目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第176話

 魔法薬については今すぐどうこうできるものではない。

 必要な材料が全く揃っていないから。

 そのあたりはロレッタに任せ、ルシアナは次の授業に行くことにした。

 これから受けるのは護身術の講義だ。

 ターゼニカ魔法学院はその名の通り魔法を学ぶための学院だが、魔法以外を教えないわけではない。一般教養はもちろん、剣術や乗馬の講義も行われる。

 そして、その中には護身術も含まれる。

 総じて武術の類は貴族の女子生徒には人気がない。

 しかし、ルシアナは将来、公爵家を追放されて冒険者になるつもりでいる。

 ある程度の自衛の手段は持ち合わせているが、しかし手札は多い方がいい。

 そう思ってその講義を選んだ。


「少し遅れてしまいました」


 ルシアナはそう呟いて走る。

 既に遅刻だ。


 そして、護身術が行われる第二グラウンドの近くまで来て、妙な事に気付いた。

 やけに女子生徒の数が多いことに。

 だが、何故か彼女たちはグラウンドに入らない。

 女子生徒たちが見ているのはグラウンドの中だ。

 見学だろうか?


(女性を夢中にさせる殿方……もしや、シャルド殿下っ!?)


 前世では、ルシアナは学院内でほとんどシャルドを見かけることはなかった。

 それこそ避けられているかのように。

 しかし、彼もこの学院に通っている以上、何かしらの講義は受けているはず。

 当然、ルシアナはそれを警戒し、シャルドが絶対に受けない講義を選んで受講している。

 この時間は剣術の講義が第一グラウンドで行われているため、シャルドならそっちを受けるかと思っていた。

 ルシアナは警戒する。

 シャルドはルシアナの顔を知っている。

 例え髪の色を変えていたとしても、彼ならばシアとルシアナが同一人物だと見抜く可能性がある。

 ルシアナは恐る恐る人垣の後ろから第二グラウンドを覗き込んだ。

 そこにいたのは――


「ファル様っ!?」


 バルシファルだった。

 ルシアナ声を上げるとそれに気づいたバルシファルは笑顔で手を挙げる。

 それを見た女子生徒たちが黄色い声を上げて倒れた。

 ルシアナは今すぐグラウンドの中に飛び出したいと思ったが――


「シアだな。遅刻の理由は聞いている。今すぐ着替えてこい」


 と命令をし、


「それでは、バルシファル先生。手筈通りに」

「ええ。では私は剣術の講義に戻ります」


 と言ってバルシファルは去っていく。

 バルシファルが護身術を教えてくれるわけではないらしい。

 ルシアナは肩を落とした。


「シア、何している。さっさと走れ!」

「はいっ!」


 怒られたルシアナは即座に走った。

 そして急いで修道服から運動用の服に着替える。

 他の生徒たちはそれぞれ違った筋トレを行っている。

 護身術と言ったから、てっきり戦い方を教えてくれると思ったのだが、まずは体力づくりをしているようだ。

 ただ、何人かが顔や腕に痣のようなものがあるのが気になった。


「さて、私が護身術担当教官のチリアットだ。まず、シアの戦う力を調べる」

「戦う力ですか?」

「そうだ。シア。お前が強姦に襲われたとき、対処する方法はいくつ持ち合わせている?」

「聖属性の魔法による目くらましと、薬ですね。毒とまではいきませんが、一時的に相手を行動できなくする薬は持ち歩いています」

「ほう、中々いい手段だ」


 何故かチリアットは嬉しそうに言った。


「薬はいま持ち歩いているか?」

「いえ、持っていません」

「そうか。ならば魔法だけでいい。まずは私を魔物と思って攻撃してこい。ここにある木刀を使ってもかまわん」


 そう言って先生が構える。

 そこでルシアナは気付いた。

 他の生徒たちも既にチリアットと一度戦ったのだろうと。

 そして反撃を食らって、痣ができたと。

 チリアットは木刀を使わない。

 だが、ルシアナには木刀を使ってもいいという。

 それだけの実力差があるのだろう。


「わかりました――では、行きます!」


 ルシアナは即座に動いた。

 光の魔法による目くらまし。

 しかし、それでダメージを与えられない。

 ルシアナは同時に動いた。


 そして――


「シア、何をしている」


 チリアットがジト目で尋ねる。


「先生を魔物と思って行動しました」


 ルシアナが大きな声で言う。

 チリアットの視界を奪った直後、ルシアナはグラウンドの端に逃げたのだ。


「私は後方のサポートです。魔物と一対一で戦うことになったら、倒すことではなく逃げることに専念します」

「なるほど、それはいい心構えだ。それなら――」


 チリアットは前に出た。

 ルシアナは再度光の魔法を放つ。

 これで相手の目を潰して――

 とその時、光の中からチリアットの手が伸びた。

 そしてルシアナの身体を掴む。

 このままではやられると、ルシアナは「痛みを与える魔法」を使う。

 激痛という程ではないが、普通ならば咄嗟に掴んだ手を離してしまうくらいには痛いはずの魔法だ。

 だが、チリアットはその痛みに何ら反応を見せず、そのままルシアナを投げた。

 見事な投げだ。

 背中から着地したのに、ほとんど痛みを感じない。


「先生、見えているのですか?」

「見えていなくともこのくらいはできる。そうでなくては護身術の教師は務まらん」

「……参りました」


 ルシアナはそう降参した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?