三百年が経ったのだ。人間ならば老いているのが当然である。
身体が縮んだためか、胸の大きな穴は閉じていた。
その、老いた元勇者に、モコが近づいていく。
「……主」
「モコか。痩せたな、大丈夫か?」
元勇者はモコの頭を撫でた。
「……主こそ」
モコは元勇者の口を優しく舐める。
「モコ、苦労をかけたな」
「この程度、なんでもない」
「そうか。さすがモコだな」
そして元勇者は俺たちを見た。
「君たちにも面倒をかけた。俺を倒すのは大変だっただろう」
「ああ、本当に大変だった」
俺がそういうと、元勇者はにこりと笑う。
「俺はジスカールだ。何年前かはわからんが、昔は勇者と言われていた。人族の王を殺したから、いまはなんと呼ばれているかはわからん」
「三百年前だ。名前は一般的には伝わっていない」
「歴史は学者や王族は知っているけれど……」
ルカがそう言うとジスカールは満足そうに頷く。
「そうか。俺の名は一般に伝わっていないか。それでいい。俺が治癒術士の奴に名前を伝えるなと頼んだんだ」
「なぜそのようなことを?」
「王家を潰したことにも、魔人の神から加護を受け入れたことにも後悔はない。それほど魔族の扱いはひどかったし、俺がそうしなければどうにもならなかったと信じている」
「それはそうだろうな。まだ魔族に対する扱いに問題はあるが、相当ましにはなっている」
「それはよかった。だがな。やはり俺のやったことは許されるべきことでもないんだ」
ジスカールは結果的に戦争を起こして敵と味方双方の血を沢山流した。
そして魔人になり不死者にもなり、残虐なこともした。
だからこそ、勇者として名を残すべきではないと思ったのだろう。
「今の世の中はどうなっているんだ?」
ジスカールに問われて、三百年の間に起こったことを、ルカが簡単に説明していく。
それをジスカールは興味深そうに聞いていた。
「ありがとう。……ところで俺を倒した君たちの名前を聞きたい」
俺たちはそれぞれジスカールに向かって自己紹介する。
モコに自己紹介したときと同様に名前を簡単に告げていく。
クルスが勇者であることを始め、神の使徒であることは教える。
ジスカールは、俺が魔王と言うことより、ムルグ村の衛兵と言うことに驚いたようだった。
「ムルグ村は今でも健在なのか。それは嬉しい」
「ああ、皆楽しそうに暮らしている」
「勇者が領主を務め、魔王が衛兵を務めてくれるなら安心だな」
そういってジスカールは笑う。
「神々の使徒が力を合わせてくれたこと感謝する。放置されていたら俺は罪なき人々を虐殺していただろうからな」
それからジスカールは俺たちに向かって尋ねた。
「俺の仲間たちがどうなったか知らないか?」
なんと返答したものか俺は悩んだ。
すると、モコが優しい口調で答える。
「……主よ。治癒術士は王になった。英邁な王と評判で、今でも子孫が王を務めている」
「そうか」
「ベルダをみるがよい。当代の王の姪だ。似ているとは思わぬか?」
「やはり、そうなのか。よく似ていると思ったのだ。とても美人で、賢そうで、心優しそうだ」
「……あ、ありがとうございます」
初代国王にベルダが似ているということはモコも言っていた。
初代国王を知る二者ともに、似ていると言われて、ベルダは少し神妙な表情を浮かべる。
英邁で知られる初代国王と比べられ、思うところがあったのだろう。
「そして、魔王は大森林に引きこもると言っていた。どうなったかはモコも知らない」
「そうか。リンドバルの奴が引きこもると言ったのなら、引きこもったんだろう」
「リンドバル、というのかや?」
驚いた様子のヴィヴィにモコが言う。
「そうだが」
「わらわの名はヴィヴィ・リンドバルなのじゃ。大きな森の中で育ったのじゃ」
「…………そうだったのか」
ジスカールもモコも驚いたようだった。
