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18 魔族式家畜飼育法の結果

 家畜小屋では、牛が村の中心に来ないようフェムが吠えて牽制していた。

 近くでみると、はっきりとでかさがわかる。体重は一般的な牛の100倍ぐらいありそうだ。


 ミレットが他の牛たちを避難させながら叫ぶ。


「アルさん! 牛が急に大きくなっちゃって」

「でかくなるにしても限度があるだろ……」


 俺は呆れてヴィヴィを見た。

 ヴィヴィは悪びれることなくどや顔している。


「ふふん。この三日。毎日牛の世話のたびに魔法陣を改良してきたのじゃ」

「それで、こんなことになったのか」


 ヴィヴィが魔法陣を張るとき俺も見ていた。俺の見立てでは、緩やかに二倍弱ぐらいの大きさになる魔法陣だった。

 それをどういじればこんな風になるのだろうか。

 ヴィヴィも良かれと思ってやったのだろうが、とても困る。


『どうするのだ?』

「いやあ、どうするって……」


 フェムに尋ねられ、俺は村長を見た。

 村長は俺を見ながら冷静に言う。


「肉にするしかなさそうですね」

「いいのですか?」

「もともと、来月には出荷する予定でしたから」


 ムルグ村の産業は牧畜と農業がメインだ。牛の出荷は日常的なことなのだろう。

 村長は少し悲しそうにする。


「ただ、生きたまま町まで運ばなければ腐ってしまいます。干し肉にするにしても、この大きさではとてもじゃないですが人手が足りません」

「そういうことならば、お任せください。魔法でなんとでも」

「ほんとうですか?」


 村長の顔が明るくなった。


「はい。収納魔法をアレンジすれば、なんとでもなります」

「それは助かります」


 牛の持ち主たる村長と話がついたので、俺は牛を倒すことにする。


「モオオオオオ」


 俺の意図を察したのか、牛が鳴く。可哀そうだが仕方がない。


「やめるのじゃ!」


 ヴィヴィが俺の前に立ちふさがった。


「モーフィーはなんにも悪いことしてないのじゃ!」


 この牛はモーフィーというらしい。

 だが、ミレットが叫ぶ。


その子の名前はハチだよ!」


 ヴィヴィが適当に名前を付けて呼んでいたらしい。


「確かに牛は悪くないけどさ」

「こんなに可愛らしい目をしているモーフィを、貴様は殺すというのか!」

「うん」

「人でなし!」

「いや、でも昨日ヴィヴィも牛肉のシチュー食べたよね?」

「たしかに……」


 ヴィヴィは一瞬、考え込むが、


「でも、モーフィは可愛いのじゃ!」


 完全に牛をペット目線で可愛がっている。牧場の子供が陥りがちな罠だ。


「気持ちはわからないでもないけど」

「ならば!」

「でもさ。ここまで大きくなったら、餌で森が無くなるぞ」

「うっ……」


 ヴィヴィは言葉に詰まる。


「寝返り売ったら村が半壊する」

「それはそうかもじゃが……」


 他の牛を避難させ終えたミレットがヴィヴィに優しく語りかける。


「ヴィヴィちゃん。可哀そうなのはわかるけど仕方ないの」

「ううぅ……。わかったのじゃ」


 ヴィヴィは巨大牛の前足にそっと触れる。


「すまんのじゃ。わらわのせいで……」

「ヴィヴィのせいではないぞ。もともと出荷予定だったからな」


 出荷が少し早まったのは確かだが、俺はヴィヴィをそう慰める。


「苦しまぬように。頼むのじゃ」

「わかってる」


 俺は魔力で槍を作り出して、急所に打ち込んだ。即死した牛がドゥっと倒れ込む。

 牛を魔力の縄で釣り上げて、魔力の刃で血抜きと解体をする。



「村長、自由に使っていい広い場所ってあります?」

「あ、それならこちらに」


 村長に言われた場所に、爆裂魔法を打ち込み穴を掘った。

 穴に魔法陣を書き、収納魔法をかけ中を拡大する。穴を即席の、魔法の鞄としたのだ。


 魔法の鞄は、魔法で外から見た体積を変えずに、中の容積を増やしたものだ。

 買うと、とても高い。

 重さ不変の魔法や、状態不変の魔法がかかっていると、値段はさらに高くなる。


 今回、俺が穴にかけた収納魔法は、容積拡大と状態不変だ。

 その中に肉を入れた。ふたは、掘り返した時にでた土を魔法で固めて作った。


「これで一年は腐らないです」

「そんなに、もちますか?」

「はい。大丈夫です」


 いつの間にかに集まって来ていた村人たちも大喜びだ。


「アルさんすごい!」

「これはいよいよ、永住してもらわねば……」

「ミレットと……」


 いろんなことを話している。


「おっしゃん!」


 コレットが飛びついてきた。


「おおどうした」

「おっしゃん。お姉ちゃんと結婚するといいと思う」

「お、おう」


 俺の周りをフェムがぐるぐる回る。


「わふわふっ」


 よだれをこぼしながら、尻尾を振っている。

 肉をよこせという、無言の圧力だ。


「もう仕方ないな」


 俺は村長に尋ねる。


「村長。申し訳ないのですが……」

「ええ、構いませんよ」


 俺がフェム達用の肉を分けてもらえないかとお願いすると、村長は二つ返事で承諾してくれた。

 それを聞いたフェムはぴょんぴょん飛んで喜んだ。


 みんなが喜びに沸く中、

「安らかに眠るのじゃぞ」

 ヴィヴィは一人、沈んでいた。

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