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91 ダンジョン救出作戦

 クルスは慌てている。

 俺はクルスを落ち着かせてから、事情を尋ねた。


「王都近くのダンジョンが崩落したんです」

「崩落?」

「えっとですね」


 クルスが説明してくれる。

 王都から徒歩で2時間ほどのところにダンジョンがある。

 そこは初心者冒険者向けの比較的安全とされているダンジョンだ。騎士団の訓練にも使われている。


 そのダンジョンの入り口が崩落した。

 それによりちょうど演習中だった竜騎士団の新人たちが中に取り残されることになったのだという。

 ユリーナは現地で負傷者の治療にあたっているらしい。


「それは結構、おおごとだな」

「はい。なのでアルさんに助けて欲しくて」


 そのダンジョンには、俺も行ったことがある。かなり昔のことだ。

 全体的に石で作られた頑丈そうなダンジョンだった。

 そこが崩落したということは、大きな岩が入り口をふさいでいるのだろう。


「重力魔法の出番だな」

「はい。人力で岩をどけるには数日、もしかしたら数週間かかるみたいなんです」


 それを聞いて、クルスは急いで助けを求めにやってきたのだ。

 数日ならともかく数週間かかれば、中の人は死んでしまう。


「わかった。すぐに向かおう」

「ありがとうございます。さすがアルさんです!」


 クルスは嬉しそうだ。

 その時、後ろからヴィヴィが言った。


「アル。被り物を忘れてはいけないのじゃ」

「ああ、クルスからもらった狼の被り物だな」


 王都に行くならば顔を隠しておいた方がいい。

 ものすごく精巧に作られた狼の被り物を魔法の鞄から取り出した。

 ヴィヴィもすでに牛のリアルな被り物をかぶっている。


「ヴィヴィも来るの?」

「当然じゃ。除去した後、補強しなければならないであろ」


 今後もダンジョンは利用される予定なのだ。また崩落したら困る。

 ヴィヴィの魔法陣で崩落しないよう補強できれば安心だ。


「そうだな。ヴィヴィ、頼む」

「うむ。任せるがよいのじゃ」「もう」


 牛の被り物をかぶったままヴィヴィは胸を張る。

 横にいるモーフィも鼻息が荒い。なんか面白い。


『乗るとよいのだ』


 フェムは大きくなる。

 王都のクルスの家からダンジョンまで徒歩で2時間。

 ひざの痛い俺には少し厳しい距離ではある。


「いや、大きくなるのは王都を出てからの方がいい。目立つからな」

「……わふぅ」

「もぅもう!」


 フェムはしょんぼりしながら、小さくなった。

 一方モーフィは鼻息荒く、自分に乗れとアピールしてくる。

 牛ならばまれに王都にもいる。さほど目立たないだろう。


「じゃあ、王都を出るまではモーフィに乗せてもらおうかな」

「もっもう!」「りゃっりゃあ」


 モーフィは嬉しそうにはしゃぐ。

 シギショアラもモーフィに乗って羽をバタバタさせている。


「私も王都に戻ったほうがいいわね」

「そうだな。一応、ルカは戻った方がいいな」


 ルカは冒険者ギルド王都管区長である。基本名誉職とはいえ、一度王都に戻ったほうがいいだろう。

 となると、ムルグ村に戦力がなくなる。


 同じことを考えていたのだろう。モーフィに乗ったままのヴィヴィが腕を組む。


「となるとムルグ村の防備が不安なのじゃ」

「残念だけど、ぼくが残ります」


 クルスが言う。心底残念そうだ。

 その表情を見て、ルカが尋ねる。


「本当に、いいの?」

「アルさんの活躍を見れないのは悔しいけど。ルカの方が役に立ちそうだし」

「それはそうね」


 今回の目的はがれきの除去とダンジョンの補強だ。

 敵を倒すという目的ではないのならば、クルスはあまり役に立たない。


 クルスに防備を任せるとして、シギをどうするか少し考えた。

 クルスが残ってくれるなら、シギを村に置いていっても安全だと思う。


「りゃっりゃ」


 シギはモーフィの上にのって、羽をバタバタさせている。可愛い。

 シギ自身は一緒についてくる気のようだ。

 重力魔法を見せるのもいい勉強かもしれない。

 俺は懐の中にシギを入れた。


「シギ。大人しくしとくんだぞ」

「りゃっ!」


「みなさん、お願いしますね!」


 クルスに見送られて、俺たちは王都に向かった。



◇◇◇◇

 王都のクルスの家をでて、王都の門へと向かう。

 被り物をかぶって、大きな犬を連れて牛に乗る一行は目立っている。


 通行人が驚愕したり呼び止められたりするたびに、ルカが応対する。


「この人たちは勇者クルスの従者なんです」

「なるほど。道理で」「ああ、それで」

「さすがは勇者様ですね」


