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86 後輩冒険者を助けよう

 フェムとモーフィは夜の森を走っていく。


「エミー。どっちだ?」

「は、はい。あちらになります」


 モーフィのあまりの速さに顔を引きつらせながら、エミーは指さす。

 フェムとモーフィは的確に進んでくれる。


「りゃああ!」


 懐から顔だけ出して、シギショアラは鳴く。

 シギははじめての高速移動に驚いているように見えた。


 ユリーナは後ろから俺にギュッと抱き着いている。


「思ったより速いのだわ……」

「魔狼王だからな」

「……」


 いつもなら自慢げに吠えるフェムが何も言わない。縄張り内にバジリスクを侵入させたことを恥じているのかもしれない。

 魔狼の森は広い。定期的に厄介な魔獣を追い払っているとはいえ、完全に侵入を防ぐことは不可能だ。


 5体というのは少しおかしいが、バジリスクの侵入自体は仕方がない。


「あっちです!」

「了解」


 エミーもモーフィの速さに慣れてきたようだ。指示する声がはっきりしてきている。

 血を失いしんどいはずなのに、健気である。


『……臭いがするのだ』

「バジリスク?」

『血の臭いと腐臭がすごいのだ』


 妹たちを逃がすため、とどまった重戦士アントンの血の臭いだろうか。


 少し進むと、アントンの後ろ姿が見えた。

 頭や腕は石灰岩のようになっている。鎧はそのまま。つまりバジリスクの石化を食らったのだろう。

 その周囲には5体のバジリスクがいた。通常よりも大き目だ。


 想定していた中では最もいい状況だ。

 石化しているのなら、解呪さえすれば復活できる。


「お兄ちゃん!」


 エミーが叫ぶ。

 モーフィから飛び降りると、エミーはためらうことなくバジリスクに向かって突っ込んでいった。


「モーフィ!」

「もっ」


 エミーの首根っこをモーフィが咥えて止める。

 一人でエミーが突っ込んだら死んでしまう。


「フェム。ユリーナ。勇敢な重戦士アントンを頼む」

「了解したのだわ」

「わふ」

「エミー。モーフィと一緒にユリーナを護衛してくれ」

「わ、わかった。治癒魔術中は無防備だものね」


 エミーは真剣な表情でうなずいている。


 正直、ユリーナにエミーの護衛は必要ない。

 たかがバジリスク程度が相手なのだ。ユリーナはソロで狩って見せるだろう。

 その上、今はフェムにモーフィまでいる。


 だが、エミーに黙ってみていろと言ってもきかないだろう。

 自分を助けてくれた兄がバジリスクに囲まれて石化しているのだ。意地でも突っ込みかねない。

 そうさせないために、任務を与えた。


「俺はバジリスクがそっちに向かないように気を引いておくから、その隙にアントンを助け出してくれ」

「……とかいって、倒すつもりなのだわ」


 ユリーナにはばれていた。

 アントンを運び出すなどの手順は、万が一倒せなかった時のための保険だ。


「くれぐれも、油断はしないようにな」


 俺はフェムから降りると、歩いてバジリスクの方へと向かう。

 ひざは痛いが歩く程度なら問題ない。走るのは少ししんどいが。


 大魔法は使えない。アントンを巻き込むわけにはいかないのだ。


 石化といっても、即座に石になるわけではない。

 今のアントンは石に似た魔法物体だ。数十年かけて、ただの石へと変化していく。

 今の硬度は石ほどではない。

 生身の人間よりはましだが、普通の石より熱にも衝撃にも弱い状態だ。比較的たやすく砕けてしまう。


 砕けたら即解呪できなくなるというわけではない。だが、難易度が跳ね上がる。

 つまりユリーナがとても大変になるのだ。


「さて。どうしようか」


 俺が近づいても、バジリスクはアントンの周りを動かない。

 まるでアントンをおとりにして、近づくのを待っているかのようだ。


「そのまま動かないなら、楽なのだが」


 俺は5本の魔法の矢をそれぞれに放つ。バジリスクに当たる瞬間、

 ——バキッ

 魔法障壁に阻まれた。


「おお?」


 野生のバジリスクは魔法障壁を持ってない。つまり野生ではないのだ。


 攻撃を受けて5体のバジリスクが一斉に襲い掛かってきた。

 バジリスクの脅威は猛毒の尻尾と石化の眼光。それに鋭い牙と爪。

 手足が太くて長い巨大なトカゲのような体が強固な鱗に覆われている。防御力もなかなかだ。


 先頭のバジリスクが鋭い爪を振り下ろしてくる。その横から、毒の尻尾がとんできた。

 バジリスクのくせに見事な連携だ。


「あぶないっ!」


 エミーが叫んだ。


