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第16話 魔法使い(意味深)になれなかった男の子の話

 そわそわ……そわそわ。


 そわそわ……そわわ。




「??? ねぇ大神くん? なんだか今日1日、ウチのクラスの男の子だけ様子がおかしくありませんでしたか?」

「そ、そうか? 別に普通だろ?」




 シンデレラマップから元気の名前が消失して、4時間後のお昼休みにて。


 テスト勉強するべく俺の机にやって来た古羊が、不思議そうに小首を傾げながら、キョロキョロと誰1人として机から離れようとしない野郎共を見渡して「いや……」と吐息にも似た言葉を溢した。




「普通じゃないですよ。どうしてお昼休みなのに、誰も動こうとしないんですか? しかも皆さん、まったく同じ姿勢で固まったまま……明らかに異常ですよ?」




 珍しく猫を被ったまま、ちょっとドン引きする古羊。


 そんな彼女の心を代弁するかのように、2年A組の女の子たちは教室の異様な雰囲気から逃げるように、我先にとお弁当片手にエスケープしていく。


 結局、教室に残った女の子は古羊1人だけとなった。


 古羊は少しの間だけ何かを考えるような仕草をしたが、すぐさま考えるのが面倒臭くなったのか、いつもの強化外骨格のような笑顔を顔に張り付け、ニッコリと俺に向かって微笑んだ。




「それじゃ時間も無いことですし、テスト勉強していきましょうか? 今日の範囲は――」

「その前に、さ。元気も一緒に誘っていいか?」

「猿野くんですか?」




 コテンと可愛らしく首を傾げる古羊に、俺は下手くそな笑顔を作りながら「あぁ」と小さく頷いた。




「ほらアイツ、常に学年1位だし。見た目と中身はともかく、頭はすこぶるイイだろ? だからさ、アイツの力も借りたいなぁ~って思って……ダメかな?」

「わたしは構いませんが……」

「よしっ! じゃあ呼んでくるっ!」




 俺が音を鳴らして席から立った瞬間。


 ビクッ!?


 と、お股に仕込んだローターが突然ONになった女子校生のように、元気を除く野郎共の身体が一斉に震えたのが分かった。




『頼むぞ、エージェント:大神カスっ!?』

『猿野のサルノが本当にシンデレラになったのか確かめるのだっ!』

『というか、ナニを仲良く古羊さんと話してんだ、このカス?』

『古羊さんの半径3メートル以内に近づくんじゃねぇぞ、このカスッ!?』

『バツとして古羊さんの使用したパンストを貰ってこい。もちろん気密パックしたうえでなっ!』




 仲間たちの熱い声援アイコンタクトと共に、2年A組カス男子一同の視線が俺に集まる。


 任せてくれ、みんなっ!


 さぁ、作戦開始だっ!


 野郎共の期待を一身に背負いながら、のんびりと教科書を机の中にしまっている元気のもとへと歩いて行く。


 その歩みは普段の俺からしたら物凄くぎこちなく、気分はまさにヒト型ロボットに乗り込み、必死に操縦桿を握っているチルドレンのようだった。




「よ、よぅ元気? ちょっといいか?」

「んっ? おぉ相棒っ! どったんや?」




 岡山県と香川県のハーフは、いつものエセ関西弁を巧みに使いこなしながら、なんの気重ねもなくニカッ! と爽やかな笑みを俺に向けてくる。


 どれくらい爽やかなのかと言えば、もう髭剃りのCMくらい爽やか。


 ヤダ、メッチャ爽やかじゃんコイツぅ~(さわやか♪)。




「いや、実はさ? 今から古羊とテスト勉強するんだけどさ、元気も一緒にやらね? ほら、おまえ性格は破綻してるけど、頭だけはいいからさ?」




 俺は心の中で1人ニッチャリと微笑んだ。


 コイツのことだ、憧れの古羊と一緒にテスト勉強が出来ると分かれば、一も二も無く了承するに違いない。


 あぁ、目に浮かぶようだ。


 鼻の穴がみっともなく広がり、最高に興奮した声で『ぷほぅっ!? 是非ぜひヤラせていただきまふでふっ!』とか可愛く返答しようとした結果、夜道に出会ったら子どもがギャン泣きしそうな、子ども向け番組の奇怪なマスコットキャラクターのような口調で即座に応じるアイツの姿が……ふふっ。


 その証拠に、元気は気持ち悪いくらいテンションが激上がりした顔で、すぐさま了承し――




「すまんなぁ相棒。実はこのあと、予定があるねん」

「「「「な、なにぃっ!?」」」」




 すこぶる冷静な口調で、申し訳なさそうな顔を浮かべる元気に、俺だけでなくクラスに居た野郎共全員が声をあげて驚いていた。


「わっ! ど、どうしたんですか皆さん?」と俺の背後について来ていた古羊が、目をパチクリさせていたが、そんなこと今はどうでもいいっ!