「魔王はどうなったか、知らぬか?」
「そもそも三百年前の魔王の姓がリンドバルだとすら、わらわは知らなかったのじゃ」
ヴィヴィは姉に育てられたこと。
母は小さい頃に死んでいること。祖母や曾祖母についてはよく知らないとジスカールに言う。
「そうか。その後どうなったかはわからぬが、こうして子孫がいるならばよかった。して、リンドバル家はいまはどうなっているのだ?」
「姉上、ヴァリミエ・リンドバルがリンゲン王国の子爵となった。リンドバルの大森林を領有しておる」
「それは良い報せだ。魔族でも貴族になれるようになったのだな」
ジスカールは本当に嬉しそうにみえた。
そのとき、エクスが言う。
「あの! 私はエクス・ヘイルウッド侯爵というのです!」
「破王はヘイルウッドの係累か!」
ジスカールは嬉しそうにエクスを見つめた。
「知り合いなのか?」
「はい、アルラさん。私のヘイルウッド侯爵家の祖は魔王討伐に参加した剣士なのです」
当代でいうとルカのポジションだったようだ。
「ヘイルウッドの子孫まで元気に暮らしているとは。何よりだ。それにモコにすら子孫が居るとは」
「モコの孫のフェムは、ムルグ村周辺の魔狼王をしているのだ」
モコに改めて紹介されて、ジスカールはフェムに目を向ける。
「フェム。こちらに来てくれないか」
「わふ」
フェムが近づくとジスカールは優しく撫でた。
「フェムはモコに似ているな」
『光栄なのだ』
しばらく撫でた後、ジスカールはモコに尋ねる。
「魔導士の奴はどうなった?」
「…………言いにくいが不死者になった。そしてこの迷宮を突破しようとしてエルケーで暴れたらしいのだ」
「そうか。それで討伐されたか」
「ああ、俺が討伐した」
俺がそう言うと、ジスカールは頷いた。
「当代の魔王に討伐されて、あいつも本望だろう」
そして、目をつぶる。
「……あいつは俺を救おうとしてくれたのかもしれないな。余計なことを、人として生を全うすれば良かったのに……」
ジスカールは悲しいというより、悔しいと感じていそうな口ぶりだった。
そんな沈むジスカールに、モコが言う。
「主が人に戻ってくれて、モコはとても嬉しいのである」
先ほどから、モコは自分のことを儂と呼ばずにモコと呼んでいる。
ジスカールの前では、自分のことをモコと呼んでいたのだろう。
「そうだな。俺も感謝しかない」
「主。田舎に行って、一緒にゆっくり暮らそう。現代は平和らしいのだ」
「そうだな。そうできたら楽しいだろうな」
「うん。モコと一緒にムルグ村に行こうよ。ご飯はモコがとってくるから、主はお昼寝してればいいよ」
「それはいいな」
「うん!」
口調こそ嬉しそうで、楽しそうだが、モコの尻尾はピクリともしていなかった。
「だがな、モコ——」
「大丈夫だよ! いまは主も疲れているかもだけど」
モコはジスカールの言葉にかぶせるように前向きな言葉を言う。
だが、ジスカールは優しく諭すようにモコを撫でながら言葉をかける。
「人は三百年も生きられないんだ」
「大丈夫、魔法もあるし! 怪我も病気もすぐ治るから」
楽しそうに言うが、尻尾が動いていないところをみるに、モコもわかっているのだ。
ジスカールはもう死ぬ。というよりも、人としては、ほぼ死んでいると言ってもいい。
魔人で不死者だったころの影響で、かろうじて生きているだけ。
今すぐ事切れてもおかしくはないし、どれだけ長く話せたとしても一時間は持つまい。
「モコ。最期に会えて嬉しかった。皆のことも聞けて嬉しかったよ」
「主、死なないで……。モコは三百年待ったんだよ」
「モコ、本当に苦労をかけたな。長生きしなさい」
「主が死んだら、モコも——」
「絶対にだめだ。モコ。最期命令だ。幸せになりなさい」
そしてジスカールは俺たちの方を見た。
「モコを頼む。そしてムルグ村を頼む」
