ぶるぶるしているモーフィを見ても俺は慌てない。
フェムが魔天狼になった時に似ているからだ。
「どうしました? ……あ、モーフィ! モーフィ大丈夫!」
だが、クルスは慌てた。
俺は冷静に、モーフィの口から自分の手を取り出し、脈をとって呼吸を見る。
異常は見られない。
「特に異常はなさそうだぞ」
「いや、ブルブルしている時点で異常だと思います」
クルスの言い分も一理ある。
「わふ?」
「りゃあ?」
フェムとシギショアラも目を覚ました。
心配そうにモーフィの匂いを嗅いでいる。
「フェムが魔天狼になったときみたいに何らかの変化があったのかもしれない」
「そ、そうかもです」
「クルス、何か感じる?」
聖神の使徒であるクルスはこういう感覚が鋭い。
俺も魔神の使徒らしいのだが、クルスほど感覚が鋭くないのだ。
感覚の鋭さは、聖なる神の特殊能力なのかもしれない。
クルスはモーフィを念入りに調べる。
俺もモーフィを優しく撫でてやった。
そうしている間に、モーフィの震えは収まっていく。
「もふーもふぅ」
モーフィは寝息を立て始めた。いつもより寝言? が大きめな気もするが気のせいだろう。
再び静かに寝始めるのはフェムの時と同じである。ひとまずは安心だ。
「モーフィ。モーフィ」
「……もふっ?」
モーフィは目を覚ます。眠そうに眼をしょぼしょぼしている。
そして、周囲をきょろきょろ見回して首をかしげる。
「も?」
「モーフィ、なんかぶるぶるしていたぞ。大丈夫か?」
「もぅ」
モーフィには覚えがないようだ。
モーフィを調べていたクルスが腕を組む。
「……魔牛」
「も?」
「クルス、魔牛ってなんだ?」
魔牛。魔獣の牛のことを魔牛と呼んだりもする。
魔獣の猪のことを魔猪と呼ぶようなものだ。
クルスはモーフィが魔獣の牛になったと考えているのだろうか。
「えっとですね。モーフィは聖獣だったわけですよね」
「そうだな。スケルトンだったのをクルスが聖別して聖獣になったんだな」
「はい。でもモーフィから魔の力を感じますね!」
ちなみに、例外はあるが、一般的に聖獣より魔獣の方が格は低いのだ。
もし、モーフィが魔獣になってしまったのなら、弱体化である。
可哀そうだ。
「まじか……聖獣ではなくなってしまったのか」
「も?」
モーフィはよくわかってなさそうだ。
可哀そうになって、俺はモーフィをぎゅっと抱きしめる。
「もっも」
モーフィは嬉しそうに、俺の顔をぺろぺろ舐めてくれた。
魔王たる俺の手をはむはむしすぎたせいで魔獣になってしまったのだろうか。
「俺が、はむはむを許さなければ……」
「も?」
俺の後悔など意に介さず、モーフィはさりげなく俺の手を咥える。
「もっにゅ、もっにゅ」
「……もう手遅れだもんな。いくらでもはむはむしていいぞ」
魔獣になる前ならはむはむを止める意味もあっただろう。
だが、もう魔獣になってしまったのだ。今更止めても意味はない。
ならば、思う存分はむはむさせてやるべきだ。
「俺の手をハムハムしたばっかりに、モーフィが魔獣になってしまった……」
「アルさん。なに言ってるんですか?」
「なにって、モーフィが魔獣になったんだろう?」
「もにゅもにゅ」
モーフィはクルスと俺を見ながら、もにゅもにゅしている。
フェムは心配そうにモーフィの背中辺りを舐めていた。毛づくろいだろう。
シギはちっちゃな手で、モーフィの頭を撫でている。
「アルさん……。聖獣が魔獣になるわけないじゃないですか」
クルスが呆れたように言う。普通に考えたらその通りだ。
だが、聖魔に限らず、神の加護というのは普通ではないのだ。
「……モーフィは魔獣じゃないの?」
