精霊石の販売をリンミア商会に委託してから、一週間が経った。
いつも、ユリーナは遅めに帰ってくる。
教会での業務を終えた後、リンミア商会に寄って報告をうけるからだ。
その日も、クルスやルカより遅めにユリーナは帰村した。
みんなのいる居間に入ると同時に、ユリーナは言う。
「アル、やっと買いたいって人が現れたのだわ」
「あの値段でも買いたいって言っているのか?」
「もちろん値下げ交渉はしてきているけど……。買いたいという意思は固いみたいなのだわ」
そう言いながら、ユリーナは暖炉の前へと行く。
「今日は一段と冷えるわね」
暖炉の前で体を温めていたクルスが、自分の隣を開けながら言う。
「買いたいって人は錬金術士さん?」
「違うのだわ。商人よ」
「そうなの? 商人さんが買っても、儲からない値段なんでしょう?」
ユリーナの父が値付けを誤っていない限り、クルスの言うとおりだ。
転売して儲けが出ないどころか、好事家でも手が出ないレベルの高値にしてある。
ユリーナは、クルスの隣に座る。
暖炉の横で寝っ転がっていたモーフィが、ユリーナのひざに頭を乗せた。
モーフィなりにお帰りの挨拶をしているのだろう。
「商人ってことは、売る相手を見つけたってことだよな」
「恐らくそうなのだわ」
「その商人さんに、誰に売るのか教えてもらえばいいね!」
クルスは笑顔だ。
椅子に座っている俺の隣にいたルカが呆れたように言う。
「それは難しいわ」
「どうして?」
「教えてしまえば、自分抜きで直接交渉されるかもしれないでしょう?」
「それもそうかー」
クルスはフェムを撫でている。
暖炉の近くに、獣たちは集まりがちだ。
「でも、交渉次第では、いけるかも?」
ルカは机の上に転がっているシギショアラを撫でながら言った。
「交渉次第っていうと?」
「精霊石取引で、商人が得るお金と同じぐらいのお金を提供できれば……」
ユリーナがふるふると首を振る。
「それは難しいのだわ」
「も?」
モーフィがユリーナの話を聞いて首を傾げた。
「商人としては信用が大切なのだわ」
「なるほどー」
口が軽い商人と噂されたら、今後の商売に関わる。
「だから、お金以外の何かがいるかもしれないのだわ」
「もにゅもにゅ」
真面目に語るユリーナの手をモーフィが咥えていた。
「とりあえず、その商人に直接会って交渉しようか」
「明日、リンミア商会に来るらしいから、一緒に行くのだわ」
「助かる」
そして、明日のためには、あらかじめ言わなければならないことがある。
「フェム。モーフィ」
「わふ?」
「も?」
「フェムとモーフィを連れていたら、クルスの手のものだって、ばれるからな」
「もぅ」
「明日はすまないが、留守番を頼む」
『仕方ないのだ』
「もっも!」
フェムは納得してくれたようだが、モーフィは納得していなさそうだ。
ユリーナのところから、俺のところに来て頭を押し付ける。
「モーフィ。すまん」
「もー」
謝りながら頭を撫でるとモーフィはしぶしぶ納得してくれたようだ。
次の日。朝ごはんを食べた後、俺とユリーナは王都へと向かった。
クルスの屋敷で、作戦会議をする。
「フェムとモーフィがいないからいつもよりは目立たないが……」
「アル自身がめちゃくちゃ目立っているのだわ」
俺が今日もかぶっている狼の被り物は、確かに目立つ。
「狼の被り物は、俺がアルだということは隠してくれるのだがな」
「クルスの関係者だってのは、バレバレかもしれないのだわ」
「仕方がない。フードを深くかぶったりして誤魔化そう」
念入りに変装して、リンミア商会へと向かった。
そのまま、ユリーナ父の部屋へと通される。
「婿どの、よく参られました!」
ユリーナ父は、歓迎してくれた。
挨拶を済ませた後、買いたいと希望している商人について話を聞いた。
「身分は信用できる方です。いくつかの町に支店も出されている急成長中の商会の方ですね」
「なるほど、やり手なのですね」
「……これからいらっしゃいますが、くれぐれもご用心ください」
ユリーナの父にそう言われたら、緊張せざるを得ない。
応接室に移動して、待機していると、例の商人がやってきた。
笑顔がさわやかな若い男だ。
けして派手ではないが、上等な衣服を身につけている。
「どうぞ、お座りください」
ユリーナの父が、商人に俺の正面の席を勧めた。
ユリーナ父とユリーナは俺の左手に座っている。
あくまでも交渉するのは、俺という体裁を整えているのだ。
ユリーナはリンミア商会側の人間としてその場にいるという建前である。
ユリーナが売り手の一味だとばれたら、勇者との関係が一発でばれてしまうからだ。
「あなたが、精霊石を所有しておられるとお聞きしました。ぜひお売りください」
「とても高価なものです。本当にお買いになられるおつもりですか?」
さすがに俺は狼の被り物を脱いでいる。いくら何でも怪しすぎるからだ。
アルフレッドだと気づかれることが心配だった。だが杞憂だったようだ。
商人は気付く素ぶりが全くない。
「もちろん全て買わせていただきたい」
「精霊石など、一体何に使われるのです?」
「それを言ってしまっては、商売になりません」
そういって、商人は笑う。
アイデアを盗まれたら、俺が精霊石を売らずにその方法で儲けてしまう。
そう考えても仕方がない。
「それもそうかもしれませんね」
「はい」
「では、どのくらいの量を所望されておられるのですか?」
「あればあるだけ」
「……御冗談でしょう?」
笑顔のまま、男は言う。
「冗談ではありません。なぜそう思われるのですか?」
「あまりにも高額になりますよ」
「必要なものは、高額でもきちんと買いますよ」
「失礼ですが、本当に資金はあるのですか?」
ユリーナが横から言う。
「本当に買える資金があるのか不安になるのは、売り手の側としては当然のことだと思うのだわ」
ユリーナは笑顔のままだ。だが口調は冷たい。
「ご安心ください。……と、自己紹介がまだでしたね。私はトクル・トルフといいます」
「トルフ?」
聞き覚えのある家名だ。
「こう見えて私はトルフ商会の跡取り息子でありますから。資金力に関してはご安心ください」
「トルフ商会の跡取り……ですか?」
「その通りです。リンミア商会ほどではございませんが、我が商会もなかなかなもので……」
トクルはトルフ商会の説明をしてくれた。
だが、俺は聞くまでもなくトルフ商会について知っている。
夏のころ、ムルグ村の用事で訪れた商会だ。