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第8話 ママン、襲来

「――7、6、5」

「ハッ!?」




 母ちゃんの死のカウントダウンを前に、過去から現代へと強制的に意識が戻ってくる。


 そ、そうだ、こんなことを想い出している場合じゃない!


 俺がモタモタしている間にも無慈悲なカウントダウンは続いているのだっ!




「4,3,2――」




 あっ、終わった。


 俺、終わったわ。


 来世は異世界に転生してチートでハーレムを築き全力でスローライフを送りたい! と願った矢先、まるで天啓を受けたかのように俺の脳裏に去年の母ちゃんの言葉が稲妻イナズマの如く浮かび上がった。




「1……ぜ」

「ッ! ひ、1つ、不純異性交遊の禁止! 2つ、テストで赤点をとるのも禁止! 3つ、規則正しい生活を送ること!」




 ギリギリ思い出すことに成功した俺は、泣き叫ぶようにスマホに向かって口をひらいていた。


 俺の言葉を聞いたはずの母ちゃんは、むっつりと沈黙したまま深くため息をこぼした。




「……はぁ、残念だ」

「やべぇ、間違えた!?」

「……なんで正解してんだよテメェ。怒鳴り散らせねぇじゃねぇか、シバくぞ?」

「えぇ……。なんで正解したのに怒られてるの、俺?」




 理不尽ここに極まれり。




「まぁいい。それで? ちゃんと約束は守ってんだろうなぁ?」

「も、もちろん! 不純異性交遊なんてしてないし、言われた通りの規則正しい生活だってしてる!」




 力強く断言した俺に、母ちゃんは珍しく申し訳なさそうに口をひらいた。




「あぁ~……その不純異性交遊の件なんだが、別に気にしなくていいぞ。というか、おまえが異性と交際出来るわけないし。ごめんな? 無理難題を押し付けて?」

「こんなムカつく謝罪をされたのは初めてだよ」




 母ちゃんのあまりにもありがたい言葉に、涙がちょちょぎれそうだ。


 あまりにもムカついたので、俺の中の反逆心にボッ! と火がいたのが自分でも分かった。


 そして俺は自分が後悔することも知らないで、つい我が家のビック・マムにとんでもねぇ見栄を張ってしまう。


 そう、俺は申し訳なさそうな顔を浮かべる母ちゃんに、ついこう言ってしまったのだ。




「バカにすんなよ母ちゃん? 俺にだって彼女の1人くらい居るわ」

「見栄を張る童貞ほど、見苦しいモノはないな……」

「愚弟? 頭の中や画面の向こう側に居る女の子は『彼女』とは呼ばないのよ……?」




 珍しく優しい顔つきで姉ちゃんが悲しそうに俺を見て微笑む。


 あのさ? その慈愛に満ちた瞳を向けてくるのやめてくんない?


 はっ倒すぞ、メスブタ?




「別に嘘でも心の病気でもねぇよっ! 今日だって放課後、自慢の彼女と一緒にデートして来た後だしなっ!」




 その証拠にほらっ! と俺がポケットから1枚のプリクラシートを取り出し2人に見せた瞬間、母ちゃんと姉ちゃんは2人揃ってギョッ!? と目を見開いた。




「こ、これは……っ!?」

「う、嘘でしょっ!? マジなの愚弟っ!?」




 母ちゃんと姉ちゃんの視線の先、そこには我が不肖の1番弟子であるヨウコ・コヒツジと知的でクールなナイスガイである所の俺様が、アヘ顔ダブルピースを浮かべて写っているプリクラがあった。


 まさかマジで彼女が居るとは思っていなかったのだろう。


 姉ちゃんが信じられないモノを見る目で、つい先ほどラブリー☆マイエンジェルと撮ったばかりのプリクラを凝視し続ける。


 その横では、真剣な眼差しでプリクラに視線を落とすママンの姿が。




「なるほど、な。……なぁ我が息子よ?」

「なんだよ母ちゃん?」




 プリクラから視線を切り、母ちゃんはまっすぐ俺だけを見据えて、




「それで? 1時間おいくら万円だ?」

「レンタルじゃないよ?」




 流石は俺のママンだ。


 真っ先に恋人代行レンタルを疑うあたり、母ちゃんのただれた恋愛遍歴を垣間見た気がしたよねっ!




