次の日。開墾に向かおうとする俺にヴィヴィが言った。
「アル。衛兵の仕事はいいのかや?」
「……よくないな」
「じゃろ」
本業がおろそかになっては本末転倒だ。
悩む俺にミレットがアドバイスしてくれた。
「午後から夕方に開墾すれば問題ないと思います」
「そうかな?」
「はい。外に出て帰ってこない村人さえ把握できていれば問題ないので」
改めて考えてみれば、衛兵はこれ以上ない閑職である。
だからこそ選んだのだが。
「いざ魔獣や盗賊が襲いに来た場合、門のところにアルさんがいなくても、近くにいさえすれば問題ありませんし」
ミレットのアドバイス通り午前中は門の横に座る。
午後、昼ご飯を食べた後、開墾作業に従事する。
「昨日は木を伐採して、切り株と根を焼いたんだったな」
「順調ですね。こんなに早い開墾は記録に残ります」
ミレットはすごくうれしそうだ。
「次は耕す感じかな?」
「そうですね。牛耕です」
「モーフィに頼むのじゃ」
「いや、モーフィは大きすぎるから」
俺は効率的な耕し方を考える。
「魔法で耕せないかな?」
「魔法でっていうと、どんな感じです?」
「うーんと、地中で小爆発を起こして……」
「ダメじゃ」
ヴィヴィが否定する。
「どうして?」
「農業にはミミズとか虫が重要な役割を果たすのじゃ。魔法で吹き飛ばしたら全滅してしまうのじゃ」
「なるほど。……でも昨日、根っこ燃やしたけどあれは大丈夫なの?」
「大丈夫じゃぞ。確かに木の根のすぐ近くにいた虫さんは……かわいそうなことになったとおもうのじゃが……、畑は広いのじゃ」
やはり多少は死んでしまったようだ。牛耕とかでも虫は死ぬし多少は仕方ない。
「あくまでも、なるべくミミズさんたちを殺さないようにすればいいと思います。農業やる以上、生き物を殺してしまうのは仕方ないことですから」
その日は、牛を使って土地を耕す牛耕をした。
大体三分の一を終えたところで、夕方になる。
一度衛兵に戻り、村人全員の帰村を確認して、業務終了だ。
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帰宅前に俺は温泉へと向かう。
汗を流した後は、やはり温泉に限る。温泉に入るとひざの調子もいいのだ。
「わっわふわふぅ」
フェムもご機嫌についてくる。
いつも一緒に入るのが習慣になっているのだ。
最近はミレットの家の近くの温泉に入っている。
「フェム。この温泉いいよな」
「わふ」
フェムも気に入っているようだ。
綺麗だし、湯船は広い。
室内風呂だけでなく、露天風呂まで完備してあるのだ。
「フェム、今日も泥だらけだな」
「わふふ」
牛耕の間、フェムは魔狼たちと一緒に穴を掘っていた。ものすごく楽しそうだった。
子魔狼たちも穴を掘る真似をしていた。
きっと耕すのを手伝ってくれているのだろう。
まず、俺はフェムを洗ってやる。
「フェム。モグラってうまいの?」
「わふー」『そうでもない』
フェムは鳴きながら念話を飛ばしてくる。
フェムたちは穴を掘って、モグラなどを何匹か捕まえて食べていた。
「ミレットが言うには、モグラを放置すると農作物に被害が出るらしいからどんどん食べていいぞ」
『わかった』
モグラは農作物を食べたりはしない。だがモグラが掘った穴のせいで根が傷んだりするのだ。
それにモグラの穴を利用してネズミなどが入って来て農作物を食べたりもする。
「よし、きれいになったな」
石鹸を洗い流した後、フェムの背中に鼻を押し付けて匂いをかぐ。
「わふぅ?」
「よし、いい匂いだぞ」
フェムは尻尾をブンブン振って湯船に入りに行った。
俺も体を洗って、湯船につかった。
