石蛇(ストーンナーガ)を倒した以上、しっかり戦利品を回収しなければならない。
戦利品回収は冒険者の本能なのだ。
石蛇の鱗は食べた岩を体内で錬成した非常に強固なものだ。
それゆえ、貴重で高価である。
俺は解体用ナイフで、尻尾の部分から解体しようとした。
「ナイフが入らんな」
「やはり硬いのかや?」「もう?」
ヴィヴィとモーフィが興味深そうに俺の手元を覗きに来る。
シギショアラは俺の懐から首だけだして、じっと見ていた。
石蛇の鱗の間にナイフを差し入れたが、その部分もすごく硬い。
ナイフ程度の刃では通らない。
「そこも硬いのじゃな」
「こいつは火炎にも強いしな。厄介だぞ」
「もしソロなら、アルはどうやって倒したのじゃ?」
「そうだなぁ」
俺は少し考える。
ヴィヴィも魔導士だ。自分ならどうやって倒すかのヒントが欲しいのだろう。
「俺だったら、魔法で衝撃を与えるかな」
「衝撃?」
「吹っ飛ばして、壁にぶち当てるとか。そうすれば、鱗の中身にダメージ入るし」
「それは難しいのじゃ」
「屋外だったら重力魔法で上空に吹き飛ばしてから落下させて、地面にぶつけるとか」
「それもアルにしかできないのじゃ」
ヴィヴィは少し悲しそうだ。
自分でも石蛇を倒せる方法が思いつかないのだろう。
「魔力の刃はどうだ?」
「ほう?」
「少し見てて」
真剣な表情でヴィヴィは俺の手元を覗いてくる。その横でモーフィもシギも真剣な表情をしていた。
俺は魔力の刃を指の先に出現させる。それで石蛇を解体してみせた。
魔力の刃は簡単な魔法ではない。だが、ヴィヴィは優秀な魔導士なので恐らくできるはずだ。
「どう?」
「刃自体はわらわもできるが、そんなに鋭くはできないのじゃ」
「そうかぁ。やはりヴィヴィは魔法陣がいいのか?」
俺は魔法陣を利用して石蛇を倒す方法も考えてみることにした。
少し考えて思いつく。
「熱してから急激に冷やすとか」
「ふむ? やってみるのじゃ」
ヴィヴィは素早く魔法陣を描いた。あっという間に描き上げる。
やはり、魔法陣に関して、ヴィヴィは凄腕だ。
二種類の魔法陣が重層的に重なっている。
俺は石蛇の硬い部分を魔法陣の中央に置いた。
「行くのじゃ」
「おう」
一瞬で魔法陣の中が熱せられる。しばらく熱した後、一瞬で凍り付いた。
魔法陣の技術はすごいと思う。
だが、石蛇の鱗にはひび一つ入らなかった。
「これでも無理なのかや……」
「そうだなぁ」
俺は魔力の刃で魔法陣の中の石蛇の一部を解体した。
鱗の内部、石蛇の肉には火が通っている。火炎に強いと言っても、一瞬で消える火炎弾に強いだけなのだ。
効率は悪いが火炎弾でも連続で放てば倒せるに違いない。大事なのは熱し続ける持続力だ。
「鱗にはダメージ入ってないけど、肉には火が通ってるぞ。倒せるんじゃないかな」
「そうなのかや? だけどうまく魔法陣に誘導しないといけないし、熱している間逃げられるわけにもいかないのじゃ」
「それはそうだけど」
「やはり倒すのは困難なのじゃ」
それを横目で見ていたルカが言う。
「魔法陣で刃作ればいいんじゃないの?」
「ふむ? 魔法陣で刃かや?」
「難しいの?」
「難しい……いや、そうでもないかもしれないのじゃ。風の刃の刃部分を強化して……」
ヴィヴィは地面に魔法陣を描いている。
相変わらず早い。
「ちょっとやってみるのじゃ」
「おう」
魔法陣から強烈な風と共に刃がとびだした。
石蛇の体を鱗ごと切断した。
「どうじゃ!」
「おお、すごい」
「もうもう!」「りゃっりゃー」
ヴィヴィはどや顔だ。
モーフィとシギも歓声を上げている。
「その魔法陣、威力も高いし描くのも素早いし、応用がききそうだな」
「そうであろ、そうであろ」
ヴィヴィは満足げだ。可愛いので頭を撫でてやった。
モーフィもヴィヴィに鼻を押し付けている。
「や、やめるのじゃ! 撫でるでないのじゃ」
