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210 クルスの考え

 ティミショアラはクルスが臨時補佐に下した処分が気に入らなかったようだ。

 ティミの気持ちもわからなくもない。臨時補佐のまま、労働するだけなのだ。


 不服そうにティミがクルスに尋ねる。


「どうして、解任しなかったんだ?」

「領主裁判権が及ばないからだよ」

「あれであろ? その宗秩寮そうちつりょうに持ち込まないと行けなくて大変ってことだろう?」

「それもあるけど」

「手間を惜しんではいけないと思うのだぞ」


 ティミはやっぱり不服そうだ。

 そんなティミに、俺は補足する。


「実質的な懲役刑だからな。別に軽いわけじゃない」

「ふむ?」

「宗秩寮に訴えて処分してもらうとしても、長い裁判の後、臨時補佐自身は懲役刑になるだろう」


 男爵家自体がおとり潰しになる可能性は高いが、臨時補佐本人は懲役刑どまりだ。


「そういうものか?」

「なら、その懲役を労働力として村づくりに役立てたほうがいいだろう」


 それを聞いて、ユリーナがクルスをほめる。

 まだ、ユリーナは俺と腕を組んだままだ。


「クルスはそこまで考えていたのね!」

「いや、まあ……」


 クルスは少し歯切れが悪い。

 もしかしたら、そこまで考えてなかったのかもしれない。

 俺はクルスに尋ねてみる。


「クルスはどういう狙いで、解任しなかったんだ?」

「えっと、男爵家と宗秩寮で争うことになったら……代官代行を選んだ、代官の顔をつぶしちゃうかなって思って」

「確かにそうなるな」

「そうなったら、新しく代官とか雇うの大変になっちゃうと思いまして」


 クルスはかなり高度な判断をしていたようだ。

 代官も、そして臨時補佐の父である代官代行も元内務省の高級官僚である。

 代官を雇うためには、内務省の人脈を利用するしかない。


 宗秩寮で男爵家と争うということは、内務省人脈を敵に回すということだ。

 今後、クルスが内務省人脈を利用することが難しくなる。


「男爵家の名誉とか体面に配慮しないといけませんから」


 そう言ってクルスは笑う。


「クルス、結構考えているんだな」

「えへへ」

「さすがクルスね!」


 ティミも納得したようにうんうんと頷く。


「そうであったか。複雑なのだな」

「りゃっりゃぁ」


 シギもうんうんと頷いていた。勉強になったに違いない。


「だが、クルスよ。まだわからないことがあるのだが」

「なに?」

「宗秩寮に持ち込みたくないのはわかった。だが、解任して労働させればいいのではないか?」

「解任したら、クルスの配下じゃなくなるから、命令権がなくなる」

「そういうものなのか」

「臨時補佐はクルス領の人間でも、伯爵家の人間でもないからな」


 他家である男爵家の人間だ。そして中年は男爵家の家人である。

 いくらクルスの爵位の方が上位であっても、クルスに命令権はない。

 解任したら、父である男爵のもとに帰ることになる。


 俺はティミに補足説明をする。


「息子を解任しないことによって、恩も売れる」

「男爵と、内務省人脈ってやつにか?」

「そういうことだ。これからもお世話になるだろうし、恩は売っておいて損はない」

「大変なのだな」

「りゃあ」


 シギもうんうんと頷いていた。


 解任されることは当然、不名誉なことだ。

 やっていることが岩運びでも、臨時代官補佐のままならば、外部に醜聞は伝わらない。


 クルスが男爵家の名誉を守ってくれたことには、代官代行はすぐに気づく。

 そうなれば、男爵家は伯爵家に大きな借りを作ったことになるのだ。


 必ず男爵家は自らの手で臨時補佐を処罰することになる。

 廃嫡のうえ勘当し、平民に落とした後、改めて何らかの処分が与えられるだろう。

 当主自ら息子に処分を下すということが大切なのだ。

 そうなれば、我が子にも厳格な男爵閣下という評判になる。

 息子がろくでなしだったと知られても、男爵家の体面が大きく傷つくことはない。


「それにですね。民は甘やかしたらダメだとか言っていたじゃないですか」

「そういえば、そんなことも言っていたな」

「だから、民の労働ってものを体験してもらうのもいいかな? って」

「なるほど、考えたな」

「クルスは頭がいいわ!」


 ユリーナがクルスを褒める。

 クルスは照れながら、

「知りもしないで、みんなを馬鹿にした臨時補佐に腹が立っただけですけど」

 と言って笑った。


 その後、すぐにクルスは動き出す。

「じゃあ、ちょっとぼくは領主の館に行ってきますね!」


 領主の館とは、クルス領の政務が行われるところだ。

 今は臨時補佐の父親である代官代行が常駐している。


「代官代行に報告するのか」

「そうですそうです。一応言っておかないとですし」

「あ、私も行くわ。婚約お断りについて改めて言いたいし」


 ユリーナもついていくらしい。確かに、このタイミングなら断りやすかろう。


「そうか、がんばれよ」

「アル、あなたにも来てほしいのだわ」


 いまだ、俺と腕を組み続けているユリーナがそんなことを言う。


「なぜに?」

「恋人の振りしてくれるんでしょ?」

「恋人の振りも何も、今更関係なくないか?」

「そんなことないわ!」


 ユリーナは力強く断言した。

 よくわからないが、ユリーナがいうのならそうなのかもしれない。


「それなら協力するけど」

「ありがと」


 ユリーナは可愛らしい笑顔を見せる。


「りゃ!」


 シギがぱたぱた飛んで俺の肩に止まった。


「シギも行きたいのか?」

「りゃあ」

「そうか」


 作業服のシギショアラは可愛らしい。

 俺たちが魔法陣を通過するために、教団建物に向かい始める。

 ふと気づいたようにクルスが官僚に言う。


「あ、そうだ」

「閣下。どうされましたか?」

「書類作成とかお願いしても大丈夫かな? 臨時補佐は岩運びとか穴掘りとかで忙しくなるからね」

「承知いたしました」

「お願いしますね」


 その後、俺たちは領主の館に向かった。

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