 クルスの名前を出せば、すんなりと納得される。

 普段クルスが王都で何をしているのか気になってくる。


 王都を出て、しばらく行ってから大きくなったフェムに乗る。


「急ぐぞ」

「わふ」「もっもう」


 フェムが一気に走り出す。かなり速い。

 ヴィヴィを乗せたモーフィもついてくる。


「ちょっと速いんだけど!」

「無理そうなら、緩める」

「無理じゃないけど」


 文句を言いながらも、ルカも並走してついてくる。

 相変わらず足が速い。


 徒歩で2時間かかる道を10分程度で駆け抜けた。


「ぜぇぜぇ。ほんと速いわね」

「ルカの速さの方が驚きだよ」


 ダンジョンの入り口は、複数の巨大な岩にふさがれていた。

 岩の高さは、大きいもので成人男性の身長の3倍ぐらいある。横幅も同じぐらいだ。

 魔法を使わないで除去しようとする場合、砕いて運び出すしかないだろう。


「おい、そこの怪しい奴! 何者だ!」


 ダンジョンの周りに集っていたギルド関係者や竜騎士団の関係者が警戒しながら寄ってきた。

 巨大な魔狼と牛に乗った被り物をかぶった一行なのだ。警戒しないほうがおかしい。


「はぁはぁ、大丈夫、敵じゃないから」

「こ、これはラーンガウ卿でございましたか」


 ラーンガウとはルカの名字だ。普段全く使わないので、俺自身、忘れかけていた。

 肩で息をしながら、ルカは言う。


「コンラディン伯に依頼されて、伯の従者を連れて来たわ」

「ああ、勇者様の。道理で」


 コンラディンはクルスの名字だ。

 竜騎士団の人たちも冒険者ギルドのお偉いさんもクルスの名前をだしたら納得した。


 俺はクルスの凄さを思い知る。


「ユリーナは? こっちにいるって聞いたのだけど」

「えっと、あ、リンミア卿ですね。卿ならば、あちらでけが人の治療を指揮しておられます」


 リンミアというのはユリーナの名字である。


 これだけの大規模な崩落の際に怪我人が出ないほうがおかしい。

 いまでも治療が終わっていないということは、かなりの重傷者が出たのだろう。


 石の下で、今もつぶれている人がいないことを祈るばかりだ。


「とりあえず。石をどけるわね」

「えっと、ラーンガウ卿、どうやってでしょうか?」

「コンラディン伯の従者は、魔導士ながら土木工事にたけているのです」

「はぁ……左様でございましたか」


 ギルドの職員はルカが何を言っているのかわからないといった様子だ。

 かまわずルカは俺の方を見る。

 俺は頷いて、無言で魔法の準備を開始する。

 体内で魔力を練り始めると、懐に入ったシギが少し動いた。懐からこっそり顔だけ出してくる。


 俺は小声でフェムに尋ねた。


「岩の下に人いそう?」

『だいじょうぶなのだ。下にはいないのだ』

「そうか。ありがとう」


 フェムは匂いを嗅いで教えてくれた。

 それは奇跡と言っていいだろう。


 俺は崩落した岩の様子を観察する。

 岩をどかしたことで、さらなる崩落を招かないよう気を付ける。


 慎重に、岩に重力魔法をかけて軽くすると、一つ一つどかしていった。


「おお……!」

「なんてことだ」


 騎士団やギルドのお偉いさんから驚きの声が上がる。

 俺は10分ほどかけて、岩をどかした。


 中から騎士団員や冒険者たちが20人ほど出てくる。

 出てきた者たちは安堵したようすでへたり込んだ。


 それから俺に向かってお礼を言いはじめる。

 死を意識していたのだろう。感極まって泣いているものまでいた。


「とりあえず、ダンジョンの入り口を補強しますね」

「そんなことが?」

「そのために専門家を連れてきましたから」


 そういって、ルカはヴィヴィをちらっと見る。

 ヴィヴィはうなずくと、魔法陣を描きはじめた。


 衛兵小屋に描いた補強魔法陣と同種のものだ。ヴィヴィは迷いなく素早く描いていく。

 10分ほどで描きあがる。

 完成した後、ヴィヴィがルカに耳打ちする。


「これで、地震程度では崩れないのじゃ」

「ありがとう、助かったわ」


 お礼を言った後、ルカは冒険者ギルドの者たちに向けて言う。


「これで大丈夫よ。よほどのことがない限り崩落しないわ。あとは任せるわね」

「あの、ラーンガウ卿。実は救出された者たちが……」


 帰りかけたルカをギルド職員が呼び止めた。


「どうかしたの?」

「ダンジョンの奥に何か、恐ろしい謎の魔獣がいると冒険者の一人が……」


 ルカは俺たちの方をちらっとみる。

 俺は頷いた。


「わかったわ。とりあえず奥まで見てくる」


 俺たちはダンジョンの奥へと向かうことにした。

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