そう言いながらもヴィヴィは照れくさそうだった。
その時、頭の方を解体していたルカが言う。
「こいつ、よく見たらゾンビね」
「なんだって?」
「ほら、肉のこの部分が……」
ルカが丁寧に説明してくれた。
どうやら、石蛇もゾンビだったようだ。
「ゾンビ流行りすぎだろ」
「そうね。少し異常ね。こんなところに石蛇がいること自体おかしいとは思ったのだけど」
「そうなのか? たしかに俺も石蛇は初めて見たけど」
ルカはうなずく。
解体しながら、ルカが説明してくれる。
「もともと、石蛇って大人しい魔獣なの。地面の奥深くや岩山の中で暮らしているから人の前に出てくることも滅多にないし」
「つまりそんな石蛇をゾンビ化してこのダンジョンに送った奴がいるってことか」
ゾンビ化すると、完全に意のままに動かすことが可能になる。
つまり、このダンジョンにいたのも、ゾンビ化した魔術師の命令ということだ。
「そうね。なにが目的かわからないけど」
「訓練中の竜騎士団に打撃をあたえるとか?」
「うーん。新人をいじめてもねぇ」
新人は竜騎士団の主力ではない。
長期的視点で考えれば、新人に危害を加えるのは有効な打撃になるだろう。
だが、その効果があらわれるには10年単位の時間がかかる。
「ゾンビ化させた術者が同一なのか確定させるためには、しっかり調べてみないと断言できないけど……」
「おそらく同じ?」
「たぶんね。ほらこの部分が……」
ルカはきちんと説明してくれた。
ヴィヴィと一緒にルカの話をよく聞いておく。勉強になる。
「つまり、各地のゾンビ化事件は同一犯の可能性が高いってことか」
「そうなるわね」
「何のためにそんなことするのじゃ?」
ヴィヴィが首をかしげている。
ヴィヴィの疑問はもっともだと思う。俺にも目的がよくわからない。
「確かにな。魔王軍の再興とか都市への進撃を考えているなら、散発的にゾンビを出現させる意味がないし」
「一か所にまとめて、大群で進撃させたほうが効果的よね。複数個所で出現させるなら大量かつ同時にやらないとだし」
「そうなんだよな」
俺たちが考え込むと、モーフィとシギも一緒になって首をかしげる。
一方、フェムは油断なく周囲を警戒してくれている。
「練習とかかのう?」
「練習?」
「ゾンビ化の練習なのじゃ」
「練習ねえ」
「もしくは実験とかの可能性はないかや?」
ヴィヴィの意見はありうる気がした。
だが、ルカが否定する。
「多分違うと思うわ」
「なぜじゃ?」
「古代竜(エンシェントドラゴン)をゾンビ化しかけた奴とたぶん同一よ? いまさら練習や実験する必要があるかしら」
古代竜をゾンビ化できるなら、他の魔獣をゾンビ化させることなど児戯に等しいに違いない。
俺は古代竜の赤ちゃんであるシギの頭を優しくなでた。
「確かに」
「でしょ?」
「少なくとも、良からぬことを考えているのは間違いないだろうな」
「そうね。とりあえず何としても痕跡をつかまないと」
ルカの言葉に、俺とヴィヴィはうなずいた。
シギとモーフィもうなずいていた。
その時、周囲を警戒していたフェムが言う。
『穴はこのままだとまずいと思うのだ』
「それもそうだな」
石蛇がトンネルを掘りまくっている。
そのトンネルは這えば人が通れるほどだ。
このままだと、冒険者が魔獣から奇襲を受けやすい。
それに魔鼠の格好の巣になりかねない。
「冒険者ギルドに指示しておくわ」
「頼む」
俺たちが洞窟から出ると、冒険者ギルドの職員が待機していた。
ルカがてきぱきと説明していく。穴をふさぐようにという指示も出していた。
「ゾンビ化が見逃せないわ。あとで今回のゾンビ化に使われた薬品や道具のリストを送るわね」
「購入者と入手経路の洗い出しですね?」
「そうです。お願いいたしますね」
「了解いたしました。それはギルドの得意分野です。お任せください」
それから俺たちは王都の勇者の家を経由してムルグ村へと無事帰った。