それから、ベルダは俺たちに依頼料を払いたいと申し出てくれた。
だが、ティミショアラならば、最高位ランクの冒険者相当がふさわしい。
実績不足ゆえ、歴史上でも任命者が限られるランクSは無理だがAは確実だ。
A相当の依頼料ともなると、かなり高額になる。だから、ティミは断った。
エルケーの予算は潤沢ではないのだ。
転移魔法陣の向こう側の探索についての話し合いが終わった後、ベルダが言う。
「ジールのための竜舎建築、感謝に堪えぬ」
「気にしなくてよい。ジールを怯えさせたお詫びのようなものだ」
「いや、お詫びとして過分だ。なんとお礼を言えばいいか……」
「お礼ならばアルラとヴィヴィに言うがよい」
ベルダは、魔法陣を描いている俺とヴィヴィの方へ近づく。
そして、護衛から見えない物陰に入って、深々と頭を下げた。
「本当にありがとう」
「気にしないでください」
「そうなのじゃ」
「お代もぜひ払わせてほしい」
「それもアルラとヴィヴィに払うがよい」
ティミがニコニコしながら言う。
「代金も必要ない。俺たちに払うぐらいなら、エルケーのために使ってほしい」
「そうじゃそうじゃ。せっかくティミが魔法陣の向こうの探索依頼料を受け取らないというのに、わらわたちがもらっては台無しじゃ」
「そういうわけには……」
「よいよい。エルケーのために使ってくれるのが何よりじゃ」
「……本当にありがとう。ティミショアラどのやお主たちに百万の感謝を」
それからベルダは言う。
「ジールをこちらに移すのは、探索が終わってからの方がよいだろうか?」
「我はいまから移動させても問題ないと思うが……。アルラどう思う?」
「む? そうだな。転移魔法陣は封印してあるから、ジールに移動してもらってよいと思う」
ティミに尋ねられたので、魔法陣を描きながら俺は答えた。
ティミはうんうんとうなずく。
「とのことである」
「それは助かる。ジールを雪風にさらすのは不憫であったのだ」
そんなことを話している間に俺とヴィヴィは魔法陣を描き終わった。
我ながら良い出来だと思う。
「よし完成なのじゃ!」
「いい感じだな」
「うむ。真冬であろうと、普通に暖房なしで人族が寝泊りできるレベルじゃな」
ヴィヴィの言葉は少し大げさだ。さすがに暖房がなければ寒いだろう。
だが、簡単な暖房か毛布一枚でもあれば泊まれるレベルではある。
ジールの今の状況に比べたら段違いだ。
「お、ついに完成したのであるか?」
完成を聞きつけて、頭の上にシギショアラを乗せたティミがすぐ近くまで寄って来た。
俺に後ろから抱き着きながら、ティミは竜舎をじっくり見る。
「ありがたい!」
嬉しそうな表情で、ベルダもやってくる。
その後ろにはモーフィ、フェム、チェルノボクがついてきていた。
ベルダの護衛は少し暇そうに敷地の入り口で大人しくしている。
魔法陣を眺めたティミが言う。
「うむ。ヴィヴィもアルラも、やはりすごい腕前であるなー」
「いやいや、魔法陣に関してすごいのはヴィヴィだ」
「そ、そうでもないのじゃ!」
ヴィヴィは頬を赤くして照れていた。
「りゃっりゃ」
「おお、シギショアラも気になるのだな。うむうむ。ヴィヴィ。シギショアラに魔法陣について説明してあげてほしいのだが」
「任せるのじゃ」
そして、ヴィヴィはシギに向けて魔法陣の効果と機能について説明を始めた。
断熱、耐衝撃、耐振動、耐火などなどだ。
シギに向けての説明ではあるが、ベルダも真剣な表情で聞いている。
ヴィヴィの説明が終わると、ベルダがうなるように言う。
「居住性が高いうえに、防御力も要塞以上なのだな……」
「うむ。自信作なのじゃ」
「執務は代官所でやるとして、こちらに住むのもよいかもしれぬな。感謝に堪えぬ」
そして、ベルダはヴィヴィをじっと見る。
「ヴィヴィどのは……。リンドバル子爵の妹御なのか?」
「えっと、……そうなのじゃ」
少し迷った後、ヴィヴィは答える。姉に迷惑がかからないか考えたのかもしれない。
「ヴィヴィもヴァリミエも我の友達であるぞ」
ティミはヴィヴィの口調を咎められないよう念のためにそう言った。
「そうだったのか。リンドバル子爵閣下によろしくお伝えしてほしい」
「わかったのじゃ」
それから、ベルダは護衛とともに代官所に戻っていった。
そして、すぐに騎竜であるエルダードラゴンのジールを連れて戻ってくる。
やはりジールはティミをみて、びくりとした。
「がぁ……」
「怯えなくてよいのである」「りゃあ」
怯えるジールにティミとシギがやさしく声をかけた。
そしてシギだけパタパタ飛んで、ジールのそばに飛んでいく。
やさしくジールの鼻先を撫でる。
「りゃりゃ」
「がぁがぁ」
シギも古代竜だが、まだ雛だ。威圧感はティミに比べたら全然ない。
人にとって熊は恐怖の対象だが、子熊を見ればかわいく思う。それと同じようなものだ。
ジールはシギに撫でられて、少し落ち着いたようだった。
ベルダもジールを撫でる。
「ティミショアラ子爵閣下は私のお友達なのだ。ジールも怖がらなくてもよい」
「がぁ」
ジールはティミをうかがうように見る。まだ直視はできないようだ。