村長宅から衛兵小屋に帰ったとき、クルスたちは食堂にいた。
みんなをみてシギショアラが羽をバタバタさせる。
「りゃー」
「おかえりなさい! 村長なんて言ってました?」
「居ていいって」
「そうですかー」
「それで少しお話があるのだけど……」
俺は村長に勇者パーティーについて話したことを報告する。
村の事情も説明した。
それを聞いていたルカが言う。
「まあ、いいけど。今度から、正体をばらすときは相談してからにしなさいよね」
「はい。ごめんなさい」
「アルさんがいいと思ったのならぼくはまったくかまいません」
そしてクルスは身を乗り出す。
「それより、ダンジョンの方はどうでしたか? まだお話聞いてませんよ!」
「ルカに聞いてないの?」
「はい。アルさんに直接聞こうと思って」
「そうか」
俺はクルスに説明する。
クルスは石蛇(ストーンナーガ)よりがれき除去と壁の補強に興味を示した。
「さすが、アルさんです! それにヴィヴィちゃんもやりますね」
「当然なのじゃ」
石蛇ならば、クルスは自分で倒せる。だががれきの除去や壁の補強はクルスにはできない。
だからそちらのほうがすごいと思ったのだろう。
その時ミレットが食堂に来て言った。
「夕食まで、まだ少しかかりますから先にお風呂入っちゃってください」
「そうだな。お風呂入るか—」
最近は涼しい日が多くなってきた。あったかい温泉が非常に心地よい。
俺はフェム、モーフィにシギと一緒に温泉に入った。
シギは湯船に入って、羽をバタバタさせる。
「りゃりゃありゃ」
「シギは温泉好きなんだな」
「りゃあ」
シギはお湯の中にもぐったり、泳いだりして遊んでいる。
フェムとモーフィがよく泳いでいるから覚えたのかもしれない。
俺はシギを抱きかかえた。
あったかい。ちなみに温泉に入ってなくてもいつもシギはあったかいのだ。
「シギって、卵から生まれて爬虫類っぽい感じなのに、あったかいよな」
「りゃあ?」
『爬虫類より鳥類に近いのだな?』
「わからないけど。恒温動物みたいだな」
「わふ」「もう」
フェムとモーフィが、俺が抱きかかえたシギの匂いをふんふんと嗅いでいた。
風呂から出ると、クルスが今まさにお風呂に入ろうとしていた。
ユリーナも帰宅したようだ。クルスと手をつないでいる。
「あっ! 出ちゃったんですか!」
「おお、出たぞ」
「アルさんと一緒に入りたかったのにー」
「なにいってるのだわ! 嫁入り前の娘が」
「えー」
クルスは頬を膨らませるが、ユリーナが全面的に正しい。
クルスは俺が抱きかかえているシギを撫でる。
「アルさんが無理なら、シギちゃん、一緒に入ろう」
「りゃ?」
「シギはお風呂に入ったばっかりだぞ」
「えー」
「りゃっ」
シギがクルスの胸元に向かって、ぴょんと跳ぶ。
クルスは目を輝かせた。
「一緒に入ってくれるの?」
「りゃあ」
「シギ、お風呂まだ入りたいの?」
「りゃあ」
シギは本当にお風呂が好きなようだ。
クルスとユリーナはシギを連れてお風呂に向かった。
なぜかフェムとモーフィまで、再びお風呂に向かっていった。
うちの獣たちはお風呂が好きすぎると思う。
少し呆れて、その後姿をみていると、ルカが来た。
「寂しいんでしょ?」
「いや、そうでもないぞ」
ずっと俺から離れなかったシギも少しずつ成長しているのだ。
寂しいというよりも嬉しいと感じた。
俺の姿が見えなくても大丈夫になったのだ。クルスたちのことも信頼したのだろう。
それも嬉しい。
「そう。それならよかったわ」
そう言い残して、ルカもお風呂へ入りに行った。
◇◇◇
