魔物を倒したあとは、解体して戦利品の回収だ。
これだけは外せない。冒険者の習性だ。
その間、フェムに周囲を警戒してもらう。
「あのさ、フェム。熊が一番強いんじゃなかった?」
「わふぅ?」
フェムは首をかしげている。これは誤魔化している顔だ。
フェム自身、なぜワイバーンなどが出てきたのかわかってなさそうだ。
「まあ、いいけど。なんかやばい予兆があったら教えてね」
『わかったのだ』
解体しながらクルスが言う。
「例のなんでしたっけ? 五人組? とかの仕業ですかね?」
「……五人組じゃなくて魔王軍十二天な」
「そうでした。少し間違えちゃいました」
五人組って何のことか一瞬考えてしまった。
十二天の手口は魔獣のゾンビ化と巨大化だった。
今日の魔獣にはそんな様子はなかった。天然ものだと感じた。
「もぉ」
「モーフィ少し待ってて」
暇なのか、モーフィがおでこを俺の背中に押し付けてくる。
適当にあしらって解体を続けていると、
「まふ」
髪の毛をかじられた。
「おいしくないぞ」
「まふまふ」
モーフィは飽きずに俺の髪をはむはむしている。
なんとかモーフィをなだめて引き離す。
それをフェムがじっと見ている。
「……わふ」
「フェム。まさかとは思うが、髪の毛食べたいとか思ってないだろうな」
『……そんなわけないのだ』
完全にフェムの目が泳いでいる。やめてほしい。
解体の終わりがけ。髪の毛を触られた。
「モーフィ、食べちゃだ……、クルス?」
「もちろん食べないですよ?」
髪の毛を触っているのはクルスだった。
解体を先に終わらせて暇だったのかもしれない。
クルスは結構真剣な顔で、俺の髪の毛をいじっている。
「なにか、付いてた?」
「はい。モーフィのよだれが」
「そうだよね」
「はい」
クルスは、まだいじっている。
「あの、クルスさん?」
「はい?」
「俺の髪の毛どうかした?」
「なんか触りたくなっちゃいまして」
「……そう」
クルスはなにを考えているのか、よくわからない時がある。
ひとしきり触った後、飽きたのか、クルスはフェムを撫でにいった。
そうこうしている間に解体が終わる。戦利品を全て魔法のかばんに詰め込んだ。
「残りは燃やしちゃうぞ」
「はい。お願いします」
『待つのだ』
フェムから待ったがかかった。
魔獣の死骸は余裕があれば燃やすのが冒険者のマナーだ。
腐ると臭いし、疫病の原因にもなるかもしれないからだ。
「フェム、どうした?」
『魔狼たちが食べるのだ』
「なるほど。それなら頼む」
フェムは一度うなずくと、空に向かって遠吠えした。
「わぉおぉぉおおおおぉおおおおおん!」
「もぉおおおおおお」
なぜかモーフィも真似をして鳴く。
死骸は魔狼たちに任せて俺たちは村に帰ることにした。
「もぉもお」
「どうした?」
モーフィが体をなすり付けてくる。
『のって』
「わふぅっ?」
モーフィが俺に乗れと要求してくる。
フェムがビクンとした。
「フェム。いいか?」
『ふん。好きにすればいいのだ』
「じゃあ、モーフィお願い」
「わふっ?」
またフェムがビクンとした。
「フェムどうした?」
『もう知らないのだっ』
フェムは走っていった。拗ねたかもしれない。
あとでたくさん撫でてやろう。
「わはは、まてまてー」
クルスは、楽しそうにフェムを走って追いかけていった。
俺がモーフィに乗ると、モーフィは楽しそうに走り出す。
モーフィは結構速かった。普通の馬よりも速いだろう。
「もおもぉもお」
「モーフィ、楽しそうだな」
「もぅ!」
モーフィは心底嬉しそうだ。喜んでもらえたようでよかった。
村に帰るとヴィヴィに出迎えられる。
ヴィヴィはふたのない浅い木箱に種イモを並べていた。場所は倉庫の近くだ。
箱の底にはしっかりと魔法陣を描いている。
「ヴィヴィお疲れさま」
「うむ。こうやって、日光にさらせば、2、3日のうちに植えられるようになるのじゃ」
本来、種イモの芽だしには2,3週間かかる。
さすがはヴィヴィの魔法陣。驚異の短縮率である。こういう時にはものすごく助かる。
普段ならば、2,3週間前に準備を始めればいいだけだが、今回のようにどうしても時間がないときもあるのだ。
「芽出しの途中で雨降ったりしても大丈夫?」
「……あまりよくないのじゃ」
「それは困った」
最近は晴天が続いている。二、三日ならたぶん大丈夫だ。
だが、雨が降る可能性を考慮しないわけにはいかない。
ヴィヴィと俺が困っていると、ミレットが俺の袖を引っ張った。
「箱のふたならありますよ?」
「お、そうなの?」
ミレットは片手にふたを持っていた。
「はい、雨が降ったときには、ふたをかぶせてもらえれば」
「それで問題ないな。ミレットありがとう」
ヴィヴィはふたを調べながら言う。
「だが、気づかぬうちに雨に降られたら……、困るのじゃ」
「魔狼たちに頼もう。フェム!」
「…………」
フェムは種イモの向こうに座っている。
こちらに背を向けて動かない。返事もしない。
ヴィヴィが耳元でささやいてくる。
「……フェムはどうしたのじゃ?」
「……モーフィに乗ったから怒っているのかも」
「なるほどなのじゃ」
俺はフェムのところに行く。
「フェム? 怒ってる?」
『……怒ってないのだ』
「でも、返事しないし」
『そもそも、フェムが怒る理由がないのだ』
「モーフィに乗ったから……」
『自意識過剰なのだ。アルを乗せないで済んでフェムは楽でよかったのだ』
「えー。俺はフェムに乗せてもらえると助かるんだけど」
『モーフィに乗せてもらえばいいのだ』
「やっぱりフェムに乗せて欲しいな」
フェムは背を向けたままだ。だが尻尾が揺れた。
『…………』
「ダメかな?」
『……仕方ないのだ』
「ありがと」
フェムと仲直りできた。
フェムが魔狼たちに雨が降ったら、箱にふたをかぶせるように指示を出してくれた。
これで心配ない。
そんなことをしていると、モーフィがフェムに近づいていく。
「もぅ」
「……わふ」
『おこる?』
『怒ってないのだ』
「……」
『アルを乗せて嬉しかったのだな?』
『うれしかった』
『たまにならいいのだ』
『ありがと』
なにやらフェムとモーフィの間の話し合いも解決したようだった。
喧嘩しなくても、いくらでも乗ってあげるのに。
「アルは動物にモテモテなのだわ」
「人間にも同じくらいモテたらよかったのにね」
いつの間にかにやって来ていたユリーナとルカにからかわれた。