小屋から出ると、ティミショアラはすぐ本来の巨大な姿に戻った。
クルスもルカもぴょんと跳んで背に乗った。
「アルラ、手を貸そうか?」
「いや、大丈夫だ」
ティミは前衛ではない俺を気遣ってくれる。
だが、俺も勇者パーティーの一員だった男だ。後衛だとしても多少は動ける。
痛くない右足で踏み切って、手でティミのひざ辺りをつかんで乗った。
そこから、さらに右足で飛んで背に飛び移る。
背に飛び乗る瞬間、少し滑ったが、手で鱗を掴んで事なきを得た。
その様子を見ていたルカが呆れたように言う。
「無理しないで魔法を使えばいいのに」
「それは、そうなのだが、たまには体を動かさないとな」
「まあ、そのほうが健康にはいいかもしれないわね」
そんなことを話しながら、俺は防風のための魔法障壁を張っていく。
加えて、ルカとクルス、俺の体の周囲に薄い空気の膜を形成した。
これで寒さはだいぶしのげるはずだ。
「アルさん、ありがとうございます!」
「ありがと。でも戦闘も控えてるのだから、温存気味でね」
「わかっているさ」
準備を終えるのを待ってくれていたのだろう。
ティミが口を開く。この吹雪の中でもよく通る声だ。
「もう、準備はよいか?」
「準備は完了だ。頼む」
「うむ」
静かにティミが上空へと浮かんでいく。
「りゃっりゃ!!」
シギショアラが俺の懐の中で元気に鳴いた。
やはり古代竜、赤ちゃんでも飛ぶのは好きなようだ。
ティミは空高くまでまっすぐ上がってから、横に移動し始める。
ムルグ村に配慮しているのだ。
しばらくはとてもゆっくりと飛んでいた。それから徐々に加速する。
とても速く飛んでも、振動はほとんどない。
俺の防風魔法の効果もあり、ティミの背の上だけは、とても静かだ。
周囲を真剣な表情で眺めていたルカが言う。
「上空から見ても、吹雪がすごすぎて何も見えないわね」
「そうだね。全然見えないね」
クルスもきょろきょろしているが、星の無い夜空に加えて激しい吹雪だ。
魔法の灯りに照らされて見える激しく降る雪以外は何も見えない。
「アルさんなら、何かわかりませんか?」
「あたしにはさっぱりだけど、アルなら精霊の気配とかわかるんじゃない?」
「元々、こういう時は周囲の精霊力が強すぎるからな。逆に判別しにくいんだよ」
荒天時は、精霊が具現化していなくても、精霊力が高くなっていることが多い。
精霊は自然の具現化と言われる所以である。
「そういうものなんですねー」
クルスは納得した様子でうんうんと頷いていた。
とはいえ、この場で精霊の気配を嗅ぎ取るのが一番うまいのは俺だろう。
判別しにくいとか言ってられない。
俺は本気で集中して、気配をうかがう。
「……確かに下の方には大量の具現化した精霊、ジャック・フロストがいるな」
「で、あろう? やはりアルラにもわかるか」
ティミは少し嬉しそうだ。
「いや、ティミに言われなかったら、気づかなかったかもしれない」
「そんなことはあるまい。今朝、我と一緒に空を飛んでいれば気づいたに違いないぞ」
そういって、ティミは機嫌よさそうに笑った。
「りゃりゃりゃあ」
シギも笑っているのか細かく鳴いた。
「とはいえ、大量のジャック・フロストがいることは、ティミに言われてわかっていたからな」
「うむ。問題は密度であるな」
発生源に近い方が、よりジャック・フロストが多いことは予想できる。
「ううむ。沢山いるのはわかるのだが、密度まではわからぬな。アルラはどうだ?」
「わかりにくいな。もう少しかかりそうだ」
「低空を飛んだらどうかしら?」
ルカの提案でティミは下降した。かなり低い位置まで降りたらしい。
たまに木々の先端にティミの足が当たっている。
「逆にわかりにくいか? もう少し上の方がよいであろう」
そういって、ティミはまた上昇する。
「いや、もう少し低空の方がよいかも知れぬ」
また下がる。ティミも感じ取りやすい高度を試行錯誤しているようだ。
「りゃっりゃ!」
上昇下降を繰り返したのが、シギは嬉しいらしい。
俺の懐の中で羽をバタバタさせて喜んでいる。
「さっぱりわからぬな。沢山いすぎであろう」
「大発生だねー」
ティミのうんざりしたような声に、クルスが暢気な調子で返した。
それからもティミは試行錯誤しながら、精霊の密度がわかりやすそうな高度を探す。
俺は無言で、精霊の気配を探るのに集中していた。
ティミがひと際、下降したときだった。
「おお?」
ティミが驚いたような声を出した後、氷弾が飛んできた。
「ジャック・フロストの精霊魔法ね!」
素早くルカが判断する。さすがは学者だ。
「なんの
「ティミ、それは待ってくれ」
「うむ。待つぞ。アルラに任せよう」
「ありがとう」
俺は氷弾を魔法障壁で防ぐ。
当然、俺たちにかけている空気の膜と防風の障壁は維持したままだ。
それから、氷弾の出所を察知して、魔力弾を撃ち込んだ。
吹雪が濃いため、ジャック・フロストを視認することはできない。
だが、手ごたえは感じる。
「さすがに一発では無理か」
俺は五発ほど連続で撃ち込む。
「Kisiiii」
不思議な声を出して、ジャック・フロストは消滅した。