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52 魔導士対種イモ詐欺業者

 クルスの案内で詐欺師の店の前に来た。

 八番街の裏路地にそのお店はあった。


「ここです」

「この店にだまされちゃったか」

「はい。だまされる農民がこれ以上増えないためにも、お灸をすえなければ」


 クルスの鼻息は荒い。

 どう見ても農業製品を取り扱っている店には見えない。いや、そもそもお店に見えない。

 ただの民家だ。ほっといても農民はだまされなさそうだ。


 だが、ここの住人はあらゆる手段で人をだまして儲けているに違いない。

 今回はたまたま種イモだっただけだろう。


「クルス。とりあえず一人で入って返金交渉してみなさい」

「はい」

「ちょっと待つのじゃ。クルス一人では無理じゃろ」

「かもしれない。だが悪質度がわかる」


 出来心でだましていた場合、返してもらえるかもしれない。

 最初からだます気だった場合なら絶対、返してもらえないだろう。


「素直に返すなら、通報して指導してもらう。返さないなら、牢獄に行ってもらう」

「ふむ。なるほどのう」

「? とにかく返してもらいに行けばいいんですね」


 ヴィヴィは感心しているが、クルスは首をかしげている。


「そうだぞ。クルス頼んだ」

「はい」


 クルスは丁寧にノックをする。そして扉を開けようとするが開かない。

 鍵がかかっているようだ。


「ごめんください。ごめんくださーい」

 クルスは何度か呼びかけるが返事がない。


「あれ? おかしいなー」

 クルスはドアノブを強く握って引っ張った。


 ——バキっ


「あ、開いてた」


 クルスはこっちを見て笑う。

 絶対開いてなかった。開けたのだ。いや力ずくで壊したのだ。


「こんにちはー」

「ひぃ」「入って来やがった」「やめろ! ちかづくんじゃねえ」


 クルスが入っていくと、中から悲鳴が響いた。

 中にはちゃんと人がいたようだ。それも男が複数いる。

 会話を聞くかぎり、狼と牛に加え、変な仮面を付けた人間にびびって鍵を閉めていたらしい。


 しかし、入ってきたのが先程だました小僧だけだと気づいて、男たちも少し安心したようだ。


「なんだ、お前か。もっと種イモ欲しいのか?」

「これ、種イモじゃなくて、ごぼうだって聞いて」

「…………」


 男たちが一瞬静まった。


「がっはっはっは」

「ごぼうの訳ないだろ? ごぼうってのはな、細長い野菜なんだよ」

「お前さん、だまされてるんだよ」


 男たちはクルスを丸め込もうとしている。

 クルスがだまされやすいことが、男たちにはばれているのだ。


「そんなこと言って。もう、だまされませんからね」

「お前さん。そうは言うがな、これが種いもじゃないって証明できるのか?」

「証明?」

「専門家の俺たちが種イモだと言ってるんだ。どんな根拠があってごぼうだって言ってるんだ?」

「えっと、アルさんがごぼうだって言ってたし」

「そのアルさんってのは、学者さんか、なにかか? イモかごぼうの専門家なのか?」

「……違いますけど」


 クルスがそういうと、男たちは馬鹿にしたように笑った。


「だったら、専門家の俺たちを信じてそれを畑に植えてみろ。すぐに芽が出るからよ」

「いや、アルさんがごぼうだって言ってたから! お金返してください」

「てめえ、俺たちに因縁つけようってのか?」

「因縁なんて、付けてないです」

「優しくしている間にさっさと帰りな」


 男たちはやはり金を返す気はないようだ。


「ヴィヴィ。行くぞ」

「うむ」


 勢いよく家の中に入る。

 声は元気に聞こえてたのに、クルスは涙目だった。

 泣きそうな顔でごぼうの入った袋をかかげている。


「入ってくんじゃねえ!」「こいつの連れなのかよ!」


 男たちは三人いた。

 俺たちが入って来て、男たちは完全にビビっている。

 クルスと奇抜な集団が無関係だと思っていたらしい。かなり間抜けだ。


「粗悪な種イモを売るならまだしも、腐った輪切りのごぼうを売りつけるとは許せないな」

「貴様ら成敗してやるのじゃ」

「う、うるせえ。人の家に来るのに、そんな格好しやがって! 常識ないのか」

