ティミショアラは緊張した様子で、身体をこわばらせている。
ジールの緊張した姿はこれまでも見た。
だが、ティミのこんな姿は初めて見る。
「ティミ、どうしたんだ?」
「アルラ、わ、わからぬのか?」
「何の話だ?」
「アルラ、シギショアラを絶対に守るのだぞ」
あまりにもティミが真剣なので、俺はシギを懐の中に大切に入れる。
「りゃ?」
シギは「どうしたの?」と言いたげにきょとんとしていた。
だが、ティミとジールは極限まで緊張している。
「ティミもジールもどしたの?」
勘の鋭いクルスでも、ティミたちの状態の理由がわかっていないようだ。
「わからぬのか? この空を覆う圧を感じぬのか?」
「ふむ?」
俺はジールの竜舎から外に出る。皆もぞろぞろとついて来た。
ジールは竜舎の入り口から顔を半分だけ出して、外をうかがっている。
俺は空を見上げた。分厚い雲に覆われていて、雨が降りそうだ。
それ以外は、特に何も感じなかった。
だが、ティミがあまりに真剣なので俺も周囲を調べることにした。
魔力を広く薄く拡散させて、周囲を探索する。
まったく、ティミがこうなるような存在が引っかからない。
さらに拡散する。徒歩で三日ぐらいの距離になって、やっと引っかかった。
「……なんだこいつらは」
「アルラ。気付いたか。一体何があったのだ」
「えー、なんですか、なんですか? 気になります! 教えてくださいよ……あれ?」
騒いでいたクルスが真顔になって、聖剣に手をかけた。
そしてしばらくすると、ルカやユリーナまで緊張して身構える。
ルカたちも、こちらに近づいて来る存在に気が付いたのだ。
フェムもクルスに少しだけ遅れて気が付いたようだ。身体をこわばらせている。
「どうしたのじゃ?」
「アルラさま、一体何があったのでございますか?」
まだ気付いていないのは、ヴィヴィやベルダたちだ。
「説明するより、見た方が早い」
俺はそう言って、空を指さす。
同時に空を覆っていた雲が一瞬で晴れた。
エルケーの上空で強烈な爆発が起こり雲を吹き飛ばしたかのような情景。
だが、全く地上に風が吹くことは無い。
そして、同時に六頭の巨大な竜が、エルケーを囲むように上空に現れる。
その六頭の竜はティミショアラより大きかった。
「なんと立派な竜なのじゃ……」
「ティミ。あれは……。古代竜だな」
「そうだ」
「しかも……」
「そうだ。アルラの予測は正しい。古代竜の最高位。大公たちだ」
竜大公は全員で七柱だと、シギの先代亡きジルニドラ大公殿下に聞いている。
つまり、シギを入れて、エルケーに竜大公の七柱全員が集まったのだ。
「りゃあ〜」
シギは俺の懐から顔だけ出して、楽しそうに鳴いている。
「なんで集まったんだ? ティミ、本当に知らないのか?」
「知らぬ。だが、竜大公が同時に一カ所に集まるなど理由など、一つしか考えられぬ」
「その理由とは、なんなのじゃ?」
ヴィヴィの問いにティミが答える前に、六柱の大公がゆっくりと降りてくる。
一柱でも山のように大きいのだ。それが六柱。
エルケーの街が完全に陰になり暗くなる。
このまま地面に降りられたら、街がつぶれてしまう。
「ティミ。理由はわからんが、竜大公たちはシギに会いに来たんだよな」
「ああ。そうだろう。それ以外に考えられぬ」
「ならば、エルケーの外に向かう」
戦うにしても話し合うにしても、街中では色々問題がある。
竜大公たちはとにかく大きいのだ。
地上に降りてくるだけで、エルケーが壊滅する。
『アル、乗るのだ!』
「フェム、ありがとう!」
フェムが素早く巨大になってくれたので、俺はその背に乗った。
「ヴィヴィ、ステフ! 子供たちを頼む」
「わかったのじゃ」「任せてください」
「フェム。どっちでもいいから街の外へ」
『わかっているのだ!』
フェムは全力で走り出す。
クルス、ルカ、ユリーナ、それにモーフィと、その背に乗ったチェルノボクがついて来る。
ベルダも俺についてこようと走り出すが、クルスたちにはついていけない。
「ベルダ。連れて行ってやろう」
そう言ってティミがベルダを抱えると走り出した。
俺とフェムは街の外にでてしばらく走ってから足を止める。
みんなもすぐに追いついて来る。
六柱の竜大公たちも、静かに上空を移動して、ついてきてくれた。
「ここなら着陸しただけで、大惨事になることはあるまい」
だが、戦闘になれば、大惨事になるだろう。戦闘は全力で避けなければなるまい。
竜大公たちは、そのままゆっくりと降りてきた。
「りゃあ?」
シギはその様子を楽しそうに眺めていた。
さすがは竜大公の一柱なだけはある。まったく恐れていない。
俺もゆっくりと降りてくる竜大公たちを、シギと一緒に眺める。
戦ったら勝てるだろうか。
一対一でも、かなりきつい戦いになるだろう。一対六なら勝てそうにない。
とはいえ、竜大公たちからは殺気や闘気は感じない。
戦いに来たのではないと思う。そう思いたい。
少なくとも、手段を択ばずに滅ぼすために来たのではないのは確かである。
手段を択ばないならば、先ほど上空からブレスをばらまくのが一番効果的だからだ。
そして手段を択んでくれるならば、対話や交渉は可能だろう。
そう考えて、俺が降下中の竜大公を眺めていると、ティミが大きな声で言った。
「そなたたち、アルラから離れるのだ!」
ティミの声はかなり緊迫感のあるものだった。