するとフェムが寄ってくる。
『ひざは大丈夫なのだな?』
「ああ、大丈夫だぞ」
農作業で悪化するかと思ったがそんなことはなかった。
いつも通り地味に痛いだけだ。
「温泉がひざに染み渡る」
『相変わらず意味が分からぬ』
俺とフェムが温泉を堪能していると、入り口の扉が開いた。
「あ、アルさんも入ってたんですね」
全裸のクルスが入ってきた。
「ちょっと、まて。なぜクルスがいる」
「えへへー」
全裸で照れている。
恥じらいというものを知ってほしい。
「クルス。ちょっと待ってよ」
クルスの後ろから全裸のユリーナが現れた。
ユリーナは、勇者パーティーのヒーラーだ。
「きゃ、きゃあああああああああ」
絶叫をあげた。
「一般的な反応ありがと」
俺は思わずそう言った。ユリーナは慌てて、クルスの腕を引っ張る。
「クルスもこっち来るべきだわ」
「え、どうして?」
「少しは恥じらいを持つべきよ!」
「えー?」
クルスはユリーナに引っぱられて脱衣所に消えた。
「クルスは可愛いのに、思考がお子様だから怖い」
『もう一人はだれなのだ?』
「ユリーナ。仲間だ」
『なぜここにいるのだ?』
「わからん」
わからないことばかりだ。
だから、俺はたっぷりと温泉を堪能してから、風呂を出た。
温泉の建物をでると、クルスがいた。ユリーナもいる。
顔を真っ赤にしたユリーナに詰め寄られた。
「さっき見たことは忘れてください!」
「はい」
そしてクルスに尋ねる。
「クルスどうした? 忘れ物か」
「王都から戻ってきちゃいました」
返答になっていない。
クルスたちが王都に向かってから二日だ。
俺が王都からここにくるまで二泊三日だった。足の速いクルスたちなら一泊二日で王都に到着することは可能だろう。
「いくらなんでも、往復するのは無理じゃないか?」
「えへへー。実はですね」
こっちこっちとクルスが手招きする。
ついていくと、村の外の倉庫まで案内された。そのままクルスは中へと入る。
「倉庫のここにですね。転移魔法陣を描いていたのです!」
クルスはどや顔だ。
魔法陣と魔法陣をつなぎ瞬間的に移動することを可能にしたものが転移魔法陣だ。
大都市には国家が管理する転移網がある。
一般市民でも使えるのだが通行料が大金なので普通は使わない。
非常に高度で、新たに設置するのは至難の業だ。
「もしかして、ヴィヴィに頼んだ?」
「はい。帰る前の日にヴィヴィちゃんに頼みました」
そういえば、帰還の前日、クルスとヴィヴィが内緒話をしていた。あの時に相談していたのだろう。
「王都のぼくの家にも無事に魔法陣を設置できたので来ました」
「よく設置できたな……」
「魔法陣を刻んでもらったアイテムを運んだだけですよ」
「ちなみに何に刻んだんだ?」
「えっと。かばんに入ってた手ごろなドラゴンの逆鱗に」
そんなものが手ごろにあってたまるか。
「せっかくだから元気になったユリーナを温泉に入れてあげようと思ってきたんです」
「そうか。元気になってよかった。温泉を堪能したらいいぞ」
ユリーナはおたふく風邪という話だった。元気になって本当に良かった。
ユリーナの頬はまだ赤い。
「む? ユリーナまだ頬が赤いが、大丈夫か?」
「大丈夫ですっ!」
ユリーナの頬がさらに赤くなった。
「ひどい目にあいましたわ。嫁入り前の聖女の裸を……」
「冒険中何度か見たぞ」
「いまは冒険中じゃありません!」
「そうだな。すまん」
そんなユリーナを、クルスが引っ張って温泉に連れて行った。
『聖女様なのだな?』
「一応、そういわれてる」
「わふう」
賑やかになりそうでよかった。
俺はミレットに夕食を二人前増やしてもらえるよう頼むことにした。