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第6話

 ポーションを作るには、水と魔力液さえあれば十分事足りるのだが、魔石があれば、より効率よく進めることができる。

 魔石は触媒として利用するだけなので、消費することはなく、一個あれば何度でも使いまわしすることができるので、良い種類の魔石が使われていることが多い。

 魔石とは魔物の中にある核のことで、今回、ルークが用意したのは、アダマンリザードという金属の鱗を持つ蜥蜴の魔石だった。


「あぁ、アダマンリザードの魔石ですか……」

「何か問題があるのかい?」

「これは効果が強いのはいいのですが、僅かに興奮作用が出るんです。戦闘中に使うポーションとしてはいいのですが、冒険者ギルド内で使うには適さないですね」

「へぇ、なら何がいいだろ? 冒険者ギルドだから、魔石はいろんな種類があるけれど」

「なら、植物系の魔石はありませんか?」

「植物系? レッドトレントとか?」

「アルラウネはありませんか?」


 アルラウネは、花から魔物化した魔物と言われ、人間の女性の姿で現れ、その見た目と甘い香りに誘われた男を食べてしまう恐ろしい魔物だ。もっとも、強さそのものは大したことがないので、しっかりと対策をすれば撃退は容易い魔物である。


「なんでアルラウネなんだい?」

「アルラウネの魔石は魔力から鎮静作用を生み出す効果があるので、下級ポーションを作るにはちょうどいいんです。結局、冒険者ギルドで欲しいのは、教会で回復魔法をかけてもらうまでもないけれど、そのままにしておくと状態が悪化する程度のものなんですよね? だったら、それで十分です」

「なるほど。うん、アルラウネの魔石もあるよ」


 そう言って、ルークは緑色の魔石を置いた。

 桶の中に魔力液を流し、その中に魔石を沈める。


「ヒール」


 そして、下級回復魔法を流す。

 ポーション作りに使う回復魔法は、ヒール、グレーターヒール、エクストラヒール、フルヒールの順番に、下級ポーション、中級ポーション、上級ポーション、特級ポーションとランクが上がっていく。

 ただ、ランクが高いほど制御が難しく、失敗する可能性が高い。


 何も言われなかったら、下級ポーションを作るのが一般的だとルシアナは判断した。

 魔石により、鎮静作用の加わった下級ポーションの素が完成した。

 このままだと体に吸収されにくいので、水で三倍に薄め、漏斗を使って瓶の中に入れていき、できるだけ空気が残らないようにコルクで蓋をする。


「できました。確認してください」


 ルシアナはずっと見ていたルークにポーションを渡した。

 彼はそれを透かして見て、品質を確かめた。


「うん、よくできている。じゃあ、もう少し頼めるかな? 中級ポーションを作れる?」

「成功率は九割くらいですが」

「へぇ、じゃあお願いしていいかな」

「あの、約束――」

「うん、もちろんそれについては調べておくから」


 ルークが笑みを浮かべて言う。

 そう言われたら、ルシアナもポーション作りを始めた。

 それを少し見てから、ルークは小さな声で一緒に見ていたトーマスに声をかけた。


「トーマスさん、彼女、一体何者ですか?」

「言ったでしょ、旅の修道女だって」

「そうですか。これ見よがしに魔道具の腕輪を首からぶら下げているから、世間知らずの貴族のお嬢様かと思いました。だって、トーマスさん、いまは公爵家に仕えているんですよね?」


 トーマスはギリギリ顔の表情を変えずにいたが、内心は心臓が飛び出そうになっていた。

 ルークの人を見る目は確かだ。

 彼のことは、彼が冒険者ギルドの見習い職員になった十歳の時から知っているが、もしかしたら彼は他人の心を読むことができるのではないかと思ったことは一度や二度ではない。

 だからこそ、こうしてこの若さでギルド長として、冒険者ギルドの支部を纏められる存在になった。


「でも、違った。彼女のポーションの作り方は、貴族のお嬢様が家庭教師を雇って覚えられるようなポーション作りではない。効果ばかりを求める薬師ギルドとも違う。本当に使う人間のことを思って調合している、いまの王都の教会よりも、教会らしいポーションだ」