「わかった」
「改めて礼を言う。三百年の魂の苦しみから解放してくれてありがとう」
「ああ」
「使徒を使わしてくれた神々にも礼を言わねばなるまいよ。ありがとう」
「死ぬ前にムルグ村を見に行くか?」
間に合うか間に合わないかギリギリだが、可能性はないことはない。
だが、ジスカールは首を振った。
「……ありがとう。だが目がもう見えないんだ。……間に合うまい」
「そうか」
ジスカールは三百年分一気に年をとり、老衰仕掛けているようだ。
老衰は、いくら聖女ユリーナの治癒魔法でもどうにもならない。
「……もし、わがままを聞いてくれるならば、俺の骨はムルグ村に埋めてくれ」
「お安いご用だ。任せてくれ」
俺の言葉にジスカールは満足げに頷く。
「モコ、そこにいるか」
「いるよ、主」
モコがジスカールに身体を寄せて顔を舐める。
そのモコをジスカールはぎゅっと抱きしめ、優しく背中を撫でた。
「モコは本当にもこもこだなぁ」
それが偉大なる勇者の最期の言葉だった。
最終話 ムルグ村
ジスカールが亡くなった後も、モコは寄り添って顔を舐め続けた。
そして、子犬のように泣いた。
俺たちはモコが落ち着くまで、静かにして見守った。
しばらく経つと、モコは泣き止み、ゆっくりと立ち上がる。
「改めて礼を言う。我が主を救ってくれてありがとう」
「気にするな。別れはもういいのか?」
「……うむ。そしてアルラよ。それにユリーナよ。頼みがある」
「なんだ?」
「なんでもいうのだわ」
「アルラ。我が主の遺体を焼却してくれ。そしてユリーナよ。我が主のために祈って欲しい」
「わかった」
「お安いご用なのだわ」
遺体は焼かなければ、悪しき魔導士にゾンビとして悪用される可能性がある。
そうでなくとも、死霊などがとりつくこともあるのだ。
ジスカールは魔人と不死者として三百年苦しんだ。
だから、モコは二度と遺体をもてあそばれないように、俺に焼却して欲しいのだ。
そしてユリーナは聖職者。葬礼を行うにはふさわしい。
俺はモコの願いのとおりジスカールの遺体を魔法で一気に焼却する。
ムルグ村に骨を埋めて欲しいという、ジスカールの希望があるので骨以外を燃やした。
俺が遺体を燃やす間、ユリーナは歌うように祈りを捧げる。
そしてモコは微動差にせずに、燃えていくジスカールの遺体をじっと見つめていた。
すべてが終わると、俺はジスカールの骨を丁寧に布で包み鞄に入れる。
「モコ。ムルグ村に戻ろう。墓を作らねばならない。どこがいいか意見を聞きたい」
「わかったのである。配慮感謝する。帰り道はこっちだ」
モコが案内してくれる。
ジスカールが封じられていた広い部屋のさらに奥には隠された転移魔法陣部屋があった。
壁の少し色が変わった場所にベルダが手のひらを当てると扉が開くようになっていたのだ。
その転移魔法陣を皆で通る。
転移魔法陣はジールの竜舎の魔法陣、つまりダンジョンに入ったときに通った魔法陣につながっていた。
帰り道の転移魔法陣は、一方通行の作りになっているようだ。
「外暗いなぁ。アルラさん。意外と早かったみたいですね」
「そうだな」
転移魔法陣を出ると、外は夜が明ける少し前だった。
昨日の朝にダンジョンに入り、夜に数時間眠りモコやジスカールと戦って出てきた。
丸一日は経っていないようだ。
「がぁ……」
不安そうに俺たちを見るジールを、皆でなで回した。
それから、俺たちはトムの屋敷を経由して、ムルグ村へと戻った。
もちろんモコも一緒だ。
ムルグ村に到着する頃には太陽は昇っていた。
ムルグ村の転移魔法陣を設置してある倉庫から外に出ると、朝の散歩をしていた村長が走ってくる。
「朝帰りですか。最近忙しいみたいですね」
「忙しいのはもう終わりましたよ。それにしても村長は朝早いですね」
「年寄りの朝は早いですから」
