「ぼくはステフちゃんに案内してもらって、魔導士ギルドに行ったんです」
「わかりにくかっただろう?」
「はい。ステフちゃんがいなかったら、迷っていたかもです」
魔導士ギルドは冒険者ギルドとは違う。一般人を顧客と想定していない。
だから貴族が多く住む閑静な住宅街の方にある。
その上、目立つ看板などもない。目立たない小さな看板があるだけだ。
「ぼくたちが魔導士ギルドの建物に入って受付で聞きたいことがあるって伝えたのですが……」
「そういうのはやっていないって断られてしまったのです」
「あのねぇ? ここを冒険者ギルドと間違えてないか? さっさと帰れ」
受付の口調を真似たのだろう。クルスが表情豊かに再現する。
それを聞いていた、ヴィヴィが言う。
「いけ好かない奴らじゃな!」
「ステフはギルドの一員だろ? ステフが応対してもダメだったのか?」
「……はい」
ステフはしょぼんとしている。
話しているうちにクルスは腹が立ってきたようだ。
ふんふんと鼻息が荒くなっていく。
「ステフちゃんが魔導士ギルドのカード見せたら、ものすごい失礼なことを言ったんです!」
「失礼なこと?」
「とても言えないです!」
ステフに対して、余程失礼なことを言ったらしい。
クルスは言うつもりはないらしい。
だが、ステフは言う。
「獣は会費だけ払って帰れって言われたのです」
「はあ? ぶっ殺してやるのじゃ!」
ヴィヴィがキレた。
「クルスはそれを聞いて、大人しく帰って来たのではないじゃろうな!」
「まさか! つい、受付の胸倉をつかんで持ち上げちゃった」
「それでよいぞ。もっとやってもいいぐらいじゃ」
ヴィヴィはうんうんと頷いている。
「それで、魔導士ギルドと喧嘩になったのか?」
「いえ、それがそうならなくてですね……」
「騒ぎになったことで、人が集まったのですが、それで魔導士ギルドのお偉いさんが、クルスさんに気づいたのです」
「めちゃくちゃ謝られました」
クルスは勇者のうえ、領地持ちの伯爵だ。
魔導士ギルドとしても、ないがしろにできない相手だ。
「気に食わぬ話じゃが、なぜそれで喧嘩になるのじゃ?」
「聞き込みしようとしたんですけど……」
「魔導士ギルドの偉い方は、クルスさんに魔導士を雇ってほしいみたいでした」
「まあ、クルス領のお抱え魔導士ともなれば、魔導士にとって名誉だからな」
大貴族は魔導士を抱えているのが普通だ。
クルスの伯爵という爵位はギリギリ大貴族の末席に入るかどうかだ。
だが、領地持ちとなると話は変わる。領地持ちの伯爵は明らかに大貴族だ。
大貴族にもかかわらず、魔導士を雇っていないクルスは新しい雇用先なのだ。
魔導士ギルドのお偉いさんは、クルスが魔導士を雇いに来たと考えたのかもしれない。
「雇う予定はないと言っているのに、便利だとか、災害時にも役立つとか言ってくるので、つい……」
「つい?」
「今ちょうど災害があったから、除雪できるなら雇ってもいいって言ったんですができないって言うし」
簡単な除雪なら大抵の魔導士は手助けできる。
だが、クルスの要求している除雪はそんなレベルではない。
街と街をつなぐ道、馬で一日とか言う距離を魔法で何とかしろというものだ。
普通の魔導士ならば、除雪を終わらせるまでに春になる。
「だから、雇うならこのステフちゃんを雇うから、紹介はいらないって言ったんですよ」
「私にも除雪は無理なのです」
「同じ無理ならステフちゃんの方がいいんだよー」
「その気持ちはわかる」
俺がそういうと、クルスもうなずく。
「そうですよね! でもお偉いさんがまた獣人がどうのって言いだしてー」
「謝罪したくせに、反省ゼロなのじゃ! 許せぬのじゃぞ」
「つい、あなたたちの魔導士よりうちの魔導士の方が強いぞ! って言ってやりましたよ!」
「でかしたのじゃ!」
クルスとヴィヴィが盛り上がっていた。
「気持ちはわかるが……」
俺は少し言いよどむ。
ステフに迷惑が掛からなければいいのだが。
「売り言葉に買い言葉で、……つい」
「もう一度言うが、気持ちはわかるぞ」
「ありがとうございます」
そして、クルスが俺の方を見て言う。
「で、ギルド側はそんなわけないとか言うので、じゃあ、強い魔導士を連れてきますよ! って言って戻ってきました」
「ふむ?」
「ごめんなさい! アルさん」
「あー。なるほど」
クルスは申し訳なさそうに頭を下げた。
そう言うことだったか。俺を連れて魔導士ギルドに行きたいということだろう。
会費を滞納しているので、顔を出しにくい。
とはいえ、弟子を馬鹿にされたままにしておくのも、気分がよくない。
「いいぞ。魔導士ギルドに顔をだそう」
「ありがとうございます!」
クルスが嬉しそうに言う。
ステフも頭を下げた。
「師匠。ご迷惑おかけします」
「いや、ちゃんと俺が魔導士ギルドの会費を払っていれば、何の問題もなかったんだ」
「そうじゃな。ちゃんと会費を払ってさえいれば、こうはなっておるまい」
ヴィヴィの言うとおりだ。
きっと、俺はそれなりの地位を与えられただろう。
冒険者魔導士なので、運営にかかわるような要職はどちらにしろ無理だったろう。
それでも、それなりの名誉職はもらえたはずだ。
名誉職でも多少の融通は利かせられたはずである。
「不甲斐ない師匠ですまぬな」
「いえ、とんでもないのです!」
ステフは恐縮しながら言った。
「対策を考えてみよう」
「アルさんなら対策とかいらないんじゃないですか?」
クルスが不思議そうに首を傾げた。