陳情に来た村人が帰ると、クルスは鼻息を荒くした。
どや顔でこちらを見てくる。
「どうですか、アルさん!」
「おお、よかったと思うぞ」
「えへへ」
クルスは照れていた。
ヴィヴィがモーフィを撫でながら言う。
「クルスは陳情の対応うまいのじゃな」
「そうかな? えへへ」
クルスは特殊な育ち方をしてはいるが、庶民出身だ。
だから庶民相手の陳情の対応などはうまいのかもしれない。
この前の、代官補佐に対する訓示も大したものだった。
もしかしてクルスは領主向けの人材なのかもしれない。
「もっもー」
モーフィもヴィヴィに同意するように鳴く。
それが嬉しかったのか、クルスはモーフィを撫でにいく。
「モーフィえらいねー」
「もにゅもにゅ」
撫でに行ったクルスの右手を、素早くモーフィは咥えた。
右手を咥えさせたまま、クルスは左手でモーフィを撫でまくる。
「もう、モーフィはすぐ手を咥えるんだからー」
「もっもにゅ」
「りゃありゃあ」
シギショアラも楽しそうだと思ったのか、クルスのところに飛んでいく。
クルスの肩に乗って髪の毛の中にもぐろうとする。
それからクルスの口を無理やり開けさせ、口の中に手を突っ込んでいる。
「ふぉっふぉ、ふぃふぃ、ふゅふぃふぁふぁふぇふぇ」
さすがに何を言っているかわからない。
口を無理やり開けさせられて、舌をつかまれている。仕方ない。
きっと、「ちょっとシギ、口はやめて」とか言っているのだろう。
「クルスは大人気じゃな」
「ふぇふぇふぇー」
なぜかクルスは照れていた。
あまりにやりすぎだと思うので、シギをクルスから離して机に乗せる。
「りゃ?」
「人の口をいじったり、舌をつかんではいけません」
「りゃあ」
これも大事な躾けである。見知らぬ人の舌をつかみに行く子になっては困る。
一方、フェムは俺の手を鼻先で下から突っついていた。まるで俺の手を自分の頭の上に乗せようとしているようだ。
とりあえず、無言で俺はフェムの頭を撫でておいた。
「わふぅ」
フェムが気持ちよさそうに鳴く。尻尾もぶんぶん揺れている。
そこに代官が帰ってきた。クルスが笑顔で出迎える。
「あ、おかえりなさい。早かったですね」
「はい。それにしても便利ですね。転移魔法陣を二つくぐれば、すぐ王都とは」
「いつでも使っていいですけど、一応内緒ですよー」
「はい、心得ております」
王都の転移魔法陣は、クルスの館にある。
そろそろ、魔法陣部屋には防御魔法陣を描いたほうがいいかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、クルスは代官に向かって不安そうに尋ねる。
「ところで、代官代行やってくれそうな人は見つかりましたか?」
「なんとか見つかりそうです」
「それはよかったです」
クルスは安心したようだ。
だが俺はまだ不安である。
「どのような方ですか?」
「はい、子爵閣下。内務省を引退したばかりの方なのですが、責任感の強い立派な方です」
代官がそういうのならば、ひとまず安心である。
クルス領の行政の正常化まではまだ少しかかりそうだ。
だが、正常化への目途はついたのかもしれない。
クルスと代官は真剣な表情で、代官代理人事や代官補佐業務について話し合いはじめた。
その間、俺とヴィヴィは獣たちを撫でながら過ごした。
日がそろそろ沈みそうになったころ、やっと話し合いは終わった。
「それじゃあ。代官お願いね」
「お任せください」
深々と礼をする代官に見送られて、俺たちはムルグ村へと戻った。
ムルグ村の転移魔法陣を設置してある部屋に到着する。
そこで俺は切り出した。
「クルス。ヴィヴィ。転移魔法陣の防犯を考えよう」
