家畜小屋では、牛が村の中心に来ないようフェムが吠えて牽制していた。
近くでみると、はっきりとでかさがわかる。体重は一般的な牛の100倍ぐらいありそうだ。
ミレットが他の牛たちを避難させながら叫ぶ。
「アルさん! 牛が急に大きくなっちゃって」
「でかくなるにしても限度があるだろ……」
俺は呆れてヴィヴィを見た。
ヴィヴィは悪びれることなくどや顔している。
「ふふん。この三日。毎日牛の世話のたびに魔法陣を改良してきたのじゃ」
「それで、こんなことになったのか」
ヴィヴィが魔法陣を張るとき俺も見ていた。俺の見立てでは、緩やかに二倍弱ぐらいの大きさになる魔法陣だった。
それをどういじればこんな風になるのだろうか。
ヴィヴィも良かれと思ってやったのだろうが、とても困る。
『どうするのだ?』
「いやあ、どうするって……」
フェムに尋ねられ、俺は村長を見た。
村長は俺を見ながら冷静に言う。
「肉にするしかなさそうですね」
「いいのですか?」
「もともと、来月には出荷する予定でしたから」
ムルグ村の産業は牧畜と農業がメインだ。牛の出荷は日常的なことなのだろう。
村長は少し悲しそうにする。
「ただ、生きたまま町まで運ばなければ腐ってしまいます。干し肉にするにしても、この大きさではとてもじゃないですが人手が足りません」
「そういうことならば、お任せください。魔法でなんとでも」
「ほんとうですか?」
村長の顔が明るくなった。
「はい。収納魔法をアレンジすれば、なんとでもなります」
「それは助かります」
牛の持ち主たる村長と話がついたので、俺は牛を倒すことにする。
「モオオオオオ」
俺の意図を察したのか、牛が鳴く。可哀そうだが仕方がない。
「やめるのじゃ!」
ヴィヴィが俺の前に立ちふさがった。
「モーフィーはなんにも悪いことしてないのじゃ!」
この牛はモーフィーというらしい。
だが、ミレットが叫ぶ。
その子の名前はハチだよ!」
ヴィヴィが適当に名前を付けて呼んでいたらしい。
「確かに牛は悪くないけどさ」
「こんなに可愛らしい目をしているモーフィを、貴様は殺すというのか!」
「うん」
「人でなし!」
「いや、でも昨日ヴィヴィも牛肉のシチュー食べたよね?」
「たしかに……」
ヴィヴィは一瞬、考え込むが、
「でも、モーフィは可愛いのじゃ!」
完全に牛をペット目線で可愛がっている。牧場の子供が陥りがちな罠だ。
「気持ちはわからないでもないけど」
「ならば!」
「でもさ。ここまで大きくなったら、餌で森が無くなるぞ」
「うっ……」
ヴィヴィは言葉に詰まる。
「寝返り売ったら村が半壊する」
「それはそうかもじゃが……」
他の牛を避難させ終えたミレットがヴィヴィに優しく語りかける。
「ヴィヴィちゃん。可哀そうなのはわかるけど仕方ないの」
「ううぅ……。わかったのじゃ」
ヴィヴィは巨大牛の前足にそっと触れる。
「すまんのじゃ。わらわのせいで……」
「ヴィヴィのせいではないぞ。もともと出荷予定だったからな」
出荷が少し早まったのは確かだが、俺はヴィヴィをそう慰める。
「苦しまぬように。頼むのじゃ」
「わかってる」
俺は魔力で槍を作り出して、急所に打ち込んだ。即死した牛がドゥっと倒れ込む。
牛を魔力の縄で釣り上げて、魔力の刃で血抜きと解体をする。
「村長、自由に使っていい広い場所ってあります?」
「あ、それならこちらに」
村長に言われた場所に、爆裂魔法を打ち込み穴を掘った。
穴に魔法陣を書き、収納魔法をかけ中を拡大する。穴を即席の、魔法の鞄としたのだ。
魔法の鞄は、魔法で外から見た体積を変えずに、中の容積を増やしたものだ。
買うと、とても高い。
重さ不変の魔法や、状態不変の魔法がかかっていると、値段はさらに高くなる。
今回、俺が穴にかけた収納魔法は、容積拡大と状態不変だ。
その中に肉を入れた。ふたは、掘り返した時にでた土を魔法で固めて作った。
「これで一年は腐らないです」
「そんなに、もちますか?」
「はい。大丈夫です」
いつの間にかに集まって来ていた村人たちも大喜びだ。
「アルさんすごい!」
「これはいよいよ、永住してもらわねば……」
「ミレットと……」
いろんなことを話している。
「おっしゃん!」
コレットが飛びついてきた。
「おおどうした」
「おっしゃん。お姉ちゃんと結婚するといいと思う」
「お、おう」
俺の周りをフェムがぐるぐる回る。
「わふわふっ」
よだれをこぼしながら、尻尾を振っている。
肉をよこせという、無言の圧力だ。
「もう仕方ないな」
俺は村長に尋ねる。
「村長。申し訳ないのですが……」
「ええ、構いませんよ」
俺がフェム達用の肉を分けてもらえないかとお願いすると、村長は二つ返事で承諾してくれた。
それを聞いたフェムはぴょんぴょん飛んで喜んだ。
みんなが喜びに沸く中、
「安らかに眠るのじゃぞ」
ヴィヴィは一人、沈んでいた。