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101 王都近くの異変

 ユニコーン。それは額に一本の大きな角を持つ馬の魔獣である。

 見た目はかわいらしく、高貴な雰囲気が漂っているのだが、性格が凶悪だ。

 処女ではない生物を見ると、老若男女問わず殺しに来るのだ。


「うぉ!」


 フェムに乗った俺に向かってユニコーンが正確に角を突き出してくる。

 いつもならフェムがかわしてくれる。だが、フェムの反応が遅れた。

 森の隠者の匂いに集中していたからだろう。


「りゃああああああ」


 懐から顔だけ出していた、シギショアラが大きな声で鳴いた。

 威嚇しているつもりなのかもしれない。


 そのおかげか、一瞬、ユニコーンは止まった。

 俺はその隙を逃さず、ユニコーンの角を右手でつかむ。そのまま、ユニコーンの背に乗り移った。

 ユニコーンは1頭ではない。10頭ほどいた。


「刺さったら死にかねんな、これ」

『大丈夫か?』

「構わないから、先に行け」

「アル、任せた!」


 ユニコーンは強力な魔獣だ。戦闘していれば森の隠者をとり逃す。

 俺の意図を察してくれたのだろう。最初からルカは足を緩めない。


「モーフィ、ヴィヴィを頼む」

「もっもうー」

「気を付けるのじゃぞーー」


 ヴィヴィを乗せたモーフィも一瞬足を緩めたが、止まらずに駆けて行った。


 だが、フェムは少し行ったところで足を止めて反転する。

 フェムも先に行かせるため、俺はユニコーンに飛び移ったのだ。フェムが止まっては意味がない。


「フェムも、俺にかまわず行ってくれ」

『フェムがいったら、アルはもう追いつけないのだ』

「フェムがいないと匂いを追いにくいだろ」

『モーフィがいるから、大丈夫なのだ』


 モーフィはとても嗅覚がするどい。 

 フェムがいなくても、森の隠者を見失うことはないのかもしれない。


「そうか、じゃあ頼む」

「わふ」

「りゃっりゃあ!」


 会話している間もユニコーンたちは俺に向けて、攻撃し続けている。

 鋭い角の突き刺し攻撃だけではない。

 噛みつきや蹄を使った蹴り飛ばしなど、多様な攻撃を繰りだしてくる。


 ただ、シギが威嚇しているおかげか、俺の胴体へは攻撃してこないのだ。

 攻撃してくる部位がわかれば、戦いやすい。


 魔法障壁で攻撃を防いで、魔法の槍を繰り出してユニコーンを貫いていく。

 ユニコーンは逃げようとしない。わき目を振らず俺だけを執拗に殺そうとしてくる。

 俺が乗ったユニコーンは振り落とそうと、暴れまくった。


「あきらめろ」


 そう簡単に俺が落ちるわけがない。ひざに力を入れて、馬の背を挟むのだ……。


「うお! 痛いっ!」


 久しぶりに全力で足を踏ん張ってしまった。矢にやられた左ひざが猛烈に痛んだ。力が緩む。

 その瞬間、ユニコーンがひときわ大きく暴れた。

 俺は空中に大きく投げ出された。


「うわああああ」

「りゃああああ」


 空中でバランスを取り戻して、足から着地する。足に、特に左ひざにすごく響いた。ものすごく痛い。

 重力魔法で着地の衝撃を緩めればよかった。そう気づいた時には後の祭りである。

 あまりの痛みに俺は固まった。


 その隙をつくかのように、ユニコーンは全力で攻撃してくる。


「がおおおおおん!」

「りゃああああああああ!」


 フェムが大きく吠えてくれた。魔力の混じった吠え声だ。フェムの声でユニコーンは固まった。

 シギも同時に吠えてはいたが、たぶん効果はなかったと思う。


 ユニコーンは、すぐに俺への攻撃を再開する。ユニコーンの攻撃が止まったのは一瞬だけだ。

 だが、その一瞬は、俺が体勢を立て直すには充分だった。


「魔法の槍でも食らっとけ」


 突進をかわしつつ、魔法の槍をぶち込んでいく。

 フェムも一頭ずつ、ユニコーンを倒していった。フェムはとても楽そうだった。

 ユニコーンは、俺ばかりに攻撃しようとするので後ろから噛みつくだけで倒せるのだ。


 俺とフェムにかかればユニコーン10頭程度倒すのは容易い。

 5分と経たずに全頭倒し切った。


「りゃあ」

 シギはどこかやり遂げたような顔をしている。


「凶暴なユニコーンにもひるまず、勇気があって偉かったぞ」

「りゃ」

「だが、危ないから、今度からは大人しくておきなさい」

「りゃっりゃ」


 シギは街中などでは、ちゃんと懐の中で大人しくしているので偉い。

