フェムに縄張りを主張させることをあきらめた俺はヴィヴィに尋ねる。
「そういえば、ここって魔王軍の貴族邸宅の跡地なんだろう?」
「そうじゃな。たしか……。十二天の一人だったかのう? だが、よく覚えてはおらぬのじゃ」
ヴィヴィは魔王軍の四天王、その五人目だ。
当然、魔王軍が健在だったころ、その平時のエルケーを知っている。
俺やクルスたちがエルケーに乗り込んだときはすでに戦時体制だった。
ヴィヴィが昔を思い出すような目をしながら言う。
「わらわは確かに四天王であったのだが……あまりエルケーにはいなかったのじゃ」
「農地改良担当だもんな」
「うむ。そうなのじゃ。わらわは重要な行事や会合で、たまにエルケーに行くぐらいだったからのう」
ヴィヴィは王国の近く、つまりは魔王領の辺境に常駐していた。
だから魔王領の王都たるエルケーにはなじみが薄いのだろう。
それでも、当時、四天王だったヴィヴィはエルケーに屋敷をもっていたとのことだ。
「ヴィヴィの屋敷は今はどうなっているんだ?」
「この前、少し気になって見に行ったのじゃが、焼け落ちていたのじゃ」
「そうか。それは申し訳ないことをしたかもしれない」
俺たちと魔王軍の戦いの際に焼けたのかもしれない。
俺も、そして敵の魔導士もガンガン魔法を使っていたので焼けた家もたくさんあった。
俺に責任の一端があるのは間違いない。
「いやいや、どうせ元から大して使っていなかったのじゃ。思い入れもないのじゃ」
「そうか。それならいいのだが……」
そんなことを話している間、獣たちはずっと臭いをかぎまくっていた。
先ほど何もないと言っていたのに、嗅ぐのをやめない。
フェムも加わって、しきりに臭いを嗅いでいる。
「りゃっりゃ」
「シギも臭いを嗅いでまわりたいのか?」
「りゃあ」
おそらくシギはフェムたちの真似をしたいのだろう。
俺はモーフィの頭の上にシギを乗せた。
「りゃ、りゃあ」
「もぅ!」
シギはモーフィと一緒に臭いを嗅ぎ始めた。
俺は獣たちに言う。
「何もないなら、もう別に臭いを嗅ぐ必要はないんだが……何かあったのか?」
「もぉ……」「ぴぎぃ」
モーフィとチェルノボクは困ったように鳴く。
フェムは俺のところにやってくる。
『何もないとフェムも思うのだ。だけど……』
「気になることがあるのか?」
『そうなのだ』
「ふむ」
一応、俺も軽く魔法で探査することにした。特に何もないとは思うが念のためだ。
「我も探してみるのである」
「じゃあ、わらわも……」
ティミもヴィヴィも一緒に探査をしてくれるようだ。
これで、何か魔法的なものがあれば、見逃したりはすまい。
俺たちが魔法探査を走らせようとした、まさにそのとき。
「りゃあ!」
モーフィの頭の上で、一緒に臭いを嗅いでいたシギがひときわ大きな声で鳴いた。
「シギ、どうした?」
「シギショアラ、どうかしたのであるか?」
「りゃあ」
シギはどうやらネズミを捕まえたようだった。
シギは自慢げに、捕まえたネズミを両手でつかんでかかげて見せてくれる。
ネズミはかなり大きい。シギと同じぐらいの大きさだ。
そのネズミはシギの手から逃れようと、必死にもがいている。
「Kiiiiiiii!」
ネズミが大きな声で鳴く。
「ちょっと待て!」
俺は慌てて駆け寄ると、シギの手からネズミを取り上げる。
そのネズミは、ただのネズミではなく、魔獣のネズミ、
「りゃっりゃあ」
折角捕まえた魔鼠を取り上げられて、シギは不満げに鳴く。
「シギ、ネズミを捕まえてえらいぞ」
俺はシギの頭をやさしく撫でる。
「だが、こいつは魔鼠だからな。汚いし危ないんだ」
「りゃあ」
そして俺は魔鼠にとどめを刺す。
「街中に魔鼠が出るとは。まだまだ、エルケーの街の正常化は遠そうだな」
冒険者ギルドの正常化が始まってまだ日が浅い。
魔鼠退治などは後回しになってしまっても仕方がない。
「近くに下水道への入り口でもあるのか?」
俺はフェムに尋ねた。
フェムは尻尾を立てて、真剣な表情を見せる。
『下水道の入り口はないのだ』
「たしかか?」
『うむ。下水道の入り口が近くにあれば、臭いですぐわかるのだ』
「そうか。まあ、下水道は臭いもんな」
人間が不快に感じない程度に、悪臭対策はされている。
それでも、フェムやモーフィの鼻をごまかせるレベルの対策ではない。
ティミが真剣な表情で近づいてくると、俺の腕の中にいるシギの頭をやさしく撫でた。
「シギショアラ。よい狩りの腕だ。将来有望であるぞ」
「りゃあ」
そして、ティミはヴィヴィを見る。
「下水道がないのならば……。魔鼠はどこからきたのだ? ヴィヴィ。推測はできぬか?」
「できないのじゃ。わらわの知っているエルケーの知識ではここに魔鼠がでる理由がないのじゃ」
ヴィヴィにも魔鼠が出る理由がわからないようだった。