朝起きたら、モーフィはベッドに、あごだけじゃなく上半身を乗せていた。
さすがに狭い。申し訳程度に後ろ足が床についている。
「わふぅ」
ベッドから落ちそうになっているフェムが抗議の声を上げている。
「ふへへ」
ヴィヴィはモーフィの上に乗って眠っていた。
「もぉ」
俺が起きたことに気づいたモーフィが顔をこすりつけてくる。
モーフィとフェムを撫でてやった。
「小屋を新しく建てるべきときかもしれない」
『狭いのである』
フェムは俺の顔を尻尾でぺちぺち叩いてくる。不満なのだろう。
「冬になったら寒いかもしれないしな。少し急ぐか」
「もぅ」
モーフィが優しくフェムの体を舐めていた。
今日も午後から開墾だ。
いよいよ、ヴィヴィの魔法陣の出番である。
「いまから描くのじゃ。見てるのじゃぞ」
「頼む」
「がんばってー」
「してんのーかっこいー」
ミレットとコレットの声援を受けて、ヴィヴィが魔法陣を描いていく。
畑全体を覆う魔法陣だ。とても大きい。
この前つぶした、魔王軍十二天の魔獣牧場に描かれていた魔法陣よりも大きいぐらいだ。
当然時間が掛かる。
つまり、俺は暇になる。だが、ヴィヴィに見ててと言われたのだ。
見ていなければならない。
「わふわふ」
魔狼たちも集まってきた。穴が掘りたいのだろう。
だが、今日は魔法陣を描く日だ。穴は掘れない。
「今日は穴掘ったらダメなんだぞ」
「わふぅ?」
魔狼たちは残念そうに去っていった。
モーフィもしばらくの間、農具の匂いをクンクンと嗅いでいた。
農具をひいて体を動かしたいのかもしれない。
「モーフィ、後で散歩でも行くか? フェムもな」
「もぉ」「わふぅ」
モーフィとフェムが体をこすりつけてくる。
俺はもふもふを撫でながら、魔法陣の完成を待った。
コレットが飽きて、フェムやモーフィと遊びだしたころ、ヴィヴィが戻ってきた。
「完成したのじゃ」
「お疲れさま。大きさの割に早かったな」
「初めてではないから当然なのじゃ」
「では見せてもらおうかな」
「ふふふ、見て驚くがいいのじゃ」
俺は魔法陣を解析する。巨大なので解析自体も一仕事だ。
「してんのーかっこいいー」
「そうじゃろそうじゃろ」
俺が解析している間、モーフィの背に乗ったコレットがヴィヴィの頭を撫でている。
魔法陣は大きいのに微細で精緻なものだった。
「むう」
思わずうなる。
正確な深度は全体解析を終えなければわからないが、かなりの深さまで効果を浸透させている。
おそらく優に成人男性の身長の五倍分ほどの深さまで効果が及ぶだろう。
「ここが魔鉱石の魔力抽出の肝になる部分か」
十重二十重に重層的に構成されている。効率的に魔力を抽出できるだろう。
しばらく解析を続けて、俺はやっと気づいた。
「む? ちょっとまて」
「なんじゃ?」
「これ魔石精製陣か」
「その機能も兼ねさせたつもりじゃが?」
魔石と魔鉱石は違う。
魔鉱石は微量な魔力を含む自然鉱石だ。そのままでは何にも使えない。
魔石とは魔力の結晶だ。
大魔法を使うとき魔石を握り、自分の魔力の足しにしたりできる。
結構高価なものだ。
「なんと……」
俺は絶句した。魔法陣を使って、魔鉱石を魔石にするという発想はなかった。
この辺りは、魔鉱石が土に含まれるから土地がやせているのだ。
だから魔法陣を使い魔鉱石を除去する。そこまでは考え通りだ。
俺が想定していたのは、魔力を発散させる方法である。
魔鉱石の魔力を使って、効果のない魔法を発動させ続ければ無害化させることができる。
それはそれで難易度は高い。
地中にある魔鉱石の魔力を抽出するのも難しければ、上手に発散させるのも難しい。
それを維持するのはさらに難しい。
さらに抽出した魔力を魔法として発散させずに魔石に変換するとは。
人族がまだ到達していない魔法技術だ。
魔王軍四天王は伊達ではなかったのだ。
「せっかくなのじゃ。もったいないであろ」
「それはそうだが……」
もったいないのは百も承知。それでも技術的に難しいから誰もやろうとしなかったのである。
一般的に魔石は、魔鉱石から魔力の抽出と精製をくりかえし長い時間をかけて作り出すのだ。
錬金術師たちの主な収入源となっている。
「ちなみに、土地の改良と魔石の抽出にどのくらいかかるんだ?」
「うーん。三か月ぐらいじゃろうか」
「意外と早いな」
だが三か月すぎれば、秋も終わり、冬に差し掛かる。
「野菜を植えるのは来年からかな」
「植えるのはすぐでもかまわんのじゃ。ただ、やせた土地だから収穫量の増加が望めぬだけじゃ」
ミレットが首をかしげる。
「せっかく魔法陣描いたのに、植えたら壊れちゃうんじゃ」
「魔力で刻んだから、耕したぐらいでは消えないのじゃぞ。あの戦士みたいに魔力を効果的に使って壊しに来なければ大丈夫じゃ」
ルカは魔力は少ないのに、そういう魔力の使い方がとてもうまい。
本格的に効果が表れるのは三か月後。
それまでは冬に収穫できる適当な野菜でも植えて農業の練習をすればいいだろう。
「それにしても、三か月で魔石ができるというのは、すごいものだな」
「む? 最初の魔石は明後日ぐらいにはできるであろ。土壌から魔鉱石の魔力を抽出しきるのに三か月じゃぞ。その間魔石は精製され続けるのじゃ」
「そんなに早いのか」
「そうじゃ。できた魔石は倉庫に出てくるようになっておるのじゃぞ」
ヴィヴィはにっと笑った。二日程度で魔石を精製できるというのは驚異的なスピードだ。
「これが一般に広まったら錬金術師に恨まれるな」
「そうであろか?」
無邪気にヴィヴィは笑う。
だが、一般に広まっても、真似できる魔導士がそもそも少なすぎて大丈夫かもしれない。
それぐらい難しい魔法陣だ。
「魔石? っていうのはわからないですが、もう、野菜植えられるんですよね?」
「そうじゃ」
「なにがいいですかね?」
魔石の重要度に気づいていないミレットは野菜の方に意識がいっている。
「アルは初心者だから、イモが簡単でいいかもしれぬのじゃ」
「そうですか。うーん。村長にこちらに回せる種イモがないか聞いてみます」
「ミレット、いつもすまないな」
「いえっ! 新しい村人! の就農支援も大切な仕事ですから。新しい村人の!」
ミレットは新しい村人という点を強調する。
新規の村人に飢えているのだろう。
その日はそれからフェムに乗って散歩に出かけた。
ヴィヴィもモーフィに乗って付いて来る。
フェムもモーフィも全力で走れてとても嬉しそうだった。