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<17・魔王の鉄槌>

 どれほど完璧に見える能力でも、よく観察し分析すれば穴が見つかるというものだ。それをアーリアに教えてくれたのは、紫苑だった。


『勇者マサユキが今積極的に行っていることは、自らの農地を増やすことです。召喚されて日がさほど長くないことから、彼の土地はまだ西の地域においてもさほど広いものではないですからね。特に、エルフの村の名産品であるミナギハーブにはかなりの価値を感じているものと思われます』


 彼女は出発前に、自らの考えと計画を皆に伝えていた。恐らく、自分が現世に行っているあいだに状況が動くことをも見越していたのだろう。最終的な“説得”はマサユキの前世を知らなければどうにもならないとはいえ、それまでマサユキを“封じ込める”作業ならば十分現状の戦力と情報だけで可能であったからである。


『西の地域に皆さんが足を運んで調査してくださったおかげで、彼の能力の条件がいくつかわかってきました。例えば彼の力で問題視されていることが、彼が望んだ場所によそから農地を交換する形で奪うことができてしまう、ということでしたね。彼の現在の自宅の敷地に存在する土地を、強制的に既に開拓済みのよその土地と替えてしまうことができる。ゆえに、農地をチート能力で奪われた西の地域の民が困ってしまっている、と』

『そうなるね』

『では、その奪われる農地というものはどのように決定されるのか?西の女神・マーテルの加護を受けたマサユキの能力は、少なくとも現状ではあくまで西の地域でのみ有効です。つまり奪われる農地もすべて、西の地域のどこかに限定されている。……ではその西の地域のどこかからランダムで決定されるのでしょうか?いや、そうではありません。見てください』


 彼が農地を増やすためにスローライフ能力を使えば、どこからか広大な農地がすり変わる現象が起きるため事件はすぐに発覚する。どこで、どんな被害が発生したのかは全て西の国の公的機関に届出が出されるため情報の集約はさほど難しいものではなかった。自分達はその情報の全てをそのまま知ることはできないので、聞き込み以外でも若干ハッキングなどの非合法なやり方を用いることにはなってしまったが。

 アーリアは当初、奪われる農地は“西の地域から完全にランダム”だとばかり思っていた。が、彼女が言う通りに情報を集めてみて気づいたのである。

 マサユキが奪っていく土地には、一定の法則があるということに。


『例えば、ハーブ園。ミナギハーブはエルフの村の特産品ではありますが、他の市町村でも全く作っていないというわけではありません。しかし、現状マサユキに奪われたハーブ園は全てエルフの村のものであるようです。若干種類と量は異なるものの、他の市町村のハーブ園もけして品質が悪いというわけではないにも関わらず、です。また、日当たりなどは土地そのものが移動してしまうため関係ないものと考えられます。そもそも、彼は日当たりによってハーブの質や用途が変わるという知識もどこまで得ているか怪しいものですしね……なんせ、元が現代日本の人間なわけですから』


 確かに、そう聞くと奇妙なことだ。何故、他の市町村ではなくエルフの村からばかりなのか?なるほど、何か法則がありそうではある。

 そして、その時地図を見てアーリアは気づいたのだ。むしろ、どうしてこんな簡単なことを今まで見落としていたのだろう。


『……マサユキの能力は……ひょっとして、純粋に近い場所ほど影響を及ぼしやすいってことかい?』


 アーリアが尋ねると、その通りです、と紫苑は頷いた。


『マサユキはランダムに農地を奪っているように見えて実はそうではないんです。彼が能力を発動させ、自らの土地と開拓された農地の強制交換をしようとすると……恐らく本人にも見えない場所で、土地の選定が行われているのでしょうね。そして最終的には、条件に合う土地の中から最も物理的に距離が近い土地が選ばれていると予想されます。エルフの村は、他のハーブ園よりも圧倒的にマサユキの土地に近い場所に存在していたんです』

『ということは……マサユキがその能力を使って、次にどの土地を奪いにかかるかっていうことが予測可能ってことかい?』

『ええ。……他にもう一つ事実があります。マサユキの能力には、さらに発動条件があるんです。マサユキに土地や、労働力として娘を奪われた者達がマサユキのところへ抗議に行って被害に遭った事例がいくつもありましたよね。他にもドラゴン退治や復興支援の手伝いを要請しにいって断られ、役人が大怪我をした話なども』

『ああ。かなりの数の人が酷い目に遭ったとあるね』

『その人たちの証言をまとめてみて、気づいたことがあるんです』


 彼女はリスト化し、ピックアップした人々の証言をまとめてアーリア達に提示してくれた。どうやら紫苑は、こういうデータを読み解き、まとめることが大の得意であるらしい。洞察力もさることながら、事務員として雇えばなかなか優秀なのかもしれないと思う。


『……なるほど、言いたいことはわかったよ』


 そして、彼女のおかげでアーリアも気づいたのだ。マサユキのスローライフを絶対的に実現させる能力の発動条件がどういうものであるのかを。


『彼は能力を使うためには「スローライフに必要」「スローライフに邪魔」などの言葉を呪文として口にする必要があるみたいだね。さらに、排除された住人にも一定の法則性がある。彼の能力で事故に遭って死んだり怪我をしたりした人は全員……マサユキに視認されてから被害に遭っている。そうだろう?』