そんなことを話していると、ミレットとコレットが衛兵小屋から出てきた。
「おっしゃん! おはよー」
「みなさん、おはようございます。すぐに朝ご飯を作りますね」
「おはよう」
「あれ? かっこいい狼さんいる!」
コレットがモコに気がついた。
せっかくなので、村長とミレットにもモコのことをフェムの祖父と紹介する。
ベルダとエクスのことも紹介しておく。もちろん王族とか侯爵とかは伏せてだ。
ベルダとエクスが村長とミレット、コレットと話している間に、魔狼たちは続々と集まって来た。
魔狼たちにはフェムがモコのことを紹介する。
モコと魔狼たちは互いに匂いを嗅ぎ合っていた。
「そうですか。フェムさんのお爺さまなんですね。よろしくお願いしますね」
「よろしくね、モコちゃん」
「もこもこだー」
村長たちもモコのことを歓迎してくれている。
モコは少し戸惑いながらも、ゆったりと尻尾を揺らした。
「村長、相談があるのですが」
「なんでしょう?」
「実は……」
俺はこれまでの経緯を簡単に説明することにした。
三百年前、村を作った勇者が諸事情により封じられていて解放したので、その遺骨を葬りたいと伝える。
勇者ジスカールが魔人や不死者になったというようなことは言わなかった。
あまりにもショッキングな内容だからだ。
「と、ということは、モコさんは村にまつられている牙の持ち主ということですか?」
「そうなりますね」
俺が村に来たばかりの頃、村の宝として三百年前の魔狼王の牙を見せてもらったことがあった。
「それにしても勇者様が……。勇者様の魂は安らかに天に昇られましたか?」
「安心するのだわ。私が責任を持って天に送ったのだわ」
「ユリーナさんが葬送をとりしきったのなら、安心ですな」
村長はどこかほっとしたように言った。
「ということで、三百年前の勇者さまを葬る許可をいただきたい」
反対はされないと思っていたが、一応許可は取らねばなるまい。
「もちろんです。偉大なる勇者にして村の創始者ですからね。村人総出で墓作りを手伝わせてもらいますよ」
「そうですね。皆が起きてくるまでに、皆さん朝ご飯を食べましょう」
その後、皆でミレットの作ったおいしい朝ご飯を食べた。
モコが食べるのは重湯ではなくお粥である。
モコはお粥をゆっくりと舐めるように食べながら、皆の楽しそうな賞くじ風景を眺めていた。
朝食が終わる頃、モコは小さな声で「皆で食べるのも懐かしいな」とつぶやいた。
俺たちが皿洗いも済ませて、衛兵小屋から出ると、ムルグ村の村人たちが全員集まってきていた。
村長が集めてくれたらしい。
モコやベルダたちに挨拶するために集まってくれたのだ。
簡単にベルダ、エクス、モコを紹介すると、村人たちは歓迎してくれる。
「ムルグ村を作ったお人のお墓と聞いては、手伝わずにはいられないからな」
「うむうむ。で、アルさん、どこにお墓を作るんだ?」
どうやら、村人の中で今日の仕事が休みだった者たちが墓作りを手伝ってくれるらしかった。
そして村長も手伝ってくれるようだ。
「俺は勇者の従者だったモコに、勇者の好きそうな場所を聞こうと思っています」
「ああ、それがいい」
「それにしても立派な魔狼だなぁ。あの村の宝の牙の元の持ち主だって?」
「すげーなぁ」
そんなことをいいながら、村人たちはモコを撫でまくっている。
モコは戸惑いながらも、ゆったりと尻尾を振っていた。
「で、モコ。勇者はどういう場所が好きだったんだ?」
「うむ。小高い場所が好きだったのである。特にあの辺りは村がよく見えるから……」
モコは村の端の方に目を向ける。
「しゃ、しゃべった!」
「三百年前の勇者の従者だった狼ですから、しゃべることもあります」
「そんなもんんか。すげえなあ」
ゆっくりと歩くモコに皆でついて行く。
