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第9話 合鍵



「お母さん、優しそうな人だったね」


「そう? 母さんは怒ると結構怖いんだよ?」


 そう言って一樹は笑った。



 食卓には私の作ったカレーと、ちぎったレタスとゆで卵で作ったサラダ、野菜スープが並んでいる。


 一樹の家で食事を作ることも増えてきて、いくつか私の買い足した調味料がキッチンに置かれている。学校が終わってバイトをした日は自分のアパートに帰ったが、バイトが休みの日は一樹のマンションに来ることが増えていた。



「今日のご飯もおいしいよ。ありがとう、七海さん」


「……良かった」


 作ったものを温かいうちに、おいしそうに、嬉しそうに食べてもらえることが、こんなに心が温かくなることだって、私は知らなかった。



 二人で過ごす時間を重ねる間に愛しい、という気持ちが私にも芽生えてきた。だけど、お互いにお金で買ったこと、買われたことを考えると、その気持ちを素直に認める気にはなれない。



「あ、そうだ。七海さんに渡したいものがあるんだ」


「何?」


 一樹は食堂の脇に歩いていくと、置いてあったカバンから何かを取り出した。


「七海さん、これ、もらってくれる?」


「……カード?」



「うちのマンションのカードキー。暗証番号は……」


「ちょ、ちょっと待って! そんな大事なもの、受け取れない!」


「大事だから、君にもらってほしいんだ……それとも、迷惑?」


「迷惑なんて……」


 私はカードキーを受け取ると、財布にしまった。



「恋人なら、合鍵くらいもっているよね」


 私はそういうことかと、がっかりして、がっかりした自分に驚いた。


「……分かった」


「よかった、受け取ってくれて」


 一樹の笑顔を、素直に喜べない。



 その「よかった」は、どういう意味なのだろう。




 恋人のふりを続けてくれて「よかった」なのか、本当に合鍵を持てる仲になれたことが「よかった」のか。私には一樹の心が、わからない。



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