 彼は、呪文を唱えなければ能力の発動ができない。

 そして、彼が影響を及ぼすことができるのは、あくまで彼が目で確認した上で、敵と認識した相手に限定されるのだ。例えば交渉に来た相手も、交渉内容が彼の意に沿わないと判明してから攻撃を受けているし、戦いを挑んだ相手も武器を持って遅いかかかったのをマサユキに見られてから死傷しているのである。

 ということはつまり。――マサユキが認識していない妨害ならば、全て成功する可能性があるということだ。


『恐らく一番最後の条件は、他の二人の勇者にも当てはまる。……真正面から戦えばチート能力で叩き潰されることがわかっている私達が最も気をつけるべきことは、相手と真っ向勝負をしないをしないということ。相手の土俵にけして上がらないということなんです』


 そして末恐ろしい少女は――黒い笑みを浮かべて、アーリアに提案したのである。


『つまり。……マサユキが奪う可能性が極めて高い土地に、予め罠を仕掛けておけば。……マサユキがハマってくれる可能性は、極めて高いということなのですよ』




 ***




「ぐああああ!」


 吹き飛ばされ、マサユキはゴロゴロと地面を転がった。いきなり地面が盛り上がり、爆発したのだ。全身を強かに打ち付け、痛みに呻くことになる。幸い直撃ではなかったことと、爆弾の威力そのものがさほど大きなものではなかったことから体がバラバラになることはなかったが。それでも起き上がろうとすると足と手に痛みが走り、ひどく呻く事にはなったのだった。

 見れば、左足首がややおかしな方向に曲がっている。腕の方も、打ち付けた拍子に中途半端に体重を支えてしまったせいか、右手首がぐにゃりと嫌な曲がり方をしてしまっていた。さらに、あちこち焼け焦げた挙句細かな爆弾の破片のようなものまで刺さっている。あまりの状況に、再度悲鳴を上げる他ないマサユキである。


「く、くそがっ……どうなってやがんだ!なんで、畑が爆発したんだあ!」


 何がどうなっているのかわからない。確かなのは、自分が入手したハーブ園になんらかの罠が仕掛けてあったらしい、ということ。それを、どうやら自分が踏むことで爆発させてしまったらしいということだけである。

 恐らくは地雷の類、なのだろう。ゲームで以前見たことがあったような、なかったような。残念ながら前世では戦争系ゲームはあまりやらなかったので(不器用なせいで、全然戦果を上げられず、早い段階で投げ出してばかりだったせいである)、このテの武器の知識は全くといっていいほどなかったけれど。踏んで爆発する爆発物がある、くらいはかろうじて認識がないわけでもないのである。


――予め仕掛けられていた……なんでだ?害獣避けにか?それとも、俺が農地を奪うことを予想していたからってか?だが……!


 自分はハーブ園が欲しいと思って能力を発動させはしたが。一体自分の能力がいつ、どこに飛ぶかなど第三者に予想できるものだろうか。それがわかっていなければ、爆弾を仕掛けておく意味などないはずである。そもそも踏んだだけで爆発するのならば、住人が引っかかってしまう可能性も十分あるわけで。転移が直近で起きることを知っていなければ、あまりにも危険が過ぎるのではなかろうか。


――なら害獣用のトラップ?偶然?くそ……くそくそくそ!何で邪魔されるんだ、俺はただまったり農業してたいだけだってのによお!


「『俺のスローライフに邪魔』だ!畑の罠やら爆弾やらは全部消えろ、消え失せろ!!」


 座り込んだまま、たった今貰ってきたばかりのハーブ園に対して能力の照準を向ける。

 だが、しん、と辺りは静まり返った<17・魔王の鉄槌>まま。力が発動する気配は、ない。どういうことだ、とますますマサハルは混乱する。これは、もう爆弾や罠が存在しないということなのか。それとも自分の能力が効いていないだけなのか。


――俺のスローライフ能力は無敵!チートスキルだと女神も言っていただろうが!だったら……効かないなんてことまずあるはずがねえ!


 この畑の持ち主がわかっていれば文句の一つもつけようがあったが、残念ながら自分には己が正確にはどこから農地を持ってきたか知る術がない。そして、地雷の除去技術なんてものも持ち合わせてはいない。

 ならば、取るべき最善の手は。


「おい、クソ塗れ女!とっととこっちへ来い、仕事だ!!」


 まだ掃除をしているであろう、マルレーネを呼び出すことにする。ユージーンより、手に入れたばかりで反抗的なあの女の方が捨て駒に相応しいだろう。

 地雷が埋まっているかわからないなら、別の人間に踏ませて確認すればいい。マサユキはそう考えた。非道と言いたければ言え、悪いのは自分のスローライフ生活を邪魔して爆弾なんぞを仕掛ける、どこかの阿呆なんだから、と。

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