死神の使徒ならば、ひざの呪いを解除できる。
そして、死神の使徒の居場所はティミショアラならわかるらしい。
ユリーナが不安そうに言う。
「だけど、死神っていわゆる邪神なのだわ。その使徒が協力してくれるとは思わないのだけど」
「一筋縄ではいかなさそうね」
ルカもユリーナに同意する。
「話せばわかってくれますよー」
クルスは前向きだ。
能天気が過ぎる気がする。すんなり協力してくれるとは思えない。
戦闘は免れないだろうし、戦闘ともなれば、魔王クラスに強いのだろう。
だが、ティミショアラは真面目な顔で言う。
「邪神というがな。それは人が勝手にそう呼んでいるだけだろう」
「でも、死をつかさどる神だし、ゾンビにしたりとかするのだわ」
「神は人とは文字通り次元が違う。人の正邪の範囲で考えると判断を誤るぞ?」
ティミは古代竜(エンシェントドラゴン)である。もっとも神に近い生物種だ。
そのティミがいうと、説得力がある。
だが、ゾンビの技法を考えた暗黒魔導士は死神の使徒だったと言われている。
だから警戒するのは当然のことだ。
ティミは語りながら、優しくシギショアラを撫でている。
「りゃむっりゃむ!」
シギはティミの指をあまがみしていた。甘えているのだ。
そんなシギを見ていると神に近い生物には、とても見えない。
「生物は必ず死ぬ。それ自体に邪悪も正義もない。そうであろ?」
「確かにそれはそうなのだけど……」
ティミの言葉を聞いても、ルカは釈然としない感じだ。
だが、生物が死ぬということは、自然の摂理であって、邪悪とかそういう次元の話ではない。
それは確かにそうである。
「確かに、ティミの言うとおりだな」
「さすがはアルラ。理解がはやいな」
「そうはいっても、ゾンビ化の術をつかさどるのだから、死神が邪神でいいと思うのだわ」
「ゾンビは不死のおぞましさを教えるためのものだぞ。神の教訓というやつだ」
「どういうこと?」
ティミが説明してくれる。
死神は不死の存在を許さない。それゆえ、死を超越しようとするものに罰を科した。
それがゾンビ化なのだという。
「でも、ゾンビって自分からなる感じじゃ無いでしょ? 無理やりゾンビにされたりして……」
「神の術を悪用する奴はいくらでもいる。魔の神の魔術を虐殺に使うか、農業に使うか、それは使うもの次第だ」
「そうだけど……」
「悪用されたのなら、何とかしようと思ってくれてもいいのだわ」
「大きな勘違いをしているようだな。基本、神は地上にあまり興味がない。不死者の数が十倍になったりすれば動くだろうが……」
それはそうかもしれない。魔王を倒しても魔神が動いた気配はない。
それどころか、魔王を倒すために、俺は魔法を利用した。それに何ら制約などなかった。
自分が加護を与えた使徒に興味すらないように思える。
そこまで考えて思い出す。
魔王は魔神の加護を喪っていたかもしれないという可能性があるのだ。
もしかしたら、それ故に死神の使徒の眷属になったのかもしれない。
「もにゅっもにゅ」
真剣に考えていると、モーフィが俺の指をハムハムしはじめた。
モーフィの頭を撫でながら考える。
モーフィはゾンビにはなっていない。だがスケルトンにはなった。
これは死神的には許されることなのだろうか。
聖獣になったということは、聖神的にはありなんだろうとは思う。
俺がそんなことを考えていると、ルカがティミに尋ねた。
「ところで、死王の居場所ってどうやったらわかるの?」
「そういう宝具が大公の宝物庫にある。宝物庫の鍵でもある玉璽を託されたアルフレッドラなら自由に使って構わぬであろう」
「便利なのね」
「元々は竜王を探すための宝具だ。おまけの機能で他の神の使徒も探せるというだけのこと」
「竜王?」
「うむ。竜神の加護を受けた、竜神の使徒が竜王だ」
「大公より偉いの?」
