笑顔だった。


「努力してくれてることが嬉しい」


「それに」


 妻は続けた。


「あなたが私を観察し続けるなら、私もあなたを観察する」


 興味深い提案だった。


「何を観察する?」


「あなたの変化」


 妻の目に、小さな光が宿っていた。


「いつか、あなたの中に人間らしい感情が生まれる瞬間を、私は見逃さない」


 それは挑戦のようでもあり、希望のようでもあった。


「生まれなかったら?」


「それでも観察し続ける」


 妻は僕の言葉を返した。


「あなたがそうするように。そして、あなたが私のために努力してることも、ちゃんと見ている」


 こうして、僕たちの奇妙な共同生活は新しい段階に入った。


 互いを観察し合う、奇妙な夫婦。


 僕は妻の苦悩を観察し、同時に自分を変えようと努力する。


 妻は僕の無感動を観察し、同時に僕の努力を見守る。


 どちらかに変化が訪れるのを待ちながら。


 夜、ベッドに横たわりながら、僕たちは時々語り合った。


 日常のことも、深遠なことも。


「今日、スーパーで君の好きな桃が売ってたよ」


「買ってきてくれた?」


「もちろん」


「ありがとう」


 こんな些細な会話の中にも、僕は愛を感じる。


 変わらない日常の中にある、小さな思いやり。


「ねえ」


 妻が暗闇の中で言った。


「もし、あなたに嫉妬心が生まれたら、私を責める?」


「わからない」


 僕は正直に答えた。


「そのときにならないと」


「私は、少し期待してる」


 妻の声は不思議な響きを持っていた。


「あなたが私を責める日を」


「なぜ?」


「それが、普通の愛の形だから」


 僕は考えた。


「でも、今は君のためにそうなりたいと思っている」


 妻の手が、暗闇の中で僕の手を探した。


「知ってる」


 彼女は僕の手を握った。


「だから、私はここにいる」


 普通。


 その言葉の意味を、僕は考えた。


 僕の愛は確かに普通ではないのかもしれない。


 でも、妻のために普通に近づこうとする努力も、また愛の形なのかもしれない。


「でも」


 妻は続けた。


「今のあなたも好きかも」


 意外な言葉だった。


「苦しいけど、でも、私のために変わろうとしてくれるあなたも含めて、全部があなただから」


 妻の手が、僕の手を強く握った。


 温かく、少し湿った手。


 生きている証拠。


 窓の外で風が吹いた。


 カーテンが揺れ、月光が一瞬部屋を照らす。


 妻の横顔が青白く浮かび上がった。


 美しい、と僕は思った。


 苦悩に満ちていてもやはり美しい。


「私たち、最後はどうなるのかな」


 妻がつぶやいた。


「わからない」


 僕は答えた。


「でも、一緒にいることは確かだ。多分最後の最期まで」


「そうね」


「お墓は別々がいい?」


「一緒がいいな」


 妻は僕の手を強く握る。


(了)

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