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317 息子トクルの交渉相手に会いに行こう

 俺たちは商会から、ばらばらに出ることにした。

 最初に俺が裏口からでて、近くに潜む。

 その後少し時間をおいてクルスとフェムとモーフィが正面口から出る。

 さらにその後、しばらくたってから息子トクルが正面口から出る手はずだ。


 基本クルスたちは、王都を出るまでトクルを気にせず動く。

 ぶらぶら遊びながら、王都の外へと向かう手はずだ。


 トクルを捕捉し陰から見守るのは俺の役目である。

 俺はトクルに改めて念を押す。


「俺のことを見つけようと思っても、見つからないと思ってくれ。トクルに見つかるようでは敵には必ず見つかるからな」

「はい」

「だが、絶対そばに居るから安心しろ」

「アルさんはすごいから安心して大丈夫だよー」


 クルスは笑顔をトクルに向ける。

 俺は出発前、息子トクルに言う。


「トルフさんに感謝したほうがいい。トルフさんに言われて、俺たちは君を釣り餌にするのはやめたのだから」

「……はい」

「まあ、焦らなくていい」


 俺はこっそり裏口から外に出た。すぐに気配を消して周囲に身をひそめる。

 当然だが、狼の被り物はつけていない。

 被り物は正体を隠すには適しているが、目立ちすぎる。

 変装は付けヒゲと、かつらをつけることにした。


 商会を出る前に、クルスに「服も変えましょう!」と言われたので変装してある。

 服装はクルスの勧めに従って、服を行商人風のものにした。


「シギ。静かにな」

「……り」


 魔法を使って気配を消す。簡単に言うと、体内の魔力の流れを隠しておく。

 生き物は誰でも微量な魔力を持っている。

 そして、生き物は無意識に他者の魔力を感じているものだ。

 感じると言っても、はっきりと明確に感じるようなものではない。

 魔力を垂れ流していると、なんとなく気づかれやすくなる程度のことだ。

 だが、魔力を隠すと、途端に影が薄くなる。

 気づかれにくくなるので不思議なものだ。


 そうしておいて、俺はトクルが正面口から出てくるのを待った。

 予定通り、クルスがトクルより先に出てくる。


「じゃあ、またよろしくね」

「もっも!」

「いつでもお待ちしております」


 父トリルと番頭がクルスを入り口の外まで見送りに出てくる。


 クルスはモーフィに乗っていた。

 フェムは賢そうな表情をして、すましてクルスの隣を歩いている。


「じゃあ、行こうかー」

「もうも」


 クルスはちらりと、一瞬、こちらを見た。

 モーフィは、こちらを見て慌てて目をそらす。そしてまた見る。

 モーフィも作戦を理解している。だから見てはいけないと知っているのだ。

 だが見たくて仕方ないのだろう。

 フェムはちらりともこちらを見なかった。尻尾をピンと立てて歩いていく。

 賢い狼である。


「それでは外参りに行ってまいります」


 さらにしばらく待機すると、トクルが正面から出てきた。

 トクルの動きはぎこちない。きょろきょろしながら歩いていく。


 まず、俺はトクルをつけているものがいないか調べる。

 つけているものはいなさそうだ。

 それから、ゆっくりとつけていく。

 ひざが痛いので、走らないでいてくれるのは助かる。

 物陰を進み、人に気取られないようにしつつ、あまり距離をとらずに歩いていく。


 トクルは通行証を提示して、王都の門から外に出る。

 俺が王都の外に出るには、通行証を提示するか、城壁を超えるかだ。

 俺もSランク冒険者の通行証を持っている。見せればすんなり通してもらえるだろう。


(……どうすべきか)


 あまりアルフレッドの痕跡を残したくはない。

 そうはいっても、壁越えをするわけにもいかない。

 いくら気配を消していたとしても、目立ちすぎる。

 騒ぎになっては元も子もない。


 少しだけ考えて、俺は姿隠しの魔法を使うことに決めた。

 姿隠しの魔法は、あまり使用したことはない。

 以前、ヴァリミエがライと一緒に王都の門を越えた方法だ。

 ちょうど、ヴァリミエにゾンビ化事件の犯人である疑惑が掛かっていたころである。


 俺は一旦、物陰に隠れる。そして、姿隠しの魔法をかけた。

 久しぶりに使ったが、うまく行ったと思う。

 姿隠しの魔法をかけた以上、ゆっくりと進まなければならない。

 激しく動くと、隠す難度が跳ね上がるのだ。


 俺は王都の門にそのまま近づく。


「勇者さま、お急ぎだったな」

「なにか俺たちにはわからない崇高な使命があるんだろうさ」

「それにしても、どうして犬と牛をお連れになっていたのだろう?」

「さぁ……勇者さまだからな」

「ああ、勇者さまだからな」


 そんなことを衛兵たちが話していた。

 俺はその横を慎重に歩いて抜ける。少し緊張した。


 そして俺は無事外に出た。

 その間もずっとトクルの位置は把握してある。


 高位魔導士の出入りを制限するためには、門に嗅覚の鋭いものを置いたほうがいい。

 その点ムルグ村は安心だ。

 ムルグ村にはフェムとモーフィ、それに魔狼たちが多数いる。

 王都より余程厳重だと言えるかもしれない。


 王都の外に出た後、俺たちは普通に後をつけていく。


 トクルから少し離れた左側にクルスたちがいた。

 フェムとモーフィたちと一緒に、つけているのだ。


(クルス、隠れるのうまくなったな)


 フェムとモーフィは動物なのでもとより気配を隠すのはうまい。

 一方、以前のクルスはそんなにうまくなかった。

 だが、今日のクルスは見事に気配を消していた。


 冒険者としてもクルスは成長しているのだろう。


 しばらくして、トクルは街道を離れる。

 けもの道のような、細い道を通って、トクルは歩いていく。

 しばらく経つと、大き目の小屋が見えてきた。


 トクルがけもの道に入ったところで、徐々にクルスは俺の方に近づいて来ている。

 おかげで、小屋の前で合流できた。


『怪しい小屋だな』

『そうですねー』


 俺は念話でクルスに語りかけた。


 小屋は一見して、古い猟師小屋だ。

 だが、古く見せかけているだけで、作りは新しい。

 小屋全体に、色々な魔法がかけられている。


『さて、だれが出ますかねー?』


 トクルは小屋の前に来ると、中に向かって呼びかける。

「失礼します。トクル・トルフです」


 期待を持って見守っていると、小屋の扉が開かれた。

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