俺は魔王に向かって派手な魔法をぶっ放す。魔王の意識を引き付けるためだ。
威力よりも手数を重視する。
大したダメージは入っていない。だが、牽制が主目的だからこれでいい。
魔法を放ちながら、俺は治療を受けている勇者クルスの様子をうかがった。
勇者は魔王に先陣を切って飛びかかり、罠にはまって傷を負っている。
俺が止める間もなかった。
勇者は強い。
15歳とは思えない強さだ。当たり前だが、俺が15歳の時よりはるかに強い。
だが、まだまだわきが甘いと言わざるを得ない。
だからこそ、そんな勇者を補佐するために、俺のようなベテランが必要なのだ。
「おい勇者! まだかかるか!?」
魔王の攻撃が勇者に向かないよう、魔法で攻めたてながら尋ねた。
「もうちょっとなのだわっ」
パーティのヒーラーであるユリーナがそう叫ぶも、
「ありがとうございます。もう、大丈夫です」
殊勝にも勇者は立ち上がる。
「さすがだな!」
ユリーナのヒール効果はとても高い。
だが、それを差し引いても勇者の回復スピードは尋常ではない。
俺は攻撃スピードをさらに上げる。
今までの牽制を目的とした攻撃から、ダメージを与えるための魔法攻撃へと切り替えた。
幾重にも魔王に傷をつけていく。
「きさまぁあああああ」
魔王が叫ぶと同時に、魔王の右腕を弾け飛ばす。
そしてすぐに横に飛ぶ。
阿吽の呼吸。
なにも言わなくても、勇者は絶妙なタイミングで突貫してくれる。
魔王の意識は俺に向いている。勇者はたやすく魔王の心臓に聖剣を突き立てた。
「ぐぎぐぐぐううう」
魔王のうめき声が、部屋に響きわたった。
「きさまぁ……」
息も絶え絶えの魔王は、勇者ではなく俺を睨みつけてくる。
「きさまさえいなければ……」
「いやいや、恨むなら勇者を恨んでほしいぞ」
俺がそういうと、勇者は苦笑する。
いくら強い戦士も魔法使いも、魔王を殺し切ることはできない。
魔王を殺し切るには勇者の力が必要だ。
尋常な手段では殺せないから魔王なのだ。
俺が飛ばした右腕も五分と立たずに再生してしまう。
そして、魔の神の加護を受けた魔王を倒せるのは、聖の神の加護を受けた勇者だけだ。
魔王を殺せるからこそ、勇者は勇者たりえるのだ。
それでも魔王は俺を睨みつけている。
「許さぬ。きさまだけは……」
魔王の右手が光ると、数十本の魔法の矢がとんでくる。
「アルフレッドさん!!」
勇者の悲鳴に近い声を聞きながら、とっさに動く。
だが、わずかに油断があった。
長い旅路の果てに、難敵である魔王の討伐をなしとげたことで気が緩んでいた。
かろうじて、魔法障壁を展開し魔法の矢を叩き落していく。
だが一本だけ、防げなかった。
左の膝。その皿に深々と魔法の矢が突き刺さった。
激痛に耐えて魔王を見る。
「ふっ」
魔王が一瞬、不敵に笑ったようにみえた。
その瞬間、勇者が魔王の首をはねる。
「アルフレッドさんごめんなさい! ぼくがもっと早くとどめを……」
勇者は泣きそうだ。
「いや、悪いのは俺だ、油断した」
勇者は自分自身が怪我したときより、つらそうな顔をしている。
優しい奴だ。だからこそ、神に勇者として選ばれたのだろう。
パーティーの戦士ルカがドン引きしながらいう。
「うっわ。血すっご、ていうか膝の皿、完全に割れてんじゃん……」
「そういうこというなよ! 余計痛くなるだろ!」
「ごめんごめん!」
悪びれた様子もなく戦士は笑う。悪気はない。彼女なりに場を和ませようとしているのだ。
「アルフレッドさん、いま治癒魔法をかけるのだわ」
ヒーラーが精一杯、急いで駆けつけてくる。
