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421 巨大な影

 ティミショアラは緊張した様子で、身体をこわばらせている。

 ジールの緊張した姿はこれまでも見た。

 だが、ティミのこんな姿は初めて見る。


「ティミ、どうしたんだ?」

「アルラ、わ、わからぬのか?」

「何の話だ?」

「アルラ、シギショアラを絶対に守るのだぞ」


 あまりにもティミが真剣なので、俺はシギを懐の中に大切に入れる。


「りゃ?」


 シギは「どうしたの?」と言いたげにきょとんとしていた。

 だが、ティミとジールは極限まで緊張している。


「ティミもジールもどしたの?」

 勘の鋭いクルスでも、ティミたちの状態の理由がわかっていないようだ。


「わからぬのか? この空を覆う圧を感じぬのか?」

「ふむ?」


 俺はジールの竜舎から外に出る。皆もぞろぞろとついて来た。

 ジールは竜舎の入り口から顔を半分だけ出して、外をうかがっている。


 俺は空を見上げた。分厚い雲に覆われていて、雨が降りそうだ。

 それ以外は、特に何も感じなかった。


 だが、ティミがあまりに真剣なので俺も周囲を調べることにした。

 魔力を広く薄く拡散させて、周囲を探索する。


 まったく、ティミがこうなるような存在が引っかからない。

 さらに拡散する。徒歩で三日ぐらいの距離になって、やっと引っかかった。


「……なんだこいつらは」

「アルラ。気付いたか。一体何があったのだ」

「えー、なんですか、なんですか? 気になります! 教えてくださいよ……あれ?」


 騒いでいたクルスが真顔になって、聖剣に手をかけた。

 そしてしばらくすると、ルカやユリーナまで緊張して身構える。

 ルカたちも、こちらに近づいて来る存在に気が付いたのだ。

 フェムもクルスに少しだけ遅れて気が付いたようだ。身体をこわばらせている。


「どうしたのじゃ?」

「アルラさま、一体何があったのでございますか?」


 まだ気付いていないのは、ヴィヴィやベルダたちだ。


「説明するより、見た方が早い」


 俺はそう言って、空を指さす。

 同時に空を覆っていた雲が一瞬で晴れた。


 エルケーの上空で強烈な爆発が起こり雲を吹き飛ばしたかのような情景。

 だが、全く地上に風が吹くことは無い。


 そして、同時に六頭の巨大な竜が、エルケーを囲むように上空に現れる。

 その六頭の竜はティミショアラより大きかった。


「なんと立派な竜なのじゃ……」

「ティミ。あれは……。古代竜だな」

「そうだ」

「しかも……」

「そうだ。アルラの予測は正しい。古代竜の最高位。大公たちだ」


 竜大公は全員で七柱だと、シギの先代亡きジルニドラ大公殿下に聞いている。

 つまり、シギを入れて、エルケーに竜大公の七柱全員が集まったのだ。


「りゃあ〜」

 シギは俺の懐から顔だけ出して、楽しそうに鳴いている。


「なんで集まったんだ? ティミ、本当に知らないのか?」

「知らぬ。だが、竜大公が同時に一カ所に集まるなど理由など、一つしか考えられぬ」

「その理由とは、なんなのじゃ?」


 ヴィヴィの問いにティミが答える前に、六柱の大公がゆっくりと降りてくる。

 一柱でも山のように大きいのだ。それが六柱。


 エルケーの街が完全に陰になり暗くなる。

 このまま地面に降りられたら、街がつぶれてしまう。


「ティミ。理由はわからんが、竜大公たちはシギに会いに来たんだよな」

「ああ。そうだろう。それ以外に考えられぬ」

「ならば、エルケーの外に向かう」


 戦うにしても話し合うにしても、街中では色々問題がある。

 竜大公たちはとにかく大きいのだ。

 地上に降りてくるだけで、エルケーが壊滅する。


『アル、乗るのだ!』

「フェム、ありがとう!」

 フェムが素早く巨大になってくれたので、俺はその背に乗った。


「ヴィヴィ、ステフ! 子供たちを頼む」

「わかったのじゃ」「任せてください」

「フェム。どっちでもいいから街の外へ」

『わかっているのだ!』


 フェムは全力で走り出す。

 クルス、ルカ、ユリーナ、それにモーフィと、その背に乗ったチェルノボクがついて来る。


 ベルダも俺についてこようと走り出すが、クルスたちにはついていけない。


「ベルダ。連れて行ってやろう」

 そう言ってティミがベルダを抱えると走り出した。


 俺とフェムは街の外にでてしばらく走ってから足を止める。

 みんなもすぐに追いついて来る。


 六柱の竜大公たちも、静かに上空を移動して、ついてきてくれた。


「ここなら着陸しただけで、大惨事になることはあるまい」


 だが、戦闘になれば、大惨事になるだろう。戦闘は全力で避けなければなるまい。

 竜大公たちは、そのままゆっくりと降りてきた。


「りゃあ?」


 シギはその様子を楽しそうに眺めていた。

 さすがは竜大公の一柱なだけはある。まったく恐れていない。


 俺もゆっくりと降りてくる竜大公たちを、シギと一緒に眺める。

 戦ったら勝てるだろうか。


 一対一でも、かなりきつい戦いになるだろう。一対六なら勝てそうにない。


 とはいえ、竜大公たちからは殺気や闘気は感じない。

 戦いに来たのではないと思う。そう思いたい。


 少なくとも、手段を択ばずに滅ぼすために来たのではないのは確かである。

 手段を択ばないならば、先ほど上空からブレスをばらまくのが一番効果的だからだ。

 そして手段を択んでくれるならば、対話や交渉は可能だろう。


 そう考えて、俺が降下中の竜大公を眺めていると、ティミが大きな声で言った。


「そなたたち、アルラから離れるのだ!」


 ティミの声はかなり緊迫感のあるものだった。

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