「えっと……
高校の入学後、最初のクラスオリエンテーションが進行している。
祐希はそわそわしていた。妙に居心地が悪い。
「やっぱりマジで男子なんだ」
「男の子の制服なんて初めて見たかも」
「こら、お前筋肉見たいからって身体ガン見すんなって」
誰かがそう話しているのが聞こえる。
クラスの方はざわざわしていた。祐希は改めてぐるりと周りの状況を見渡してみる。
結論から言って、それは夢でもない限り到底起こりえない光景だった。
まず一つに、このクラスのメンバーは祐希を除いて全員が女性である。
担任ですらそうだ。このクラスで唯一の男……いや、この
もう一つに、この教室にいるメンバーを観察してみる。まず目立つのは長い耳。次に猫耳。さらには小さくとも存在感のある黒い翼。
これらは順にエルフ、ワーキャット、ヴァンパイアの特徴である。
祐希のような
猫耳の子なんて今にも「ニャ」と言い出しかねない。
なにが原因か、なんて全くわからないが、祐希は春休みのふとした瞬間に前世の記憶を思い出した。
正確に言うと男女比1:1の世界で自分が学生として普通に生きて、そして大学受験の直前に交通事故で死ぬまでの記憶だ。
「このクラス、男いるってまじ!?」
「ほら、あそこ」
「やばいやばいぃ!! 生の同級生男子とかほぼ見ないから……あ、興奮してきた」
誰かが発情しているらしい。
この世界の異質さにも気づいている。この光景を常識的に思えないのは祐希ただ一人。
そしてつい一ヶ月ほど前まで、祐希自身もこの光景が普通だと信じてやまなかった。
ここはファンタジー貞操逆転の世界だ。著しく男女比が偏っている。生まれてくる子供の性別は大体男:女=1:500の割合らしい。
そして男女観が丸々入れ替わっている。
告白は女性からが当然、女は猿だから、みたいな俺の前世では男相手に言われてたことが平気で言われているのを聞いた。
もちろん、恋愛は女性が主導で男は導かれる側。
男は受け身であることが清楚とされる。
さらに、この世界は様々な種族が入り乱れるファンタジー世界だ。
しかし、街の様子や文化的な素養は全く元いた世界に変わらないように見える。だからローファンタジー的と言った方が近い。
休み時間になった後、祐希は隣の席にいる女子へ話しかけてみる。
彼女は祐希以外で、このクラス唯一のヒューマンだ。
「えっと、よろしくね。
「……よろしく。なんていうか、久しぶりね。あなたの顔を見るのも」
目を合わせてはくれず、少しバツが悪そうに接してくる奏音に苦笑いで返す。
俺は春休みに前世の記憶を思い出した。つまり、それまで俺はこの世界のことを普通であると考えて十数年間日常生活を送ってきていた。
奏音は小学校の時に仲良かった女友達、幼馴染だ。
「中学は俺が別の学校行っちゃったもんな」
「男子校でしょ。国唯一の。友達とかはできたの?」
「そりゃもちろん、大量に」
社会福祉は自然と男を保護する方に動いているものが多い。
隣の市に国唯一の男子校が建てられているのはその代表例だ。
男はその環境ゆえに共学に行ってしまうと不登校になりやすい。そう言う人たちの救済の目的もある。
「奏音とは家が近いから、中学の時もたまに会うことはあったけど、って感じだな。こうやってちゃんと話すのはマジで久しぶりな気がする」
「今日からまた、祐希の相手をしないといけないとはね。小学校以来だわ」
「言ったなお前」
俺の記憶から引っ張り出してきても、奏音はいつもこの調子だ。
このファンタジー貞操逆転世界で男相手に嫌味を言えるような性格に育ったのは、前世の記憶が戻った今考えるとたくましいと思う。
でも悪いやつじゃないのも知っている。なんだかんだと言いながらも、ちゃんと話は聞いてくれるし。
「男子校ってことはさ、あんまり女子はいないんでしょ?」
「ああ……校内に女子はまずいないね。生徒を襲ったら危険だって言ってたと思う」
「じゃあ彼女……とかもまだいない?」
「いないよ。まあでも、女子ばっかのこのクラスは環境が変わりすぎて慣れるのにしばらく時間がかかりそう」
恋愛面も気になる。女子に囲まれたこの状況はどう考えても異質だ。
元々男子校出身なのにプラスで男女比1:1の世界の記憶を思い出した今、この環境は少し緊張する。
「種族が同じなら近くの席に固められるらしいし、また仲良くしようぜ」
「……気が向いたら話しかけてあげる」
〜〜〜〜〜
放課後の教室に一人。ここに、
気が強く、口を開けば文句ばかり。男の幼馴染持ち、という周りからしたら心底羨ましいステータス持ち。
彼女がそんな態度を取るには理由がある。
「もぅ……ばかばかばか」
目を合わせないのは、まともに直視したら頬が熱くなるのを抑えられないから。
ツンケンとした態度をとってしまうのは照れ隠しだ。
「祐希くん、めっちゃかっこいい……」
そう呟いてため息をつく。昔からの幼馴染。祐希は奏音にとって、まさしく恋の象徴であった。
「せっかく高校で一緒になれたんだし、クラスも……! ちゃんと素直になって好きだって伝えられるかな。でも、できるかなあ、そんなの……」
高鳴る心臓を抑えて、奏音は机に突っ伏した。