今日はバルシファルがいないので、ルシアナは冒険者ギルドでポーション作りをしていた。
「畑に玉ねぎ、タロの芋ぉ♪ スイカの種は勝手に植えない、カラスがほじって食べちゃうよ♪ カァカァカァ♪」
作業に慣れてきたルシアナは、無意識に歌を口
その笑い声を聞いて、ルシアナは恥ずかしくなって口を閉じてしまう。
「ごめんごめん、とてもユニークな歌詞だったから。シアくんが考えたのかい?」
「違います。修道院でよく一緒に仕事をしていた小さな子供が歌っていたんです。それが妙に耳に残ってしまって」
「そうか。でも、修道院時代って、シアくんが五、六歳くらいの話だろ? シア君より小さな子供が考えた歌にしてはいいリズムだね。もしかしたら、今ではプロの歌手になっているかもしれないよ」
「あ……ええ、そうだといいですね」
本当はルシアナが十七歳の前世の話だった。
シアのうっかりミスにより、修道院に天才子供歌手が誕生してしまった。
「シアくんのポーションは本当に美しいな。一つ相談なのだが――」
「どんな条件であっても、ギルド職員になるつもりはありません」
これも日常のやり取りになってしまっている。
ルークも最初から期待していないのか、それ以上の勧誘はない。
今日は早めにポーション作りを終えて、部屋で留守番をしているマリアのためにお土産を買って帰ろうかと思った――その時だった。
「困ります! ここは関係者以外立ち入り禁止で――」
「うるさい、通せ!」
受付嬢のエリーの声と、明らかにギルド職員とは異なる男の声が廊下から聞こえてきた。
廊下も既に関係者以外立ち入り禁止の場所であり、ルシアナのように特別な許可を貰った者以外、部外者が立ち入ることは許されない。
だが、妙だった。
冒険者ギルドの職員は荒事には慣れているし、ロビーには多くの冒険者が今日も酒盛りをしている。
無理やり職員専用の場所に入ろうとすれば、誰かが力づくで止めるはずだ。
力づくで止められない相手がいるとすれば、それは圧倒的な力を持つ者である。
ただし、筋力的な意味ではなく、権力的な意味で――
例えば、王族や貴族のような。
一体、何の用で? と思ったら足音は部屋の前で止まった。
そして、乱暴に扉が開かれる――ことはなく、扉が普通にノックされた。
少なくとも、
「エリーくん、客をお通ししなさい」
「……はい」
ルークの言葉に、エリーは不服そうに扉を開けた。
エリーと一緒にいたのは、メガネをかけた中肉中背、ルシアナと同じくらいの年齢の銀色の髪の貴族だった。
その姿を見て、何故かルシアナはイラっとした。
「一体、ここには何の用でしょうか?」
ルークが尋ねるも、メガネをかけた男は室内を見回し、そしてルシアナを見ると近付いてきた。
そして、彼はルシアナを足の先から頭の上までゆっくりと見る。
その視線、覚えがある。
(陰険メガネっ!? どうして、あなたがここにっ!?)
ルシアナは前世の記憶を呼び起こした。
あれは、ルシアナが十五歳になり、王立学院に入学して暫く経ってからの出来事だった。
ルシアナが取り巻きの令嬢と一緒に、図書室で紅茶を飲んでいる時の出来事だった。
そこにやってきたのが彼だった。
『ここをどこだと思っている。図書室は臭い茶と品の無い菓子を食べ、下劣な雑談を繰り広げる場所ではないぞ』
そう言って来たのが彼――ジーニアス・ロドリゲスだった。伯爵家の長男である。婚約者が決まっていなかったため、次期伯爵夫人の椅子を狙った貴族令嬢たちが彼に声を掛けたが、「ここは学ぶための場所だ。つまらん婿捜しなら余所でしろ」と取り付く島もなかったことで、いつしか女子生徒の間では関わるだけ無意味な男という認識だった。
ちなみに、図書室での飲食は厳禁であり、ジーニアスが言っていることが正しかったのだが、ルシアナはその上から目線の口調に腹が立ち、言い合いになった。
『あなたに指図されることはありませんわ。司書には許可を取っております』
『許可? 司書はヴォーカス公爵家の寄子の家の者だ。貴様の命令に逆らえるはずがないだろう』
『あら、それでは私が無理やり言うことを聞かせたみたいではありませんか。ねぇ、あなたたち、私はそんなことしたかしら?』
『いいえ、ルシアナ様は普通に尋ねていましたわ? 図書室で茶会をしてもいいかと』
『司書の先生も、ルシアナ様に使っていただけるなら光栄と仰っておりました』
『私たちは誰にも迷惑を掛けておりませんわ』
ルシアナの言葉に、取り巻きたちはそう言い放つ。
だが、ジーニアスは怯むことなく、ルシアナに言った。
『なるほど、噂通りの我儘令嬢のようだ。自分に従う取り巻きに持ち上げられていい気になってる愚者でもある。なるほど、シャルド殿下がお会いにならないのも――』
そこまで言われたルシアナは紅茶のカップを投げつけた。
中身が入ったままのカップを。
だが、ジーニアスは紅茶を掛けられても顔色を変えずに、続けて言う。
『短絡的な行動、理性の欠片もない』
『去りなさい!』
『言われなくても失礼する。これ以上の騒ぎは俺としても好ましく思わないのでな。貴様が司書先生にお願いしたように、私もお願いしたいものだ。二度と図書室に顔を出さないようにと』
その時のジーニアスの見下すような顔は今でも覚えている。
覚えているが――
(いや、絶対に私の方が悪いですよね。ジーニアスさんの言い方も悪いですが、それ以上に私のやっていたことの方が悪いです。司書先生にお願いしたときも、公爵家の存在をちらつかせて、半分脅していましたし)
でも――何故、そのジーニアスがここに来たのか、ルシアナにはわからない。
公爵令嬢であったルシアナに対しても怯まない彼だ、平民 (ということになっている)シアに対し、一体どんな態度に出るかわからない。
「このポーションを作ったのは、あなたか?」
ジーニアスはそう言って、置いてあったポーションを手に持ち、ルシアナに尋ねる。
「え……えぇ、私が作っています。何か品質に問題がありましたか?」
もしかして、作ったポーションに問題があり、直接クレームを言いに来たのか?
そう思ったとき、ジーニアスは突然跪き、言った。
「俺はジーニアス・ロドリゲスと申します。ポーション作りの天才、シア殿とお見受けします。どうか、俺をあなた様の弟子にしてください!」
「…………はい?」