夕食が終わった後。食堂でみんながくつろいでいるとクルスが言う。
「フェムちゃんたちは。お湯飲むのが大好きなんですね」
「温泉には魔力が含まれてるからな」
俺と入っている時もよく飲んでいる。
魔獣は魔力を糧にできるので、ムルグ村の温泉はうまいらしい。
「フェムちゃんもモーフィちゃんも、シギちゃんも、がぶがぶ飲んでました」
「へー」
普段はがぶがぶというほどは飲んでない。
俺はフェムたちを見た。
「……」「……も」「りゃあ」
フェムは目をそらしていた。モーフィは首をかしげている。
シギは無邪気に羽をバタバタさせていた。
おっさん近くのお湯より、少女周りのお湯が好きなのだろうか。
いやらしい獣たちである。
「クルスの周りのお湯が美味しいみたいなのだわ」
「そうなの?」
『うまい』「りゃりゃありゃあ」
久しぶりのモーフィからの念話だ。うまいらしい。
シギも肯定するかのように鳴いている。
「フェムは?」
『……知らないのだ』
フェムにとっては、クルスの周りのお湯がうまいと感じていることは、恥ずかしいことらしい。
フェムの恥ずかしがる基準がよくわからない。
俺に抱っこされていたシギをルカが抱き上げる。
シギも嬉しそうにルカの胸に頭をこすりつける。
「りゃあ」
「シギちゃんは可愛いわね。ちゃんと抱かせてくれるようになったし」
「シギの成長は早いのだよ」
俺は気になっていたことを聞いてみる。
「ところで、ルカ。シギって恒温動物なの?」
「どうやらそのようね。ちなみに古代竜(エンシェントドラゴン)にまつわる新事実よ。ひなの間だけ恒温なのか、成竜になっても恒温動物なのかはわからないけど」
「へー」
「学会に発表しようとは思っているのだけど、シギが狙われている以上、あまり目立ちたくないのよね」
「まあ、いつ発表するかはルカに任せる」
「ありがと」
シギを撫でながら、ルカはユリーナに言う。
「今日の事件なのだけど、さすがに見逃せないわ。王都付近でも事件を起こし始めたし」
「そうね」
「ユリーナの方でも調べて欲しいのだけど」
「わかったのだわ。調べさせるわ」
「お願い」
「構わないわ。調べるのは私ではないのだし」
ユリーナは聖女だ。教会にかなりの影響力がある。
教会は独自の情報網を持っている。
信者の数が多く、各国各都市に支部があるので、その情報力は冒険者ギルドに匹敵する。
冒険者ギルドと教会が情報収集に動いてくれるなら心強い。
しばらく情報がもたらされるのを待っていればいいだろう。
◇◇◇◇
その日の夜。
俺は気持ちよく眠っていた。ベッドにはシギの他に、フェムとモーフィがいる。
なぜかクルスまで潜り込んでいた。ユリーナが知ったら怒りそうだ。
真夜中。
クルスに抱きつかれて眠っていたフェムがびくりと動いた。
「フェム?」
——ビクビクッビクビクビク
ものすごくびくびくしている。どうやらフェムは眠ったままの様だ。
いや、意識がないだけかもしれない。とても不安だ。
あまりにびくびくするので、フェム以外みんな起きた。
「フェムちゃん大丈夫?」
「もう?」「りゃ」
クルスにモーフィとシギも心配そうだ。
モーフィは一生懸命舐めている。
心配で俺はフェムを優しく撫でた。
クルスもシギも心配なのだろう。一生懸命撫でている。
「モーフィ。ルカとユリーナを呼んできてくれ」
「もう」
モーフィがすぐに駆けて行った。
「大丈夫か。フェム。しっかりしろ」
フェムは起きない。眠ったままびくびくしている。
俺とクルスは、励ますようにフェムの背中を一生懸命撫でた。
そしてフェムは輝きだした。