モコは少し足を止めては周囲を見回して、歩いて行く。
俺たちと村人の後ろから数頭の魔狼がついてきてくれていた。
「モコ。懐かしいのか? それとも変わり果てているか?」
「大きく変わっておる。同じ建物は一軒もない」
「がっかりしたか?」
「がっかりしていないぞ。変わってはいるが、とても懐かしくもあるのだ」
「……そうか」
そしてムルグ村の中の小高い場所に到着した。
そこには一本の太くて高い木が生えていた。
「この木は三百年前にもあった。もっと小さかったが」
「そうか」
「我が主は、夏の午前中。春と秋の午後。よくここに座って、木にもたれかかって村を見ていた」
そう言ってモコは木の匂いを嗅ぐ。
「冬は座らずにもたれかかっていた」
「そうか」
「激しい戦闘の日々が終わって、我が主は幸せだったのだと思う。そう儂は信じている」
だが、その日々は長くは続かず、ジスカールはまた戦いの中に身を投じることになったのだ。
それを考えると、平和に過ごせている俺は幸せだと思う。
「モコ。この辺りに墓を作ろうか?」
「うむ。お願いできるだろうか」
「任せておけ」
俺は村人たちと協力してジスカールの墓を作った。
地面をしっかり掘り、石室を作り、魔法で強化して遺骨を納めた。
その上に硬い石を魔法で研いて墓石とする。
「墓碑銘はどうする? 名前を残すなと王には言ったらしいが……」
「我が主は人として死んだのだ。それに……。だから儂は……」
ジスカールは初代国王に魔人で不死者で、大きな罪を犯したから英雄として名前を残すなと伝えた。
だが、ジスカールは人として死んだのだ。
モコの「それに」に続く言葉は、罪は三百年の間に充分償った、だろう。
それには俺も同じ思いだ。懲役刑や禁固刑を三百年務めたようなもの。
その主に付き合ったモコは忠義者だ。
俺がついモコの頭を撫でると、モコは身体をブルブルさせて尻尾を揺らす。
そうしながら、俺は墓碑銘を考える。
「モコ。じゃあ、こういう文面でどうだ?」
「いいと思うのである」
モコの許可をもらったので、墓に魔法で文字を刻む。
【心優しき偉大なる人族の勇者ジスカール、ここに眠る】
そして魔法で墓石も強化しておいた。
「よし、お墓は完成だ」
村人たちやみんなと墓の完成を喜んでいると、ミレットとコレットがモーフィと一緒にやってきた。
モーフィは背中に布に包まれた籠を乗せている。
「寒いでしょう。暖かいミルクとパンを持ってきましたよ」
「おっしゃん! おひるごはんたべよう!」「もっ!」
「そうか、もうそんな時間か。ありがとう」
墓を作っている間にお昼どきになっていた。
冬の寒い中作業していたので、お腹が減る。
「みなさんもどうぞー」
「ありがてえ!」
ミレットに勧められて、皆で暖かいパンとミルクの昼食を摂る。
冬だから家に帰って昼ご飯を食べるべきかもしれない。
だが、ジスカールを葬った今日ぐらいは近くでご飯を食べてもいいだろう。
みんなもそう思ったのか、墓を囲むようにして、立ったままパンを食べてミルクを飲む。
モコもミルクにパンを浸して食べていた。
「ミレットの焼いたパンはうまいな」
「ありがとうございます!」
「今が冬じゃなかったら、ここでピクニックしてもいいんだがな」
「そうですねー。春になったらやりましょう!」
「それはいいな。モコも一緒にやろうな」
「……うむ。ありがとう」
すると村長が言う。
「村の祭りにしてもいいかもしれませんね」
「ああ、それがいい!」
村人たちも賛成する。どうやら、ムルグ村に新しい祭りができそうだ。
俺はパンとミルクを持って、ジスカールの墓の横に立ってムルグ村を眺めた。
少し離れたところでは、ご飯を食べ終わった子魔狼とシギショアラ、チェルノボクとコレットたち村の子どもたちがじゃれ合っていた。
子どもたちは種族を気にせず遊んでいる。
