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217 弟子入り志願

 謎の少女の出現に一番驚いたのはフェムだ。

 つまりフェムも気づいていなかったのだろう。

 フェムは魔狼王にして、魔天狼だ。俺よりも気配に敏感である。

 そのフェムが気づけなかったのだ。相当な手練れだ。


 フェムと同じぐらい気配に鋭いモーフィはどうだろうか。

 そう思って、モーフィを見ると特に何も驚いていなかった。


「えっと、どちら様でしょうか」


 そう尋ねながら、俺はシギを懐に入れる。

 フェムも子魔狼たちを背後にかばう。

 ミレット、コレットは、突然の来客にきょとんとしていた。

 そんなミレットとコレットをかばうようにして、ヴィヴィは身構える。


「もっもー」

「モ、モーフィ! 気を付けるのじゃ!」


 一方モーフィは少女にじゃれつきに行った。

 ヴィヴィは止めるが、モーフィは気にしない。


「な、なんなの、この牛は、どうしたのです?」

「もうも」


 少女はモーフィに体をこすりつけられて、困惑している。

 反応からして、特にモーフィと知り合いというわけではないらしい。

 困惑しながら、少女はモーフィを撫でている。

 モーフィはとても可愛いので当然の反応だ。


「ふへへ」

「もっ」


 モーフィを撫でているうちに、少女はモーフィの虜になったようだ。

 モーフィを撫でることに集中している。


「俺のことを知っているみたいだけど……。なにか御用ですか?」

「そ、そうだったのです! やっとみつけたのです。アルフレッド師匠!」

「え?」


 少女を弟子に取った覚えはない。

 弟子であるコレットとミレットも驚いたようだ。


「え? お弟子さんですか?」

「おっしゃん。コレットたち以外にも弟子いたの?」

「いや、弟子とした覚えが……というより、初対面だと思うぞ」


 念のために少女に尋ねる。


「あの、もし違ったら申し訳ないのですが、初対面ですよね?」

「初対面といえば、初対面ですが、実質初対面じゃないようなものなのです!」


 言っている意味が分からない。


「つまりどういうことだ?」

「説明させていただく前に、自己紹介が必要ですね。私はステラ。天才魔導士なのです」

「天才か。それはすごいな」


 過剰な自信は、戦闘時には油断を招く。

 だが、戦闘時以外なら、悪いことばかりではない。

 自分に自信がなければ、厳しい訓練に心が折れやすくなったりもするものだ。

 俺も、子供のころは自分のことを天才だと考えていた。

 この自信のある感じ、懐かしい気もする。


「で、俺の弟子だという理由を聞かせてくれ」

「はい。師匠」


 ステラは語り始める。

 ステラは俺の魔法の師匠の孫らしい。

 そして本来ステラの師匠となるべき少女の父は早くに亡くなってしまった。

 よって魔導士の系譜として、俺はステラを弟子に取る義務がある。

 そういう主張のようだ。


 ちなみに語っている間、ステラはずっとモーフィの頭を撫でていた。

 モーフィも嬉しそうに、ずっとステラに体をこすりつけている。


「なるほど。ステラのお父上も俺の師匠の弟子だったわけか」

「父は、アルフレッド師匠の兄弟子に当たるのです」

「弟子じゃないのだから、師匠と呼ぶのはやめてくれ」

「いえ、やめません」


 強情なようだ。

 それもまた悪いことばかりではない。魔導士には強情さも必要だ。

 だが、ミレットたちのように素直な方が伸びる場合もあるので一概には言えない。


 少女の主張は無理があるように聞こえるが、魔導士的には実は一理ある。

 魔導士は師弟関係を重視する。

 師から弟子にその魔術体系が引き継がれ発展していくと考えるのだ。


 だが、弟子が体系を引き継ぐ前に師が亡くなると、その体系は途切れてしまう。

 その場合、師の師、大師匠に教えを乞うことになる。

 大師匠が亡くなっている場合、師の兄弟弟子に教えを乞うのが魔導士の常識だ。

 ということで、師匠の弟弟子たる俺のもとに来たのだろう。


「なるほど。話は分かった。だが、初対面じゃないというのは……」

「王都での凱旋パレードで目が合いました」

「……それは初対面というべきだと思うぞ」


 王都の凱旋パレードとは魔王討伐記念のパレードだ。

 魔王ではなく、実は前魔王だったわけなのだが、公的には今も魔王である。


 凱旋パレードには数万人の王都民が集まっていた。

 目が合ったとしても、俺が覚えているわけがない。


「ほかに兄弟弟子はいないのか?」

「いないのです」

「なるほど。そうだったのか」


 俺の師匠は、故郷の村の魔導士だ。

 引退冒険者だった師匠は、俺に実践的な魔法を教えてくれた。

 俺の魔法に関する考え方に、今でも大きな影響を与えていると思う。


 師匠は俺が冒険者になる前に亡くなった。

 師匠に返せない恩は一門に対して返すべきだというのが魔導士の論理ではある。


 とはいえ。

「気が進まないんだよなー」

「なぜなのですか! 師匠」


 魔法技術全般に関して、俺は魔法を学び始めて五年で師を抜いた。

 師から免許皆伝を言い渡され、それからは独学である。

 冒険者になってからも自分の使いやすいように魔法をアレンジしまくっている。

 自分が師の魔法体系の正当なる継承者とは思えない。


「俺がステラの師としてふさわしいとは思えないんだよ」


 ステラは師の弟弟子である俺をわざわざ探し出したのだ。

 師から続く魔法体系を継承したいと考えているのは明白である。

 ならば、俺はふさわしくない。


 基礎ならば師匠の教えを思い出しながら教えることもできるだろう。

 だが、フェムと俺に気づかれずに接近したほどの力量だ。

 熟練の魔導士と言っていい。基礎は充分学んでいるはずだ。


「ステラの師として俺はふさわしくないと思うぞ」


 再び俺がそういうと、ステラは悔しそうにうつむいた。

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