 それにユニコーンのような強い魔獣と対峙しても、ひるまない。

 とても勇気があって賢い。天才かもしれない。


 俺はすぐフェムに乗り移る。


「フェム。行くぞ」

『戦利品の回収はいいのだな?』


 戦利品回収は冒険者の本能だ。

 だが、いまは森の隠者を追うのが優先である。


「回収はいい」

「わふ」


 本能を理性で押さえつけ、ユニコーンの死体を放置して先へと進む。

 後ろ髪をひかれる思いだ。


『すぐに追いつくのだ』

「頼んだ」


 全力で走るフェムの背に乗りながら、ユニコーンについて考える。

 少し前に王都近くにユニコーンが出たと聞いた。

 そいつらはクルスたちが討伐したはずだ。


「ユニコーンってそれほどたくさんいるタイプの魔獣ではないはずなのだが」

「わふ?」

「フェム、さっきのユニコーンはゾンビだった?」


 フェムは噛みついて倒している。ゾンビだったら味と臭いでわかるはずだ。


『違うのだ』

「そうか。ありがとう」


 フェムは断言してくれる。ならばゾンビではないのだろう。

 ならば、今回のゾンビ化事件とは無関係なのだろうか。


「無関係な方が厄介かな?」

「わふ?」


 走っている途中、魔獣の死体が道のわきに転がっているのが見えた。

 斬撃で倒されている。

 死体はユニコーンではない。弱い魔獣だ。


「ルカだな」

「わふ」


 倒された魔獣は1匹ではない。結構な数が転がっていた。

 ここは森の中ではない。街道だ。しかも王都の近くである。


「魔獣多すぎるな」

『物騒なのだ』


 俺たちにも魔獣が襲い掛かってきた。弱い魔獣ばかりだ。

 倒しながら進んでいく。


「弱い魔獣が街道に近づくって何かあるな」

『街道より怖いものがいるのかも知れないのだ』


 普通、街道や人里に弱い魔獣は近づかない。人間を警戒しているからだ。

 だが、より恐ろしいものが後ろにいる場合、街道に近づいてきてもおかしくない。

 シギの親におびえて魔狼の森の方まで魔獣が逃げて来たようにだ。


『道から外れるのだ』


 フェムは一言つぶやいて、街道から森の中へと入っていく。

 こちらに森の隠者、ヴァリミエが向かったのだろう。


 しばらく進むと、ルカとヴィヴィ、モーフィが見えた。

 ルカたちは川を背にしてグレートドラゴンと対峙していた。

 すでに1体倒したようだ。だが、もう1体が空に浮かんでいる。

 そして、ルカたちの後ろには、他に3人冒険者がいた。結構重傷に見える。


「なるほど、それで足を止めたのか」


 川を背に追い詰められた冒険者を助けるために、ルカたちは回り込んだのだろう。


 ルカにとって、グレートドラゴンを無視して進むことは容易い。

 だが、無視して進めば冒険者たちは死んでしまう。


「それにしても、王都近くにグレートドラゴンとか……」


 冒険者ギルドの責任問題になりかねない。

 そんなことを考えていると、ルカが叫ぶ。


「はやく倒しちゃって。飛んでる相手は苦手なの」

「了解。魔法の槍でいいな」


 位置関係は、川、冒険者たち、ルカたち、グレートドラゴン、俺の配置だ。

 つまり俺はグレートドラゴンの背後に立っている。


 俺は魔法を練り上げる。

 魔力の気配を感じたのか、グレートドラゴンは振り返った。

 俺に向かって急降下してくる。

 魔法の槍で迎え撃つ。一本目で障壁を砕き、二本目で頭を貫いた。

 グレートドラゴンはそのまま地面に激突する。


「大丈夫か?」

「あたしたちはね。でも……」


 ルカは冒険者たちを振り返る。

 結構、重い傷を負っている。深い傷とやけどだ。ドラゴンの火炎の息を食らったのだろう。


 いまならまだ、森の隠者を追える。

 だが、冒険者たちを放置すれば、確実に死ぬだろう。

 考えるまでもない。


「王都に戻るぞ」

「そうね」


 ルカもうなずく。

 急いで冒険者をモーフィとフェムに乗せた。ルカも冒険者の一人を抱えて走り出す。


「うぅ……」

「安心しろ。すぐ助ける」


 うめく冒険者を励ましながら、王都へと走った。

 走りながら、フェムが言う。


『……グレートドラゴンはゾンビだったのだ』

「……そうか」


 ユニコーンも道中で襲ってきた魔獣たちもグレートドラゴンのゾンビから逃げて来たのかもしれない。


 俺はちらりとヴィヴィを見た。

 ヴィヴィは思いつめた表情でじっと前を見ていた。

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