ヒーラーは聖女さまと言われている。凄腕の治癒魔法使いなのだ。
「いつもすまんな。頼む」
「はい」
ヒーラーが一生懸命治癒魔術をかけてくれる。
いつもなら一瞬で血が止まり、痛みが引くところだ。
だが、痛いままだ。血も止まらない。
「あれ? おかしいのだわ」
ヒーラーが戸惑った様子を見せた。
治療者にそういうこといわれると、怖くなるのでやめてほしい。
その様子を見た勇者も慌て始めた。
「どうしたの?」
「治癒魔法が効かないのだわ!」
「はわわ」
勇者の顔は真っ青だ。
「そんな馬鹿な」
戦士が冷静に傷口を覗き込んでくる。
俺はパーティでなぜか一番博識な戦士に尋ねた。
「どうだ?」
「うーん。魔王、とんでもないもの残していったわね」
「つまりどういうこと?」
「不死殺しの矢に近いレベルに到達している。よくもまあ、死ぬ間際にそんなもの撃てたものね。いや、断末魔の際の攻撃だからこそ怨念や呪いがこもって不死殺しに達したというべきか」
「不死殺しって、俺不死じゃないんですけど」
「不死者でも殺せるぐらいすごい矢ってことよ」
「なにそれこわい」
「一生傷は治らない。治癒魔法も効かない。そういう攻撃を不死殺しっていうの」
それはまずい。膝の裏の動脈が傷ついている。血が止まらなければ、あっという間に死ぬ。
「うわああ、アルフレッドさんがあああ!」
勇者が泣きそうな顔で、揺さぶってくる。
「痛い痛い、死期が早まるだろ」
そう言って笑って見せた。ここはやせ我慢するべき時だ。
いよいよ、年貢の納め時か。魔王を倒した後でよかったと思う。
そして、同時に、死にたくもないとも思う。
俺が覚悟を決めつつあるとき、
「私が……何とかするのだわ」
ヒーラーが決意のこもった目をしてつぶやいた。俺を含めた全員がヒーラーを見る。
「でも、治癒魔法効かないって」
「普通の治癒が効かなくても、なんとかしてみせるのだわ。ヒーラーをなめないで」
そう言って笑う。
なんか知らんが、どうせ放っておけば死ぬのだ。頼るしかない。
「そうか。頼む」
ヒーラーは力強くうなずく。そして杖をかざす、魔力が膨れ上がって、一気に輝いた。
血が止まった。痛みもだいぶましになる。
「……ふぅ、うまくいったのだわ」
ヒーラーは魔力を大量に消費した様子で倒れかけ、勇者に支えられている。
「不死殺しに近いものだけど、不死殺しにまでは至ってなかったら助かったのだわ。わたしの最高位の治癒魔法に浄化魔法を混ぜて、全魔力をつぎ込んだのだわ」
ヒーラーは疲れた様子ながらも、誇らしげに微笑んでいる。勇者はヒーラーを尊敬のまなざしで見つめている。
俺も、ヒーラーを尊敬せざるを得ない。
「ありがと。たすかった」
「でも、魔力使い果たしたので、しばらく治癒できないのだわ。注意してね?」
そういってヒーラーはほほ笑んだ。
帰路の途中、
「大丈夫?」
戦士が耳元でささやいてくる。
「大丈夫ってなにが?」
「膝に決まってるでしょ?」
実は痛いが、せっかく治療してくれたヒーラーの手前痛いとは言いにくい。
「おかげさまで、血も止まった」
だから嘘にならないように言葉を選んだ。
「……そういうことじゃなくて」
「どういうことだよ?」
「血は止めたし割れていた膝も大まかに修復できてたけど、不死殺しの効果を完全に消すには至ってないわ」
「ふむ?」
「だから痛いんじゃないの?」
「……たしかに。痛い」
戦士ルカの顔が少し曇った。
「痛くて無理そうなら言いなさいよ?」
「わかった。ありがと」
こうして魔王討伐は無事終わった。
損失は俺の膝ぐらいなものだった。
「……まじで、ひざいたいんだが……」