馬車の隅っこに山賊を積み上げると、町に向かって出発する。
山賊の見張りはフェムに任せて、俺はミレットと一緒に御者台に座った。
「御者は私一人でも大丈夫だよ?」
「いやいや、さっきも危なかったし。護衛しないと」
「そういうことなら、アルさんに守られちゃおっかな?」
なぜかミレットは照れている。
「任せといて。というか、俺も御者できるし、俺一人で大丈夫だよ?」
「え? いや、二人でがんばろ!」
「お、おう」
ミレットは、俺の方へとにじにじと寄ってくる。
後ろからコレットの声がした。
「よいよい」
何がよいのかわからないが、まあいいだろう。
そのあとは町まで何事もなく進めた。
町に入る際、町の衛兵に捕まえた山賊を引き渡す。
指名手配されていたらしく、それなりの額の報奨金がもらえた。
「よし、これでおいしいものを食べよう!」
「やったね、アルさん」
「やふう! おっしゃん、さすが」
「わらわは甘いものがよいのじゃ」
「わふわふ『肉っ肉っ』」
俺のおいしいものという言葉に、みんな嬉しそうにはしゃいでいる。
山賊討伐の報奨金は、冒険者が依頼中に倒したモンスターからの戦利品と同じ扱いだ。
つまり、倒した人が全部もらっていい。
町の中に馬車で入ると、ヴィヴィが俺とミレットの間に顔を突っ込んできた。
そして町の様子を興味深そうにうかがった。
「下等生物どもが、群がっておるのじゃ」
「ヴィヴィ、一応魔族だってばれると面倒だからこれかぶっとけ」
俺は頭を出してくるヴィヴィに用意していた帽子をかぶせた。
公式には魔族が人の町に入っても問題ないということになっている。
だが領主によっては、なんやかんやと因縁つけられる場合も少なくない。
「仕方ないのじゃ」
ヴィヴィもそこら辺の事情を知っているのだろう。大人しく帽子をかぶる。
「この町の領主さまは別に魔族嫌いじゃないはずだけど」
「念のためにね」
ミレットは首をかしげた。領主が魔族嫌いな町ならもとよりヴィヴィを連れてくるわけがないのだ。
だが、万が一ということもある。
「フェムも犬の振りしとけよ」
「わふっわふっ」
フェムは尻尾を振りながら、コレットの匂いを嗅いでいる。見事な犬っぷりだ。
どこからどう見ても犬にしか見えない。
そうこうしているうちに、いつも肉を卸している商店に到着した。
交渉はミレットの役目だ。
事情を説明して買い取りを求めると、商人は少し困った顔をした。
「事情は分かりましたけど……ほんとうに大丈夫なんですか?」
「大丈夫とは?」
「ほら保管方法とか……、腐っていたら」
「魔法をかけてるので大丈夫です!」
「いや、そんな魔法をかけられる人は、そういないでしょう?」
大きな町の商会ならば、保存用の魔法をかけた倉庫を持っている。
だが田舎ではそうはいかない。
ムルグ村のような田舎には普通魔導士はいない。いても腕前がいまいちな場合が多いのだ。
「魔法をかけたのは私なので大丈夫ですよ」
そういって、商人に冒険者カードを見せる。
怪訝な顔で、商人は俺の冒険者カードを見る。そこにはSランク冒険者の魔導士である旨書かれている。
「ふぇっ! こ、これは失礼いたしました!」
冒険者カードは偽造が不可能だ。それゆえ信用度は抜群なのだ。
それからは交渉は順調に進んだ。
それでも、牛肉の量が量なので、時間はかかる。
取引が無事終わったとき、既に太陽は沈みかけていた。
「アルさん、ありがとうね」
「ん?」
「交渉助けてくれて」
「いや、気にしなくていいよ。魔法効果の保証は、魔導士の基本業務だし」
ヴィヴィは少し不満げだ。
「牛肉保存の魔法には、わらわも関与したはずなのじゃが」
「それは悪かったけど……。でも、魔族の魔法っていうと話が複雑になるし」
「わかっておるのじゃ!」
「まあ、とりあえず、宿をとってうまいもの食べよう!」
俺がそういうとみんな喜ぶ。
「やったーー」
「わふぅ!」
町を歩いていると、ミレットが屋台の一つを指さした。
「アルさん。あれ、おいしそう!」
「うまそうなのじゃ」
「おっしゃん、おいしそー」
ミレットたちの興味を引いたのはお菓子だ。
小麦粉に卵やミルクを混ぜて焼いた生地で、牛の乳から作ったクリームを包んでいる。
それに季節のフルーツなどをトッピングしてあるようだ。
「うまそうだな」
「ムルグ村にはあんなのないもの!」
はしゃぐミレットたちに買ってやる。
「フェムは?」
『食べる』
犬に食べさせていいものか少し悩んだ。だが、フェムにきけば、犬ではない狼、しかもただの狼ではないというに違いない。
仮にも魔狼だ。大丈夫だろう。
フェムにもお菓子を買ってやる。
「! わふぅ」
「ほれ」
「はふはふ」
フェムは本当においしそうに食べる。フェムに食べさせながら、俺も食べた。
疲れた体に甘味が染み渡る。
交渉で疲れた様子だったミレットも、ほわほわした表情で堪能していた。
そのあと、宿に向かう途中、フェムが俺の袖を咥えた。
「ん?」
『あれ。たべたい』
フェムは肉を焼いている屋台を見ながらよだれを垂らしていた。
「フェム。お前、食欲に負けて語彙が貧弱になってないか?」
『そんなことない』
「まあ、いいけど」
先程から、明らかに片言になっているフェムに肉をたくさん買ってやる。
ミレットやコレット、ヴィヴィにも買ってやる。
「甘いもの食べた後の、しょっぱいものはいいね!」
「おっしゃん、おいしいよ!」
「やはり肉はいいのじゃ」
みんなおいしいものを食べて満足したようだった。
これからの宿で出される夕食を果たして食べられるのだろうか。
そんなことが少しだけ心配になった。