「偉いし強いぞ。竜王が現れたことを知れば、大公は急いで駆けつけて忠誠を誓うのだ。そして、古代竜全員に公布するのだ」
「随分と大掛かりなんだな」
「竜王は古代竜全員の王なのだから当然だ。まあ、最近……、ここ千年ぐらいは空位なのだが」
魔獣学会的には新事実だったのだろう。
ルカは目を輝かせて素早くメモを取っていた。
それにしても、千年を最近と言ってしまう古代竜の時間感覚がすごい。
どうやら、古代竜の王は神が選ぶらしい。
「神に選ばれた王ってすごいな」
「普通だと思うが。王権神授って聞いたことないか?」
「王の地位は神から与えられるってやつ?」
「そうだ。人族の王たちも、昔は文字通り神から与えられるものだったのだろう?」
ティミの言葉を聞いてルカが深くうなずいた。
ルカは神代文字の学者でもあるのだ。
「確かに神代から古代にかけては神が王を選んでいたわね」
「うむ。聖神の使徒たる聖王、魔神の使徒である魔王、死神の使徒である死王、そして竜神の使徒である竜王などだ」
「クルスは聖王ってことか」
「今の人間界では、クルスに王を名乗らせるわけにはいかない。だから勇者と呼んでいるだけだろう」
「えへへ」
クルスはなぜか照れていた。
俺はヴィヴィとヴァリミエに向かって尋ねる。
「魔王ってのはどうやって選ばれるの?」
「基本強いものが名乗るのものじゃ」
答えてくれたのはヴァリミエだ。
「魔神の使徒に限らないってこと?」
「そうじゃ。自称も多い。複数の魔王が名乗りを上げることもあるのじゃ。だが魔神の使徒が現れたらそいつだけになるのじゃ」
「魔神の使徒が優先ってことか?」
「優先というか、魔神の使徒は文字通り格が違う。段違いに強いのじゃ。反抗するものがいても、ねじ伏せられて終わりじゃ」
魔王はあくまでも強い者優先らしい。
フェムの鼻息が荒くなった。
『魔狼も同じなのだ。強いものが王になるのだ』
そういう価値観もわかりやすくていいのかもしれない。
「魔神の加護を喪った魔王が、地位を守るために死王の眷属になったりとかあり得ると思う?」
「あり得ないとはいわないのじゃ」
それを聞いていたティミが何でもないことのように言う。
「そりゃあるだろう」
「ティミには確信があるんだな」
「うむ。強くない魔王など下克上されて終わりだ。そして下克上されれば確実に命はない。あらゆる手段を使うだろ」
「仮に魔王が魔神の使徒じゃなくなっていたとして、理由になりそうなことってあるかな?」
「わからん。神の意志、思考を推測しようとするのがまず無理だ」
「そんなもんかね」
「蟻に人の想いはわかるまい? それと同じく人に神の意志はわからない」
そんなもんかもしれないと思うと同時に、恐ろしい気にもなる。
得体のしれない何かがこの世界の背後にいるのだ。
「聖神の意思だって人にはわからぬ。今この瞬間、クルスが使徒じゃなくなったとしても、我は驚かないぞ」
「そうなんだ!」
クルスは若干嬉しそうだ。勇者であることがプレッシャーだったりするのだろうか。
あとで、相談に乗ってやろうと思う。
そんなクルスを見ながらルカが言う。
「クルスが聖王って、違和感がすごいわね」
「魔王に相対するものを勇者と呼んでいる方が、我は違和感を覚えるぞ」
確かに魔王と相対するものなら、聖王のほうがわかりやすい。
そのとき、クルスがいいこと思いだしたという顔になる。
「あ! 魔王が復活しているかもしれないって話がありましたよね!」
「そういえば、そんなこともあったな」
俺のひざの痛みが激しくなった時、そんな可能性を話し合った。
「神の使徒の居場所がわかるなら、魔王が復活していたらわかるのでは?」
「当然わかるぞ」
「古代竜の宝具すごい」
「当たり前だぞ」
ティミはこれまでにないほど、どや顔をしていた。
「とりあえず、シギの践祚もかねて極地にいこうか」
「りゃっりゃ!」
俺たちは、転移魔法陣を通って、極地に行くことに決まった。