朝の光が庭園を照らし、咲き誇る花々の香りが柔らかな風に乗って漂っていた。王宮の中庭で優雅にお茶を楽しむグレイス・モンタギューの表情には、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。豪華な装飾のドレスに身を包んだ彼女は、婚約者であるレオポルド王子との結婚式を目前に控え、幸福感に包まれていた。
「グレイス様、本当におめでとうございますわ。」
隣に座る侯爵夫人が心からの祝福を口にした。その視線には羨望と敬意が込められている。グレイスは控えめに微笑みながら、感謝の言葉を返した。
「ありがとうございます。このような素晴らしい機会を頂けたのも、皆様のお支えがあってこそですわ。」
その端正な物腰と穏やかな声に、侯爵夫人は再び感嘆の表情を浮かべた。グレイスは幼い頃から完璧な令嬢として育てられ、社交界でも誰もが認める存在だった。美しい金髪と澄んだ青い瞳、そして優雅な仕草――その全てが彼女を特別な存在にしていた。
特に、レオポルド王子との婚約は国中の注目を集める話題だった。幼馴染である二人の結婚は、王家とモンタギュー家の絆をさらに強固にすると同時に、理想的な愛の物語としても広く語られていた。
「私たちのグレイスが王子様と結ばれるなんて、夢のようだわ。」
遠くから声をかけてきたのは、グレイスの母親であるモンタギュー侯爵夫人だ。彼女もまた、娘の輝かしい未来に胸を躍らせていた。
グレイスは、そんな母親の期待を一身に背負っていることを自覚していた。それはプレッシャーでもあったが、同時に彼女自身の誇りでもあった。彼女にとって、レオポルドとの結婚は単なる義務ではなく、心から望む未来だった。
彼との思い出は数え切れないほどある。幼い頃、庭で転んでドレスを汚してしまった時も、レオポルドが優しく手を差し伸べてくれた。その時に彼が言った「僕が君を守る」という言葉は、グレイスの心に深く刻まれていた。その日から、彼女の人生の中心はレオポルドだった。
結婚式まで残り一週間となったある日、グレイスは王宮の中庭でレオポルドと共に散歩を楽しんでいた。青々とした芝生の上を歩きながら、彼は彼女に微笑みかけた。
「グレイス、準備は順調かな?君にばかり負担をかけてしまっていないか心配だよ。」
彼の言葉に、グレイスは思わず笑みを漏らした。
「いいえ、全く問題ありませんわ。むしろ、こうしてレオポルド様と未来を共に描けることが幸せです。」
彼女の言葉に、レオポルドも満足そうに頷いた。
「君がそう言ってくれると心強いよ。グレイス、君は僕にとって特別な存在だ。」
その優しい声に、グレイスの胸は高鳴った。彼の言葉一つ一つが、彼女にとって何よりの支えだった。
二人の結婚は、国中の人々が祝福するものだった。王家とモンタギュー家の血筋が結びつくことで、国内の政治的安定も保証される。だが、グレイスにとって最も重要なのは、レオポルドへの愛だった。彼と共に未来を築き、支え合うことこそが、彼女の人生の目標だったのだ。
式典の準備は順調に進み、ドレスや装飾品も揃い始めていた。グレイスはその全てに自分の手で最終確認を行い、完璧な式になるよう努めていた。彼女の姿を見た周囲の者たちは口々に「王妃に相応しい」と称賛した。
しかし、その一方でグレイスの心には、小さな不安が生まれ始めていた。レオポルドの態度が最近少し変わったように感じていたからだ。彼は以前よりも会話の頻度が減り、目を合わせる時間も短くなっていた。それでも、彼女はそれを「式の準備で忙しいから」と自分に言い聞かせ、不安を打ち消していた。
「愛する人が私を裏切るはずがない。」
そう信じて疑わなかった。彼女にとって、レオポルドとの未来は確固たるものだった。
だが、この幸せな日々が永遠に続くことを信じていたグレイスは、すぐにその思いが脆く崩れ去る日が来ることを、まだ知る由もなかった。
輝かしい未来に胸を膨らませていた彼女の世界は、まもなく暗闇に飲み込まれるのだった――。