俺は衛兵業務を切り上げて衛兵小屋へと戻った。
衛兵業務は特にすることもないし、ミレットに報告したので大丈夫だろう。
「大丈夫ですか? 私が付き添いますよ」
「大丈夫大丈夫。ありがとね」
ミレットの申し出を断って、俺は衛兵小屋内の温泉に向かった。
温泉は常にかけ流しなので、いつでも入れるのだ。とてもありがたい。
フェムとモーフィが付いてきてくれた。シギショアラは当然のように一緒だ。
俺は浴室に入ると、まず温泉に足を入れた。
「むう。ききますなぁ」
「もぅ?」「りゃあ?」
モーフィとシギショアラは心配そうだ。
ひざを温泉に入れたとき、少しマシになった気がした。ほんの少しだけである。
もしかしたら気のせいかもしれない。
『大丈夫なのだな?』
「たぶんな」
『昨日から急になにがあったのだ?』
フェムに尋ねられて俺は考える。特に心当たりがない。
ひざを酷使した覚えもない。
「なにもないはずだ」
『魔人との戦いで何かあった可能性もあるのだ』
「ふむ」
魔人は別に呪詛の言葉も、最後の攻撃も特にしてこなかった。
「やはり、魔人ではないと思う。もしかしたら季節かも」
『寒いと痛くなるのだな?』
「そうかもしれない」
よくわからないが、多分そうなのではないだろうか。
俺は痛む左ひざを撫でる。熱を持って拍動している。
まるで別の生き物みたいだ。
『ぐろいのだ。気持ち悪いのだぞ』
「否定できない」
フェムと会話をして気を紛らわせようとしたのだが難しい。
温泉に入れた直後は痛みがましになった気がしたのだが、今は痛みが増している気がする。
あついはずなのに、脂汗がだらだら流れる。
「もしかしたら温泉、効果ないかもしれない」
「もう!」「りゃあ」
『ならば出たほうがいいのだ』
「そうだな」
温泉から出ようとした俺は、これまでにない痛みに襲われ意識を失った。
ふと気が付くと、脱衣所の床に寝ていた。
「もっも」「りゃ」
モーフィが心配そうに俺のひざをぺろぺろしていた。
シギは心配そうにしつつ、俺の胸の上に乗っていた。
「すまん」
『気にしなくていいのだ』
「フェムとモーフィがここまで運んでくれたのか?」
『そうなのだ』
頼りになる狼と牛である。俺はモーフィとフェムを撫でまくった。
「ありがとう」
『ひざはどうなのだ?』
「少しましになった気も」
まだ痛い。だが、気を失うほどではない。
気を失った時が痛みのピークだったのだろう。
俺はフェムとモーフィに支えられ、脱衣所から食堂へと向かう。
「あ、アルさん大丈夫ですか?」
「無理をするからじゃぞ!」
すでにクルスとヴィヴィが帰宅していた。食堂の椅子に座っている。
「痛いが、我慢できないレベルではない」
「そうなんですか。うむー」
クルスは俺を椅子に座らせると、左ひざを調べ始めた。
「やっぱり怪しいですねー」
「怪しいの?」
「はい」
「怪しいってのはどういう?」
「なんといえばいいのかー」
怪しいとは何がどう怪しいのか。とても知りたいのだが、クルスは言語化できないようだ。
勇者独特の感覚なのかもしれない。
俺は気を取り直して、ヴィヴィに尋ねる。
「鉄はちゃんと買えた?」
「クルス一人ならともかく、わらわがついているのじゃ。心配するでない」
「えー、ぼくだけでも大丈夫だよー」
クルスは不満げだが、種イモ詐欺に引っかかった前科があるのだ。信用が低くても仕方がない。
クルスだけなら、鉄ではなく別の金属を買わされる可能性もある。
それはそれで面白そうだ。謎の金属で作るゴーレムというのも面白いかもしれない。
「ならば、今のうちにゴーレム作っておこうか。夕食までに二体ぐらいなら作れるかな」
「いやいやいや、何を言うのじゃ」
「む?」
「先ほど魔力を使いすぎたらひざが痛くなったのじゃろ。今日はゆっくりしておくがよい」
「昨晩は大して魔力を使ってないのに痛くなったし。魔力消費とは関係ないと思う」
「倒れたらどうするのじゃ」
「そうですよ、アルさん!」
ヴィヴィもクルスも心配そうだ。
大丈夫だと安心させようとしたとき、獣たちが言う。
『さっき風呂で倒れたのだ』
『たおれた』「りゃっりゃ!」
ヴィヴィに、睨まれた。クルスは「はわわ」とか言っている。
「なんじゃと! もう今日は寝ておくがいいのじゃ」
「そうはいっても……」
「言い訳するでないのじゃ!」
ヴィヴィに強引に自室へと連れていかれた。
「りゃあ……」
シギは本当に心配そうに、ずっと俺にしがみついている。
「シギ、心配させてごめんな」
「りゃ」
フェムとモーフィとクルスも部屋についてきた。心配してくれているのだろう。
俺をベッドに寝かせて、ヴィヴィが言う。
「尿路結石レベルの痛さなのであろ? 痛さで死んでしまったらどうするのじゃ」
「ヴィヴィ、尿路結石わかるの?」
「わらわはなったことはない。だが、森のオークが呻きながら、うずくまっていたのじゃ。全く動けていなかったのじゃ」
「まじか」
オークは二足歩行で体の大きい強い魔獣だ。痛みに鈍いのが特徴である。
そのオークが動けなくなるというのは大変なことだ。
それでも痛みで死ぬということはないと思う。
それにしても、ヴァリミエはオークとも仲がいいのか。驚いた。
グレートドラゴンとも仲がいいのは、ドービィを見たので知っていたのだが。
ミレットも、心配した様子で部屋に来た。
「アルさん。よく眠れるお薬です」
「ありがとう」
薬を飲んで、俺は眠りについた。
俺が眠りにつくまで、クルスがずっとひざを撫でてくれていた。