空を飛んでいく巨大な石像を見て、ベルダとジールは呆然とする。
「え?」「がぁ……?」
ベルダたちには、後で説明すればいいだろう。
「あとは任せた! フェム!」
「わふ!」
クルスに後を任せて、俺はフェムの背に乗り、石像を追いかける。
「こっち任されました。そっちはお任せしまーす」
クルスの元気な声を聞きながら、俺とフェムはかけていく。
魔狼王にして魔天狼のフェムの本気はとても速い。
あっという間にエルケーの街を駆け抜けて、街の外に出る。
そこからさらに少し進むと、地面に落ちた石像が見えた。
『バラバラなのだ』
「空中にはねあげて、エルケーの外に飛ばした後で、軽くしていた重力魔法を反転させたからな」
『落下ダメージは恐ろしいのだ』
「巨大な魔法陣で動いていたとするならば、おそらくここは魔法陣の外だ。もう石像は動くまい」
——OOOO
『……動いたのだ』
「……そうだな」
『誰でも間違いはあるのだ』
フェムの声に少し同情が含まれている気がした。
恥ずかしいのでさっさと倒すことにする。
俺は石像を巨大な白熱の火球で包み込んで維持した。こっちにも熱気が伝わってくる。
『熱いのだ!』
「少し我慢してくれ」
火球に包まれても、石像は動く。石は耐火性能が高いので仕方ない。
全身に炎をまといながら、石像はこぶしをふるう。周囲に火がばらまかれた。
それをよけながらフェムが叫ぶ。
『火事になるのだ!』
「そっちは対処しないといけないな」
延焼した炎は氷の魔法で消していく。その間も石像は燃えたまま暴れ続ける。
『全く火が効いてないのだ!』
「大丈夫、効いてる」
『信じるのだ』
石像自体が赤熱しはじめた。そろそろだろう。
俺が次の魔法を放とうとしたとき、
「やっぱり、アルだったのね!」
「ルカか。奇遇だな」
「奇遇でも何でもないわ。アルの魔法っぽい感じがしたから、こっちに逃げてきたの」
「ほう?」
ルカが逃げてきたというのなら、相手は尋常ではない。
ルカは昨日からエルケーの街の外にクエストで出ていた。
その討伐対象がとてつもない強敵だったのだろう。
ルカの後ろにはレオとレアのBランク冒険者兄妹もいた。
ルカも結構汚れているが、それ以上にレオとレアは汚れていた。
そして、いまにも倒れそうなぐらい疲れているように見えた。
ルカが苦戦したのは、レオとレアをかばいながら戦っていたからかもしれない。
「レア、レオ。とりあえず、ここは俺に任せて、エルケーに走れ。クルスもユリーナもいるから状況を説明してくれ」
「わかりました、お任せします!」
レオとレアは走り去る。俺とルカになら、任せて大丈夫と信用してくれているのだ。
「で、ルカ。何から逃げてきたんだ?」
「それがね……。ってその前にこいつ倒したほうがいいわね」
「こいつは斬ってもすぐ復活するんだよ、だから粉々にしようと思ってな」
「なるほど。温度差を利用して砕くのね」
「そういうことだ」
俺は充分に熱せられた石像を包む火球を消すと同時に氷魔法で凍り付かせた。
——バーン
急激な温度差にさらされた石像は、巨大な音とともに、粉々に砕け散った。
それでもまだ大きめの破片はいくつか存在する。
ルカの右手が一瞬動く。大きい破片はすべてさらに細かく斬り刻まれた。
「すごい剣技だな」「わふ!」
「かなり細かくはできたけど、油断はできないわ」
『そうなのだ。油断は禁物なのだ』
さっき俺が動かないと言った直後に動いたのでフェムがそんなことを言う。
「で、ルカ、何から逃げてきたんだ?」
「なぞの粘土状の魔物よ、あたしも知らない魔物」
魔獣学者のルカですら知らないということは新種かもしれない。
「粘土か」
「斬っても斬っても止まらないのよね」
「その石像と同じか」
「そっちの石像については詳しく知らないけど、そうかもしれないわね」
ルカは素早く石像の破片を拾いながら言う。
魔法の鞄に放り込んでいる。あとで調べるのだろう。
「なるほどな」
「何が、なるほどなのよ」
「とりあえず、急いだほうがいい。その粘土の魔物とやらの方に案内してくれ」
「わかったわ」
ルカが走り出し、俺もフェムに乗って後を追う。
走りながらルカが尋ねてくる。
「で、何がなるほどなの?」
「巨大石像の破片を魔法の鞄に入れることができたってことは、生き物ではないってことだ」
「それはそうね」
「エルケーの街での巨大石像の動きと、街の外の粘土たちは関連性があると考えるべきだ」
「なるほど、操っている奴がいるってこと?」
「そういうことだ。一人か二人か、そもそも人間かもわからないが」
そんなことを話している間に、前方に粘土の魔物が見えてきた。
俺の身長の三倍ぐらいの高さの粘土の小山が三つある。
「結構速いから気を付けてね」
「了解」
ルカがまっすぐに突っ込んでいく。粘土は一斉にルカを攻撃する。
粘土の体の一部を鋭利な突起状に変化させ槍のようにルカに繰り出す。
それをすべて斬り捨てながら、間合いを詰め、粘土の本体を切り刻む。
一瞬で三体ともがバラバラになった。
「ここまでは何度もやったんだけど、きりがないのよね」
そして、ルカはこっちを見て言う。
「だから、お願い」
頼まれたら何とかしなければなるまい。