帰ろうとする俺たちを司祭は引き留める。
「とっくに日もくれましたし、どうぞ泊まっていってください」
ムルグ村までフェムたちが急いで3時間弱かかる。
急ぎでもないのに、夜道を走りたくはない。
それに司祭もチェルノボクとの別れも惜しみたいだろう。
そう考えて、泊まらせてもらうことにした。
「アルフレッドラさまのお部屋はこちらです」
「ありがとうございます」
「ヴィヴィさまのお部屋は——」
なんと一人一部屋与えられるようだ。
よく考えたら普通のことなのだが、どうしても贅沢な気がしてしまう。
「モーフィさまはこちらで」
「もっ!」
『不要なのだ』
なんともふもふたちにも、一部屋用意されているらしい。
だが、モーフィもフェムも部屋はいらないという。
そしてフェムもモーフィも俺の部屋に入ろうとしてくる。
「ベッド狭いけどいいのか?」
『気にしないのだ』
「もっも!」
だが、ヴィヴィがモーフィの首に抱きついた。
「モーフィはわらわと一緒なのじゃ!」
「も?」
それでもいいよ? という感じでモーフィはヴィヴィの部屋に向かった。
ヴィヴィがモーフィと一緒に部屋の中に入った後、クルスがやってくる。
「今日はいっぱい体動かしましたねー」
「そうだな」
「早めに寝て、朝から村に向かって走りましょうか」
「それでいいぞ……、だがクルス」
「なんですか?」
「どうして俺のベッドに?」
クルスは俺の部屋のベッドに自然な動作で入っていった。
油断も隙も無い。
フェムも気にした様子もなく、ベッドに横になっている。
「知らないところで一人で寝るのって心細くて」
「絶対嘘だ」
「嘘じゃないですよー」
一緒に寝るのはかまわない。だが、衛兵小屋にある俺のベッドではないのだ。
俺の寝るスペースが狭い。
「二人と一頭だと狭くないかな?」
『このままだと、アルが床で寝る羽目になるのだ』
「なんでまず俺が床なんだよ……」
フェムはふわあと大きなあくびをする。
「仕方ないですねー、フェムちゃん、もっと詰めて」
『仕方ないのだなー』
そんなことを言いながらスペースを作ってくれた。
それでも狭い。だが、気にしない。
冒険者はもっと過酷な場所で寝るのが普通なのだ。
俺がシギと一緒にベッドに入ると、クルスがひざを触ってきた。
「ひざ、調子どうですか? 魔法結構使ってましたけど」
「調子がいいぞ。少し痛い程度だ」
「やはり前死王討伐とチェルちゃんの解呪の効果ですかね」
「だとおもうぞ」
クルスはひざを撫でてくれる。シギも一緒に撫でてくれている。
シギは可愛いだけでなく、優しい。
「ひざが治ったら、一線に復帰するんですか?」
「いやー。もともと魔王を倒したら隠居する予定だったからな」
二十年ぐらい冒険者として死線を潜り抜け続けたのだ。
休んでも罰は当たるまい。ずっとそう思っていた。
「それに、魔王になったから表立ってうごくのもな」
「なるほどー」
クルスは俺のひざの治療のため、ずっと付き添ってくれていた。
ものすごく世話になったと思う。
「クルス。ありがとうな」
「なにがですか?」
「ひざの石の成長を抑えるために、ずっとそばに居てくれただろ?」
「いえいえ、ぼくも楽しいですから!」
無事に石の成長がなくなった。ということは俺に付き添う必要もなくなったのだ。
クルスは勇者業に復帰するのだろうか。
「……なあ、クルス。仕事に……」
「くかーー」
クルスはもう寝ていた。フェムを抱きしめている。
そんなクルスの頭をシギが優しくなでていた。
「……わふ」
少し困った顔をしてフェムがこちらを見てくる。
なのでがんばれという視線を送ってから、俺は寝た。
◇◇◇◇
次の日、俺たちは朝食をいただいてから帰ることになった。
朝食後、全員がヴィヴィの部屋に呼び出された。
「これを見るのじゃ」
「ぴぎ?」
「これは一体なんでしょうか?」
チェルノボクと司祭は何かわかっていない。
だが、俺たちにはすぐわかった。転移魔法陣だ。
「これはじゃな……」
ヴィヴィが丁寧に説明していく。勝手に設置して怒られないだろうか。
「ヴィヴィ、勝手に設置して……」
「いえ! とても嬉しいです!」
「そうであろそうであろ。この部屋自体にも防御魔法陣をしっかりかけておいたのじゃぞ」
ヴィヴィは胸を張る。
チェルノボクはふるふる震えた。何かしゃべりたいのかもしれない。
念話を使えるようにする。
『ありがとー』
「とてもありがたいことです」
「セキュリティの関係があるからのう。司祭殿がすぐにこっちに来れるわけではないのじゃが……」
「それでもありがたいことです」
司祭が転移魔法陣を使えるようにするには、セキュリティ登録しなければならない。
そのためには、こちらからセキュリティ端末を教団へ運ぶ必要がある。
内緒であることや、セキュリティの説明などをすませる。
司祭は真剣な顔で聞いていた。
それから帰る準備をする。
準備を終えた俺たちに司祭はチェルノボクを手渡してきた。
受け取ったのはクルスである。
「チェルちゃん、よろしくねー」
「ぴぎー」
「主上をどうかよろしくお願いいたします」
「はい。お任せください」
司祭はとても名残惜しそうだ。
そんな司祭に向けてヴィヴィが言う。
「村に着いたら、転移魔法陣を設置するから、来ようと思えばすぐに来れるのじゃ」
「そうですね。それなら寂しくないです」
「ぴっぴぎ!」
司祭をおいて、俺たちは帰路につく。
司祭はずっと頭を下げ続けていた。死神教団は司祭がいれば、きっと大丈夫だろう。
ムルグ村への帰路をフェムたちは高速で走っていく。
昨日はたくさん走ってもらった。
ムルグ村から教団への往路。
ドラゴンゾンビ退治の裏山登り。前死王のアジトへの移動。
加えて戦闘時の機動も激しかった。
「昨日はいっぱい走ってもらったけど……大丈夫? 疲れてない?」
『一日眠ったから余裕なのだ。フェムは魔狼王なのだぞ』
「もっもう!」
フェムとモーフィは元気だ。さすがである。
体力が馬の比ではない。
「ありがとう。でも絶対無理はするなよ? 急ぎではないから」
「もう!」
『わかっているのだ!』
そして俺はクルスを見た。
クルスは肩にチェルノボクを乗せて走っている。
「クルスも大丈夫?」
「大丈夫ですよー。最近運動不足気味だったので気持ちいいです」
「クルスも無理するなよ」
「はーい」
「りゃっりゃー」
シギショアラも元気だ。
シギは高速移動中は、いつも大体ご機嫌なのだ。
俺は走りながら、クルスの肩に乗るチェルノボクを見る。
スライムの感情は、見た目ではよくわからない。
俺は念話を使えるようにしてからチェルノボクに語り掛ける。
「チェル」
『どうしたの?』
「念話の練習してみよう」
『できるかなー』
『教えてやるのだぞ』
「多分できると思うぞ、難しい魔法じゃないしな」
『がんばるー』
それからは念話の練習をしながら、ムルグ村へと走った。