フェムとティミがじゃれ合う子どもたちを近くから見守っていた。
少し目を村の中央へと向けると、六十軒ほどの家が建っている。
十人の村人たちが、家の外で薪割りなどの作業をしていた。
休憩がてら立ち話をしている村人もいる。
冬だからほとんどの村人は家の中で作業したり休憩したりしているのだろう。
村人たちはエルフ、ドワーフ、獣人、人族、魔族など色々だ。
みんな、のんびりと過ごしている。
いくつかの家からは温泉の湯気が上がっていた。
俺は、俺と同様に墓の横から村を眺めていたモコに言う。
「モコ。あとで温泉に入るか」
「……いいのか? 儂は狼だが」
「いつも、フェムも入っているぞ」
「そうか、いいのか」
ムルグ村では誰も種族を気にしない。
魔王でも勇者でも聖女でも竜王でも、死神や破壊神の使徒でも問題ないのだ。
ヴィヴィは魔族だし、ミレットとコレットはエルフで、俺の弟子のステフと村長は獣人だ。
「牛も狼も、竜も、スライムも、いつも一緒に温泉に入っている。モコも気にするな」
「そうか。いい村だな」
「モコの主が作った村だ」
「……うむ」
しばらく遠い目をして村を眺めていたモコが、俺たちに向かって頭を下げた。
「我が主の墓を作ってくれたこと感謝する」
モコは狼だが、人間たちがお礼を言うときに頭を下げることを知っている。
だから、その動作をまねて頭を下げたのだろう。
そんなモコに、村長が言った。
「モコさんはこれからフェムさんの群れと行動を共にされるのですか?」
「王より目上の者が居たらやりにくかろう。儂は遠くに行こうと思っておる」
それはさすがに心配だ。モコは魔天狼で非常に強い。
だが、いまは体調も万全ではないし、何より若くはない。
「モコさん。フェムさんの群れに入らなくても、ムルグ村には居ていいんですよ」
「居候になるわけにはいかぬ。無駄飯ぐらいになるわけにも……」
「ならば、モコさんも、アルさんと同じ衛兵になりませんか?」
「衛兵?」
「はい。報酬は衣食住ですが、村には温泉がありますよ。ね、アルさん」
「そうですね。最近俺はエルケーやチェルノ村に顔を出さないといけないことが多くなりましたし。モコが衛兵をしてくれたら安心ですね」
村人たちも是非衛兵になってくれとモコに言う。
「……ありがとう。儂はお言葉に甘えて、衛兵をやらせてもらおうと思う」
「それはよかった」
「じゃあ、今日は歓迎会だな!」
それを聞いてミレットが言う。
「歓迎会は一番大きな衛兵小屋でやりましょう!」
「それがいい! 後で酒と料理を持って行くぞ」
「私も料理つくっちゃいますね!」
「わらわも手伝うのじゃ!」
そんなことを村人たちは楽しそうに話しながら、村の中心部へと歩き始めた。
ベルダやエクスもそれについて行く。どうやら歓迎会にはベルダとエクスも参加してくれるようだ。
「さて、モコ。俺たちも歓迎会の前に温泉で汚れを落とそうか」
そして俺たちは衛兵小屋に向かって歩き出した。
おいて行かれると思ったのか、慌てたようにして、シギが飛んでくる。
子どもたちや子魔狼、モーフィやチェルノボクも一緒に走ってきた。
「遊んでいてもいいんだよ」
「りゃあ」
「そうか。ところでモコ。好きな食べ物や嫌いな食べ物はあるか?」
「嫌いな食べ物はない。好きな食べ物か。先ほど食べたパンが旨かった」
「ミレットのパンうまいよな」
「うむ」
「これっともすき!」
見上げると、雲一つない空が広がっていた。
「天気いいですね! アルさん」
「今日は冷えるわね。温泉入った後、湯冷めしないようにしないと」
「クルス。冷えるらしいのだわ。一緒に寝ることにしましょう」
クルスたちも、ムルグ村ではいつも楽しそうだ。
「本当にいい村だな」
「うむ」
そう返事をしたモコは、どこか嬉しそうで自慢げだった。