 げ、元気が誘いを断っただと!?


 そ、そんなバカなっ!?


『双子姫』という最高のを用意したというのに、喰いつかないだとっ!?


 なんだコイツは変態か?


 本当に俺の知っている猿野元気なのかっ!?




「ど、どうしたんだよ元気っ!? らしくねぇじゃねぇか!? おまえは本当に猿野元気なのかっ!? いや違うっ! 誰だおまえはっ!?」

「酷い言われようやなぁ」




 元気は苦笑を浮かべながら、軽く肩を揺すってみせる。


 その少女漫画に出てくるスカしたイケメンばりの笑みに、思わずドキッ! としてしまう。


 どれくらいドキッ! としたかと言えば、声優さんのブログのタイトルが【ご報告】だったときぐらいドキッ! とした。やめてぇ~、結婚しないでぇ~っ!?




「おい元気っ!? おまえは――」

「――し、失礼しまぁ~す」

「「「「「ッッ!?」」」」」




 俺がさらに元気に言い募ろうとした矢先、我らが2年A組の前の扉から実に女の子らしい可愛い声が教室に木霊した。


 その瞬間、教室に残っていた元気と古羊を除く生徒全員の意識が吸い寄せられるように、声のする方向へと引っ張られた。


 俺たちの視線の先、扉の前、そこには実に不安そうな顔で首だけコチラを覗かせながら、キョロキョロと我らが教室を見渡す1人の女子生徒の姿があった。


 俺は、いや俺たちは彼女を知っている。


 陸上部の期待のホープにして、1年生美少女ランキング同率1位の――




「「「「し、司馬しばあおいちゃんっ!?」」」」




 間違いなかった。


 見間違うワケがなかった。


 あのちんまりとした小柄な身体、カモシカのようなしなやかな脚、ウマのシッポのようなポニーテール。そしてあどけなさが残る愛らしい顔つき。


 噂の美少女1年生、司馬葵ちゃん、その人であるっ!


 ば、バカな!?


 何故彼女がここにっ!?




「おっ、きたきた! お~いハニーっ! コッチやコッチぃ~っ!」

「ッ! ダーリンッ!」




 司馬ちゃんは俺の姿を捉えるなりパァッ! と顏を輝かせ、コッチへと駆けてき……えっ?


 うそっ? 


 ふぉーりん・みーっ?


 司馬ちゃんは確実に俺と抱き合わんばかりの勢いで、両手を広げて突進してきて――おっとぉ? 


 ラブストーリーが始まったのか?


 メリーゴーランドがまわり出したのか!?


 このまま司馬ちゃんと2人で慎ましくも温かい、幸せな家庭を築いていくことになるのか?




「クククッ……どうやら俺の人生もついseason2に突入したらしいな」

「なにをニヤニヤしながら意味の分からないことを言っているんですか、大神くん?」

「会いたかったっすダーリィィィィンッッ!!」




 冷めた眼つきをした古羊を華麗にスルーしながら、両手を広げ、司馬ちゃんを受け入れ体勢に入る俺。


 さぁ司馬ちゃん、ドーンと来いっ!


『司馬ちゃん発、俺の胸行き』の特急列車は止まることなく、華麗なステップを踏みながら――俺の両手をすり抜けて……うん。


 振り返ると、元気と司馬ちゃんがイチャイチャ♥ と抱き合っていたよね。




「えへへ……ダーリンが遅いから迎えに来ちゃったっす♪」

「ありがとさん、ハニー。今日もハニーは世界1カワイイのぅ♪」

「そういうダーリンは世界で1番カッコいいっすよ♪」

「あっ、コイツぅ~♪」




 元気と司馬ちゃんの猫撫で声だけが教室に木霊する。


 ……人間、あまりにも理解不能な出来事を前にすると、何も言えなくなるんだね。


 俺は目の前でいともたやすく行われるえげつない行為に呆然と立ち尽くしていると、古羊が「はて?」と小さく小首を傾げた。




「アナタは確か1年B組の司馬葵さんですよね? どうして2年生の教室に?」

「あっ、そう言えば古羊はんには教えてなかったのぅ」




 元気は珍しくちょっと照れたように頬を赤らめながら、




「紹介しますわ。コチラ、ワイの世界1……いや宇宙1かわいい彼女の――司馬葵ちゃんや」




 その日、俺は法治国家の終わりの音を聞いた。

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