 俺はバジリスクの腕を左手でつかんで、毒の尻尾一本を右手でつかむ。

 俺の両手が上がったところに、毒の尻尾や鋭い爪が襲い掛かる。


 ——ガギン


 すべて障壁で弾く。


「お前ら程度が使える魔法障壁を俺が使えないわけないだろ」


 つかんだままの腕と毒の尻尾を、手のひらから出した魔力の刃で切り刻む。

 バジリスクは悲鳴一つ上げない。


「ふむ。やはりゾンビか」


 バジリスクは怯えることなく襲ってくる。

 悲鳴を上げず、怯えない。それは典型的なゾンビの特徴だ。


 噛みつこうと開いた口の中に、火炎弾を撃ち込んだ。すぐに動かなくなる。

 残りの4体も連携をとって襲い掛かってくるが、魔法の矢と刃で始末する。


「やっぱり全部倒すつもりだったのだわ」

「……すごいです」


 ユリーナは呆れたように言い、エミーは感動したように言う。

 ユリーナたちは俺が戦っている間に、アントンを無事運び出してくれていた。


「解呪できそうか?」

「バジリスクにかけられた割には、石化の呪いが強力なのだわ。並みの治癒術師なら無理かも」

「……そんな」


 エミーが泣きそうになる。

 そんなエミーにユリーナは微笑む。


「でも、私なら大丈夫なのだわ」

「よろしくお願いします。どうか……」

「任せるのだわ。あ、アル。バジリスクの解体をお願いね」

「わかってますよ」


 ユリーナが解呪魔法を行使している間、俺はバジリスクを解体する。

 解体は冒険者の本能だ。仕方がない。


 これは後でルカに解析してもらわなければならない。

 ルカに解析してもらいやすいように注意深く解体していった。


 解体しながら、つい独り言がこぼれる。


「ゾンビ化って、流行ってるのか」


 いやな流行である。

 てきぱきと解体して魔法の鞄に放り込んでいると、懐からシギが顔を出す。


「りゃっ!」

「これはご飯じゃないぞ」

「りゃ?」


 シギの鼻先にバジリスクの肉を持っていく。

 シギが食べようとするので手で止める。


「これはバジリスクのゾンビ肉だ。食べたらだめな奴だぞ」

「りゃ」

「ゾンビを食べたらお腹痛くなるからな。覚えておきなさい」

「りゃっりゃっ!」


 まるで理解しているかのように、シギは返事をしてくれる。

 きっと気のせいなのだが、少し嬉しい。


 そんなことをしていると、アントンが目覚めたようだ。


「おにいちゃーーん」

「……エミーか……俺はいったい?」


 エミーは涙を流しながらアントンに抱き着く。

 石化から回復したばかりのアントンは記憶が混濁している。

 だが、すぐに記憶がはっきりしたようだ。


 妹の弓使いリザを心配していたが、無事だと伝えて安心させた。


「妹を助けていただいて、その上、俺の命も……なんとお礼をいえばいいのか」

「死んじゃうところでした。ほんとうにほんとうに……ありがとうございます」


 兄妹が涙ぐみながらお礼を言ってくる。

 ユリーナは頬を赤らめて照れていた。


「大体ユリーナの手柄だ」

「バジリスクを倒したのはアルなのだわ」

「バジリスクならルカでもクルスでも倒せる。だが、回復はユリーナしかできないだろ」

「それは。そうかもだけど」

「ということで、お礼ならユリーナに言え」


 兄妹は首を振る。


「もちろんユリーナさんにも返せない恩が出来ました。そしてアルフレッドさんも命の恩人です」

「お兄ちゃんを、リザを、わたしを助けてくれてありがとうございます」


 何度もお礼を言われると照れる。

 なおもお礼を言おうとする兄妹を遮った。


「もう気にすんな。冒険者同士助け合いだからな」

「ですが……」


 聖女であるユリーナはお礼を言われなれている。そのはずなのに、ものすごく照れていた。

 懐から顔だけ出したシギは興味深そうにその様子を眺めていた。


 本来の任務である、薬草を適当に採取して帰路につく。

 俺とユリーナはフェムに乗り、アントンとエミーの兄妹はモーフィに乗っている。


「フェム。帰りはゆっくりでもいいぞ」

「わふ」

「縄張り主張しながら帰ってもいいんだからな」

「わふ?」

「ほら、片足上げて、木とかにおしっこを……」

『……そんなことしないのだ』


 縄張りを主張してもらわないと魔獣が入って来て困るのだが。

 フェムはかたくなに縄張りを主張しないと言い張っている。

 モーフィのように素直におしっこすればいいと思う。


 大体半ばまで帰ったとき。

 ——リリリリリリリリ


 左手の人差し指にはめた指輪が、鈴のような音を奏でた。

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