「レンタルじゃない、だと!?」

「性格はっ!? 性格はどうなの、愚弟!?」

「せ、性格? そうだなぁ……」




 驚き固まる母ちゃんを無視して、姉ちゃんが食ってかかってくる。


 俺は普段のよこたんの様子を思い浮かべながら、




「性格は基本的にお人好しで、おっとりしているかな。なんうか、細かい所に目が行くというか、俺のあとを3歩うしろから付いてくるような感じかな」

「う、嘘でしょ!? そんな大和撫子がまだこの日本に居たというの……っ!?」

「ふむ? お人好しで、おっとりしていて、気配りの出来る美少女か」




 ママンは切れ長の瞳をスッと細めながら、ニィッ! と深い笑みをたたえた。


 その顔は何か企んでいる姉ちゃんソックリで……あっ、ヤバい。


 長年の経験からか、ママンの笑顔を見た瞬間、俺の中で緊急事態宣言が発令。


 するのだが、それよりも早く母ちゃんが「よしっ!」と短く上機嫌に笑った。




「この娘をシロウの嫁にしよう。お母ちゃんは決めましたっ!」




 ……えっ?




「おっ? お母さんにしてはイイコト言うじゃない。あたしもこんな可愛い妹が欲しかった所なのよねぇ~っ」

「『にしては』は余計だ、バカ娘が」




 えっ? えっ?




「本当は別件でおまえらを問い詰めるつもりで帰ってきたが、気が変わった」




 母ちゃんは見ているコチラが恐ろしくなるほど、気前のいい笑顔で。




「よし息子よ、さっそく貴様にファーストミッションだ。明日、この可愛い例の彼女を我が家に連れて来い。これはお母ちゃん命令だ」




 と言った。 ――ってぇ!? 




「ちょ、ちょちょちょっ!? ちょっと待って母ちゃんっ!?」




 俺は呵呵大笑かかたいしょうと姉ちゃんと2人で笑みを深める母ちゃんに、慌てて詰め寄った。


 もう察しのイイ諸兄の皆さまにおかれましては、薄々勘付いているとは思うのですが……えぇ、嘘です。


 わたくし大神士狼、彼女なんて居ません。


 もちろん彼氏も居ません。


 口から出まかせ。


 売り言葉に買い言葉。


 ただ何となくマイ☆エンジェルとのプリクラがポケットに入っていたから、それとなく見栄を張っただけです。


 すいません、勘弁してください……。


 なんて言おうモノなら、バレンタインの日、鏡の前で必要以上にオシャレに気を遣っている息子を生温かい目で遠巻きに見守られる不愉快極まりない視線を向けられるのは自明の理。


 それは俺の尊大な羞恥心と臆病な自制心が許さない。


 もしこの2人に見栄を張ったとバレたら、間違いなく俺は恥ずかしさのあまり虎さんにトランスフォームして、池田動物園あたりでガオガオ言いながら園の人気者として余生を幸せに暮らすに違いない。がぉーっ!




「あ、明日は流石に急過ぎるって。学校だってあるし、よこたん――俺の彼女にも予定ってもんが……」

「そんなもの全部キャンセルしてもらえ。よし千和、彼女さんのお出迎えをするぞ。手伝え」

「ガッテン承知の助」




 う~ん、取りつく島ナシっ!


 母ちゃんと姉ちゃんは鼻歌混じりに俺をリビングに残して、2人仲良くどこかへ消えていく。


 ぽつん……と1人正座したままリビングに残された俺は、浮気現場に踏み込まれた間男のようにガタガタと激しく震え始めた。




「ど、どどどっ!? どうしよう!? どうしようっ!?!?」




 ちょっとしたイタズラ心が、なんだかとんでもねぇ大事になってしまったぞぅ!?


 というか、なんで母ちゃんは我が家に帰って来たんだ?


 出張はどうしたんだ?


 あぁ、クソッ! らしくもなく慌てているせいで、思考が定まらねぇっ!?




「お、落ち着け俺ぇ。まずは落ち着いて、状況を整理するんだ」




 トークの魔術師と言われた俺のたぐいまれなる話術の為せる技のせいで、アッサリと俺の嘘を信じてしまった母ちゃんfeat.マイシスター。


 結果、明日よこたんをマイファミリーの前でお披露目するハメに……。


 おいおい、なんだそのウルトラプレッシャー三者面談は?


 一体前世でどれだけ悪徳を積んだら、こんなコトになるんだよ?


 気分はまさに痴漢乗車率100%の超特殊専用車両に乗り合わせた女子校生のようだ。おいおい、どこの最終痴●列車だよ? 俺も乗せてよっ!




「と、とりあえず、よこたんに連絡をっ!」




 俺は震える指先を必死に動かし、よこたんのラインに連絡を送った。




『我が偉大なる弟子、ヨウコ・コヒツジよ。話がある。というかお願いがある』

『??? どうしたの、ししょーっ? そんな改まって? お願い? ボクでよければ手伝うけど?』




 何とも心強い言質げんちをいただいた俺は、覚悟を決めて本題を切り出した。




『明日、何も聞かずに俺の女になってくれ』




 ――瞬間、何故か彼女の姉の方から鬼のように電話がかかってきた。

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