目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第149話

 ルシアナは毎朝誰よりも早く起きるが、その日は特に早かった。

 夜明け前、人も魔物もまだ動き出さない、早朝と呼ぶには空には星々が煌めき、ようやく東の空がうっすら明るみを帯びてきたかきていないかという時刻。

 普段は自室で行う神への祈りを、今日は村の真ん中で行った。

 護りたい村の中心で。

 そして、五分程で神への祈りを終える。


「今日はいつもより終わるのが早いんじゃないか? 大切な日なんだろ?」


 背後に立っていたキールが尋ねた。

 今日の魔物の襲来。

 呪法薬を使って乗り越えられなければ、いずれ戦線は壊滅。

 村も滅びることになる。


「そうですね。でも、そんな日だからこそ……ですかね?」

「どういうことだ?」

「人は多くの願いを持ちます。長生きしたい、お金が欲しい、偉くなりたい、好きな人に振り向いて欲しい、殿下に婚約破棄されて公爵家を追放されたい。そんな風に、人は生きている限り、願いが尽きることがありません」

「最後の願いはお嬢様くらいなものだけどな」


 キールがポツリと呟く。


「でも、願いというものは、本来自分で叶えるべき。いえ、そうであろうとするべきなんです。そうでないと、人は何かに失敗したとき、それを自分のせいでなく、神様のせいにしてしまいますから」


 そして、ルシアナは振り返って言う。

 だから、いつも以上の時間、神様に祈るのは、全てが終わってからだ。

 それが感謝の祈りになるか、贖罪の祈りになるかはわからない。

 無事に生きて明日を迎えられるかもわからない。

 悪役令嬢であるルシアナが、長時間神に祈りを捧げているところを見られては困るという理由も僅かにある。


「キールさんこそ、あまり寝ていないようですけど、大丈夫ですか?」

「今日は俺の夜警担当日だったからな。お嬢様が外に出たら最優先で護衛に回るがな。ていうか、普通、公爵令嬢の護衛が俺一人っていうのも少なすぎるぞ。というか、昨日酷い目に遭ったばかりだろ?」

「昼間はいつも最低三人は一緒にいてくれますけどね……私の秘密を知っている人が少ないですからね。あまり人数を増やせないんですよ」


 危険がない場所ではこっそり離れた場所にいてルシアナの邪魔にならないところで見張っているが、人が多い場所では近くで見守ってくれている。

 しかし、ルシアナが、シアとして活動をしていることを知っているのは、キールを含め数人しかいないので、これ以上護衛を増やせないというのが現状だ。


「トーマスさんに護衛に戻ってもらうか?」

「トーマスさんって強いんですか?」

「護衛としての仕事を教わったとき、ゴブリン三体とならギリギリ戦えるって言ってたぞ。一般人相手なら負けないとも」


 つまり、冒険者としては平均レベルか、それより少し弱い程度の実力である。

 しかも、護衛としての仕事を教わったときというのは、トーマスが引退する前。

 彼が引退してからは戦いから退いたので、いまはさらに実力が落ちているだろう。

 いまは、もしかしたら一般人に負けるかもしれない。

 そんな人に護衛を頼めない――とルシアナは思ったが口には出さなかった。


「なら、早めに公爵家を追放されないといけませんね。公爵家を追放されたら、護衛も必要ありませんし。あ、でも命を狙われることはあるかもしれませんが」


 前世では何者かに狙われて、殺されてしまった。

 その時の実行犯は記憶を失ったキールだったが、あの時は誰かに依頼された様子だった。


「命を狙われたらって――お嬢様、誰かに狙われてるのか?」

「まぁ、悪役令嬢ですから。実際に狙われているとは限りませんが」


 ただ、現世では命を狙われるかどうかはわからない。

 そのためにも、一人でいるのは不安である。


「うーん、やっぱり自衛のための訓練は欠かせませんね。最低でも、キールさんには勝てるくらいにならないと」


 そのくらい強かったら、前世では死ななかったと、ルシアナは思った。


「おい、何十年かけてもお嬢様には負ける気はしないぞ。トーマスさんじゃないんだから」

「それはトーマスさんに失礼ですよ!」

「まぁ、確かにあの爺さんなら何十年も生きていられないがな」

「それはもっと失礼ですよ」


 ルシアナが言うと、キールは苦笑して言った。


「弱いままでいてくれよ、お嬢様。公爵家を追放された後も、一緒に冒険者として活動してくれるっていうのなら、回復役より弱い前衛じゃ、格好がつかないからな」


 キールが笑って言った。

 そんなキールを見て、ルシアナは小さく呟く。


「私の方が強くなっても、キールさんは十分カッコいいですよ」


「ん? いま、何か言ったか?」

「私に負けたくないのかしら、キール。残念ながら、公爵令嬢であり将来の皇太子妃(破棄予定)の私の才能があれば、あなた程度の実力あっという間に追い抜いてみせますよ」

「おい、急に悪役令嬢モードになるなよ。びっくりするぞ」

「ふふ、じゃあ、私に追い抜かれないように、頑張ってくださいね」


 ルシアナがそう言ったとき、太陽が昇り始めた。


「でも、その前に、まずはこの戦いを終わらせないといけませんけどね」

「そうだな――せいぜい頑張らせてもらうよ」


 キールはそう言って東の空を見詰めたのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?