「聖獣のままですよ?」
「そうなのか」
ならば、はむはむさせないほうがいいかも知れない。
俺はさりげなくモーフィの口から手を抜き出す。
「もぅ!」
モーフィは抗議の声を上げた。
俺はクルスの手を取ると、モーフィの鼻先にもっていく。
「俺の手は体に悪いかもだからな。はむはむするならクルスの手にしときなさい」
「……もぅ」
モーフィは少しがっかりしたように見えた。
仕方ないなーといった感じで、クルスの手をハムハムし始める。
クルスは大人しくモーフィに手を咥えさせている。
「アルさんの手は、別に体に悪くないと思いますよ」
「でも魔王だし。魔獣になったら困るからな」
「アルさんの手を咥えたぐらいで魔獣になったりしませんよー」
「そうかな。でもモーフィから魔の力を感じるようになったんでしょ?」
「そうです。だから魔牛です」
ちょっと意味が分からない。
魔牛といえば、魔獣の牛のことである。
「聖別された獣だから聖獣ですよね? 加えて魔別されたから魔牛です」
「……魔別」
初めて聞く言葉である。クルスは意外と博識だったのかもしれない。
「ぼくがいま考えました! 魔牛も魔別も」
「ああ、そう」
別に博識ではなかったようだ。
「モーフィは単純に聖なる力と魔の力を持つ牛になったんですよー」
「なるほど?」
「魔の神の眷属にして聖の神の眷属ですよ! すごいです」
「もっ?」
モーフィは相変わらず、クルスの手を咥えている。
「ほら。モーフィの角も少し大きくなってるし」
「そう言われたらそんな気もする……」
言われなければ気づかない程度の変化である。
全身が白くなったフェムほどの変化ではない。
クルスは、モーフィを撫でながらつぶやく。
「聖と魔が合わさり最強に見える……」
「もっもー」
「最強の牛と化したモーフィ」
「もっ?」
そしてクルスは俺を見る。
「だから、アルさんの手は体に悪いわけではないです!」
クルスは前のめりになる。息がかかるほど顔が近い。
「そ、そうなのか。そうならよかった」
「はい! だからこんなこともできます!」
クルスは俺の手をつかむと、指をぱくっと口に入れた。
さすがの俺もドン引きである。
「クルス、さすがに汚いぞ」
「汚くないです!」
クルスはそういうが、俺はクルスの口から指を取り除く。
「聖と魔の力が合わさって最強に見えるモーフィは……」
クルスは俺の顔をじっと見た。
「モーフィは、ぼくとアルさんの子供みたいなものですね!」
「子供?」
「はい。二人で慈しみ育てた……つまりは愛の結晶……」
「いや、それは違うのではないだろうか。」
絶対クルスは愛の結晶の意味が分かってない。
その時、部屋の扉の方から声をかけられた。
「ちょっと。一体何の話をしているのだわ?」
「あ、ユリーナ」
「騒がしいと思って来てみたら……愛の結晶ってなんなのだわ?」
「ぼくとアルさんの子供の……」
「はぁ?」
クルスが笑顔でそんなことを言う。モーフィは子供のようなものだと言いたいのだろう。
ユリーナの目が怒りに染まった。
「ぼくとアルさんの二人の愛の結晶が育ったんだ!」
そんなことを言いながら、クルスは俺の指を咥えた。
凄い速さでユリーナがとびかかってくる。ヒーラーとは思えない身のこなしだ。
「どらぁ!」
「うわぁ!」
ユリーナは俺の指をクルスの口から引き抜く。
「アル! あんた何させてるのだわ!」
「いや、俺がさせたわけでは……」
「むきーー」
俺は、怒るユリーナをなだめることに尽力する。
そうこうしているうちに、ヴィヴィやルカ、ミレットまでやってきた。
クルスのお腹に注目するユリーナたちに、モーフィの変化について説明するのに時間を要した。