 まるで水を得た魚のように、ペラペラとポーションのすばらしさを語るルークを見て、そうだった、と、トーマスは彼の弱点を思い出した。

 観察眼に優れたルークは、同時に審美眼も超一流である。そのため、美しい物を見ると、我を忘れてしまうところがあった。


「まさに一流のポーション、いや、むしろ聖水だな。わかるかい、トーマス」

「聖水……」


 かつて、教会で作られていたポーションは、その高い効果と品質から聖水と呼ばれていた。

 しかし、教会の変化、薬師ギルドとの対立などにより聖水作りは行われなくなり、その技術も廃れていったと言われている。

 だが、ルークはルシアナの作ったポーションこそ、聖水だと断言した。

 その観察眼を以て。


(お嬢様――本当にあなたは一体、どこまで……)


 本当にすべて聖クリスト様の予言を賜った影響なのだろうか?

 そう疑問を抱くようになった。


 一方、そんなことを言われているとは全く気付いてもいないルシアナは、中級ポーションを作り終えた。

 いま作った感覚では、制御も容易で、これなら成功率九割どころか、百パーセント成功するのではないかと思ったほどだ。


「ルークさん、できました」

「もうできたのですか?」


 ルークはそう言って、一言、


「……美しい」


 と呟いた。


「え? そんな――突然美しいだなんて」


 前世で、貴族時代は侍従たちに、修道院時代は治療を施した患者たちに美しさを褒められることはあったルシアナだが、ルークのような美丈夫に褒められたことはないため、彼女はどう反応していいかわからなかった。


「なんて美しい中級ポーションだ」

「え? そっちですか?」

「薬師ギルドから卸された中級ポーションでも僅かに濁りが出ているのに、これには微かにも濁りがない。魔力が均一に行きわたっている証拠だ」


 そう言って、彼は中級ポーションの美しさを語った。

 ルークに対して、カッコいいけれど、変な人――というイメージがルシアナの中で固まった。

 その後、ルシアナは下級ポーションを三十本、中級ポーションを十本作っていく。


「あの、ルークさん、一ついいですか?」

「なんだい?」

「残った魔力液を使って、自分用に一本、ポーションを作っておいてもいいですか?」

「うーん、本当はギルドの備品だから個人での使用は禁止なんだけど」


 とルークは考え、


「まぁ、いいか。中級ポーション作りで一本失敗して廃棄したって報告書に上げれば、誰も不自然に思わないだろうし。あ、これはエリーには内緒ね。バレたら僕でも怒られるから」

「ありがとうございます」


 ルシアナはお礼を言って、こっそり試してみることにした。

 今の自分なら、前世では作る事ができなかった上級ポーションを作ることができるのではないか?

 そう思ったのだ。


 幸い、ルークは中級ポーションに見惚れているので、いまのうちにささっと作ってしまおうと思った。

 下級ポーションと同じように準備を進める。


「エクストラヒール」


 上級回復魔法が発動した。

 前世では発動できなかった魔法が、再度発動し、魔力液の中に込められていく。

 が、魔力液から魔力が漏れ出すのを感じた。

 このままでは制御ができない。

 ルシアナは必死になって、自分の魔力で魔力液を覆い、魔力が漏れ出るのを防ぐ。

 そして――


「収まった」


 魔力が完全に魔力液に浸透した。

 水を入れて薄めて、瓶に入れる。

 一回分しか作っていなかったのでこの程度で済んだが、さっきみたいに一度に多く調合していたら失敗しただろうなと思った。

 そして――


「あ」


 パキっとアルラウネの魔石が音を立てて割れてしまった。

 流し込む魔力が強すぎて、耐えられなかったのだ。


「ん? 今の音は?」

「えっと、すみません。割れてしまって」


 ルシアナは咄嗟にできたばかりの上級ポーションをポケットに入れて、そう言った。


「魔石が割れた? ……本当だ。いったい、何をしたらこんなことに」

「普通にポーションを作っていただけなんですけど」

「うーん、粗悪品だったのかな? いや、これはもしかして――」


 ルークが何かに気付きかけたその時だった。


「ギルド長、大変です!」


 エリーが酷く慌てた様子で部屋に入ってきた。


「どうした、エリーくん」

「北の冒険者ギルドから応援要請です。魔物に襲われて、大勢の怪我人が多数発生したとのこと! 急いで救援を!」


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