「防犯ですか?」
「ふむ? つまりどういうことじゃ?」
「悪い人に勝手に利用されたら困るだろ? 防御魔法陣で魔法陣の部屋を固めたりゴーレムを配置したらいいと思って」
「それもそうじゃな」
「たしかに」
ヴィヴィとクルスは納得してくれた。
早速、転移魔法陣を通って、王都のクルスの屋敷に向かう。
クルスの屋敷についたヴィヴィは、壁を調べながら言う。
「クルスの屋敷には、すでに防御魔法陣を刻んであるのじゃな?」
「うん。そうだよー」
「でも、脆弱なのじゃ」
「そうなの? 結構高かったんだけどー」
「わらわに任せるのじゃ」
素早くヴィヴィが魔法陣を刻んでいく。
クルスの館の使用人は、ヴィヴィを見ても慌てない。慣れたものである。
ムルグ村に帰る途中のルカが通りかかった。
「あら。アルたちじゃない。どうしたの? こんなところで」
「うむ。転移魔法陣の部屋と、クルスの屋敷の防犯を考えようということになってな」
「なるほど、確かに大事ね」
ヴィヴィは手慣れたものである。防御魔法陣をてきぱき描いて行っている。
俺も負けてはいられない。
「俺はゴーレムを作ろう」
「あまり大きいのは作らないほうがいいわよ?」
「わかってるって。室内だしな」
魔法の鞄からオリハルコンを取り出すと、成型する。
大きさは小さめだ。ヴィヴィより一回り小さいぐらいの人型を作った。
それをみてルカが言う。
「小さくてかわいいわね」
「そうだろう、そうだろう。あとは動かすための魔法陣を刻まねば」
素早い動きと耐久力、そして攻撃力を兼ね備えたゴーレムを作らねばならない。
自分なりに満足のいくゴーレムができた。
「完成だ」
「これどういう判断で攻撃開始するの?」
「……それは考えてなかった」
「じゃあ、ダメじゃないの」
「たしかに……」
ルカの指摘のとおりである。
一番簡単なのは動くものを攻撃する方式だ。その場合、ルカたちも攻撃されてしまう。
少なくとも敵味方を識別する機能がないと困る。
「そうなると、かなり複雑になるな……」
この場で構築するのは難しい。
そんなことを考えていると、魔法陣部屋の外からシギの声が聞こえてきた。
「りゃっりゃー」
「もう、シギちゃんスカートを引っ張ったらだめなのだわ」
部屋の外をみると、シギがユリーナのスカートを引っ張って遊んでいた。
ユリーナもムルグ村に帰るためにここを通ったのだろう。
「シギ。スカートをめくってはいけません」
「りゃ?」
なんで? シギの目はそう言っている気がした。
「スカートをめくったら下着が見えちゃうでしょ?」
「りゃ?」
それでも、シギはなぜダメなのかわかっていないようだ。
基本全裸の、古代竜に羞恥心について教えるのは難しい。
そこにクルスがヴァリミエを連れてやってきた。
「あのねシギちゃん。スカートの中には見られたくないものがあるんだよ」
「りゃあ?」
「隠し武器とか」
「りゃ!」
やっと、シギは納得したようだった。
ひとまずスカートをめくってはいけないということを学べたのならいいと思う。
ヴァリミエが言う。
「クルスに呼ばれてきたのじゃが……防犯対策をしておるそうじゃな?」
「そうそう。いまヴィヴィが防御魔法陣を描いてくれているんだ」
「ムルグ村の倉庫にはすでに防御魔法陣は描いておるのじゃったな?」
「うん、リンドバルの森の方は?」
「もちろん、ばっちりじゃぞ」
そう答えた後ヴァリミエは考える。
「そうじゃなー。一ついい方法が思いついたからわらわに任せるのじゃ」
「それはいいけど……」
「ふふん。明後日ぐらいにはできるからのう。見て驚くがよいのじゃ」
ヴァリミエは自信ありげにそういった。