「うちはペット持ち込み禁止だ、出て行け」


 格好の非常識さとペット持ち込みを指摘されたら、反論できない。

 だから無視する。今大事なのはクルスがだまされてごぼうを売りつけられたことだ。


「おい、黙って金を返せ」

「誰が返すか」「それが、ごぼうだと証明してみろ」


 ごぼうだという証明は意外と難しい。

 ごぼうだと証明しろといわれたら、ごぼうだからごぼうというしかない。


「見ればわかるだろうが!」

「ごぼうだと証明できないなら返金できないな」


 ビビっているくせに男たちはかたくなだ。屁理屈が過ぎる。

 金に対する執着がすごい。

 力づくで金を取り返すのは容易いが、それは最後の手段としたい。

 そんなことを考えていると、ヴィヴィが吠えた。


「うるさいのじゃ。いけ! モーフィ」

「もぉもぉ」


 モーフィが男の服を咥えてぶんぶんと振り回す。


「や、やめっ」

「ひぃ」

「この牛、離しやがれ」


 男たちが慌てふためく。


「わふぅ」

「もぉもぅ」

 モーフィに触発されたのか、フェムまで男たちを咥えて振り回し始めた。


「このっこのっ!」

 それだけでなくクルスまで男の一人を振り回し始めた。

 こうなったら仕方ない。しばらく振り回させた後、俺は止める。


「そろそろ、一旦やめてやれ」

「もぅ」「わふ」「はい」


 男たちは目を回している。

 俺はしばらく落ち着くまで待った。


「で、金を返す気になったか?」

「ふざけんじゃねえ」

「モーフィ。フェム。クルス。懲らしめてやりなさい」

「もぅもぅ」「わふわふ」「このこのっ」


 また三者が振り回す。

 振り回しているうちに楽しくなってきたのだろう。少しずつ速度が上がっている。

 ほどほどで止める。


「もういいだろう」

「もぅ」「わふ」「はい」


 男たちは目を回しすぎて吐いたりしている。

 吐いてる男たちに向けて、静かに告げる。


「で、こんどこそ金を返す気になったか?」

「わかった。わかったから」

「わかったのなら早く返せ」


 男たちがふらふらしながら金を返してくれた。

 そんな男たちに向けて言う。


「で、これで終わりだと思わないよな?」

「はい?」

「詐欺は犯罪だ。罰はうけてもらう」

「金は返した……」

「返したからって無罪になるわけないだろ」


 俺は男たちを魔法の縄で縛りあげる。

 そしてクルスとフェムとモーフィにそれぞれ運んでもらう。


「どこに連れて行けばいいですか?」

「王都衛兵詰め所だな」

「了解です」


 王都には衛兵がたくさんいる。犯罪を取り締まるのが主な仕事だ。

 閑職を極めているムルグ村の衛兵とは違うのだ。

 一応クルスに釘を刺す。 


「俺たちはクルスの家来な」

「アルさんは家来じゃないです」

「そういうことにするってことだ。だって、俺が王都にいるのは内緒だから」

「あっ、なるほどです」


 クルスが納得してくれた。釘を刺しておいてよかった。

 クルスの家来ということになれば、詳しい身元を問い質されることはない。

 なんといっても伯爵さまにして勇者さまなのだ。


 衛兵詰め所につくと、衛兵が数人出てきた。

 巨大な狼と牛が人を咥えて歩いてきたのだ。警戒して当然だ。

 だが、衛兵たちはすぐにクルスに気づいて、胸をなでおろす。


「コンラディン閣下でしたか。どうされました?」

「詐欺師を捕まえたので、家来に運ばせて連れてきました」


 衛兵たちは狼と牛、それに変な被り物をかぶった二人について一言も尋ねなかった。

 さすがクルスの威光である。


 俺が書類を書いている間、クルスが詐欺の手口などを説明する。

 金を取り戻したことも説明したので、多少罪は軽くなるだろう。


「クルスって。勇者クルスかよ……」


 詐欺師の一人がぽつりとつぶやいた。気づいてなかったようだ。

 クルスは有名人だがスラムに近い八番街の住民からの知名度はいまいちらしい。


「本物の種イモを買いに行くのじゃ」


 後処理は衛兵に任せて、種イモを買いに行くことにした。

 もちろん、ルカに教えてもらったお店でだ。

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