ヴィヴィと魔法陣を描いて回った次の日。
俺が衛兵業務についていると、コレットがやってきた。
「おっしゃん!」
「コレット、どうしたんだ?」
コレットはいつになく真剣な表情だった。
俺の横で寝っ転がっていたフェムの耳がピンと立った。
一方モーフィとシギショアラはコレットが来たことに大喜びだ。
「もうもぅ」「りゃー」
モーフィはコレットにおでこを押し付けている。
シギはモーフィの背にぴょんと乗ってから、コレットの肩へとよじ登っていく。
「モーフィもシギちゃんも邪魔しちゃダメなの」
「もう?」「りゃぁ」
モーフィは首をかしげた。
シギは全く動じない。パタパタと羽をばたつかせながら、コレットの髪の毛の中に潜り込もうとしている。
「シギ、邪魔しないの」
「りゃありゃあ」
俺がコレットの肩から抱き上げると、シギは不満そうに鳴いてもがいた。
あやすように、シギを抱っこして羽の付け根を撫でてやった。
「よしよし」
「りゃー」
シギは大人しくなった。気持ちよさそうに目をつぶっている。
「さて、コレット。改めてどうしたんだ?」
「おっしゃん! 魔法おしえて!」
意外だったので、少し戸惑う。
ちなみに俺は魔法を人に教えたことはない。
「どうして、また魔法を?」
「だってかっこいいんだもん」
「なるほどなぁ」
「それに、魔法使えたら便利だもん!」
確かに魔法はかっこよくて便利なのだ。小さい子があこがれても仕方ない。
俺が魔法を最初に習ったのは5歳の時。村にいた老魔導士からだった。
昔は凄腕の冒険者だったというその老人は、実践的な魔法ばかり教えてくれた。
その師匠は俺が冒険者になる少し前に亡くなっている。
「うーん、そうだなぁ」
「……だめ?」
コレットは不安そうだ。
俺も師から教わったのだ。俺も弟子に教えるのが筋だろう。
だが、勝手に教えるわけにはいかない。
「ミレットがいいと言えばいいぞ」
保護者の許可は必須である。
コレットの顔がぱあっと輝いた。
「わかった! お姉ちゃんに聞いてみるね」
コレットはぱたぱたと駆けて行く。
それを見送ってから、フェムが言う。
『魔法を教えるのだな?』
「まあ、教えるぐらいはいいんじゃないかな」
「わふう」
しばらくしてコレットが戻ってくる。ミレットとヴィヴィも一緒だ。
ミレットは、早歩きでつかつかと近づいてくる。
怒っているのだろうか。魔法を教えるなと言いに来たのかもしれない。
魔法を学んで冒険者になったら、危険と隣り合わせだ。
だから魔法を教えることに、親が反対することは珍しくない。
「アルさん!」
「お、おう。コレットに魔法を教えるのはだめか?」
「りゃありゃあ」「ももう」
シギとモーフィが、ミレットが来たことにはしゃいでいた。
モーフィは大喜びでミレットの股に鼻を突っ込んでいる。
シギはミレットの胸に飛びついて、谷間に潜り込もうとしていた。
「モーフィちゃん、だめ、シギちゃんも……」
「ももう!」「りゃあ」
それを見ていたフェムまで、うずうずしはじめた。
放っておいたら、フェムまでミレットに飛びつきそうだ。
「シギ、邪魔したらだめだぞ。モーフィもほら。ミレットが困ってるだろ」
「りゃあ?」「もう?」
俺はシギを抱きあげる。モーフィはヴィヴィがミレットから引き離してくれた。
「改めて。ミレット、やっぱりコレットに魔法を教えるのはダメか?」
「いえ、そうではありません。私にも魔法を教えてください」
「えぇ……」
予想外の言葉だった。
「だめですか?」
「いや、ダメというよりも……。ミレットっていくつだっけ?」
「15歳です」
基本的に魔法は幼児教育が大事だと言われている。
一般的に15歳は魔法を学び始める年齢としては遅いのだ。
遅いから絶対にダメというわけではないのだが。
俺が悩んでいると、ヴィヴィがはっきりと言う。
「15歳は年寄りすぎなのじゃ」
「ヴィヴィちゃん、なんてこというの」
ヴィヴィの言葉が足りないせいか、ミレットが少しショックを受けていた。
ヴィヴィは魔法を学ぶには年寄りすぎと言いたいのだろう。
俺は丁寧に説明する。
「魔法を学び始めるのは、小さいころの方がうまくいくことが多いんだよ」
「どうしてですか?」
「魔力の流れる感覚とか、小さい頃の方が身に着けやすいと言われているんだ」
「そうなのですか」
「まあ、30歳過ぎてから学び始めて大成した人もいるけども」
才能がなくても、幼少期ならばなんとかなることもある。
だが、第二次性徴の時期を過ぎると、才能がなければどうにもならない。
俺の言葉を聞いて、ミレットは少し元気になった。
「ミレットはどうして魔法を学びたいの?」
「ええっと、村のみんなの役に立てるようになりますし。もし何かあったとき、コレットを守れる力が欲しいんです」
「なるほど」
それは十分すぎる動機だ。
誰かを守りたいという思いは強い力になる。
それに魔人の襲撃で、ミレットも危機感を持ったのかもしれない。
「……それに、かっこいいですし」
ミレットとコレットはやはり姉妹らしい。
魔法はかっこいいのだ。それは真実である。
「よし、分かった教えよう」
「やったー」
「ありがとうございます」
俺は浮かれる二人に対し、釘をさす。
「ただし、魔法は剣以上に才能次第だ。才能がないと判断したらはっきり言う。その時はあきらめなさい」
「……」「……」
二人は押し黙る。
「師から才能ないと断言されるのは結構きついぞ。それが嫌なら最初から学ばぬことだ」
「いえ、がんばります!」「コレットもがんばる」
「才能なかったら早めに言ってあげよう」
それが優しさだと俺は思う。
「コレット、才能あるもん!」
「そうだといいな」
俺はコレットの頭を撫でてやった。
俺には才能があった。師匠である老魔導士を5年で抜いたほどだ。
才能のないものは10年学んでも初歩の魔法すら使えないままだ。
無駄な努力を数年、数十年重ねる前にあきらめさせたほうがいいのだ。
「矛盾したことを言うようだけど、明日からゆるゆる教えるから、気楽にな」
「わかった!」
「よろしくお願いします!」
二人が去った後、ヴィヴィが言う。
「アルは教えたことあるのかや?」
「ないぞ」
「大丈夫かや?」
「たぶん」
「頼りないのじゃ」
そういえば、ヴィヴィはどのように魔法を習得したのだろうか。
魔族の魔法事情が気になった。
「ヴィヴィはどうやって魔法を身につけたの?」
「わらわか? わらわは姉上に教わったのじゃ」
「お姉さんか」
「姉上は凄腕の魔導士だったのだ」
ヴィヴィはそういって遠い目をする。
過去形なのが気になった。
だからこそ、姉がいまどうなっているのか、聞くことができなかった。